透明な花束

運動をした後の体を涼ませようと海へ歩く。
風は強いけれどそのぶん気持ちが良かった。

「公園で遊ぶなんて久々だったな」

「なんて?」

風の音に負けた駿の言葉をもう一度聞く。

「久々に遊んで楽しいねって」

「そうだね」

顔を見合わせて笑った。

防波堤を登り、海を見ながら腰掛ける。
駿は俺の太ももに頭を乗せて寝そべった。

沈みかけの夕日と、轟音を立てて漂う海、水平線。
目を閉じた駿の顔を見る。そのままで息を吸う口が開いた。

「俺らってゲイなのかな。それともバイ?」

俺の知らないところで駿は悩んできたのだ。
当たり前だ。俺だってそうだ。

でも波の音に任せれば、どんなことも簡単に乗り越えられる。
いつもならきっとできない会話を非日常に委ねてみる。

「和泉先生が言ってたやつ?」

「LGBT」

「わからない。でも俺たちは結構普通だと思う」

駿の目が薄く開いた。
斜陽が眩しくないように手で傘を作ってやる。

「15年前に出会って、幼なじみで、思春期に入って、
好きとか恋とか考え出したら、その相手は一番近くにいた。究極の普通」

これが普通に恋だと、
俺は俺だからわかる。

「大事にしたいと思ってるよ、この普通を」

駿は口角を上げてそう言うとまた目を閉じた。

「うん、俺も」

さっきより夕日が落ちて来たのを見た。
放っておいても、見ていなくても、勝手に普通に沈んでいく。

「晴にはいずれ言わなきゃなあ」

俺は駿の言葉にもう一度頷いた。