夏休みを直前に控えて、進路を決めるための面談が行われた。

俺と和泉先生以外誰もいない教室で、外からは3年生のいない野球部の声がする。
どこか決めきれず心許ない進路調査票を見ながら、
和泉先生は綺麗な声で俺を諭している。

「先生」

駿の気持ちを聞いてから、ずっと気になっていたことがあった。
俺には好きという気持ちがよくわからないし、何より俺は男なのだ。
そして駿もそのはずだ。

俺の呼びかけに和泉先生は微笑を浮かべる。

「知っていれば優しくなれるって…どういう意味ですか」

あの日の授業で先生が言ったことだ。
わからないのに知るだけ知ってしまった俺に、この後残された道を考えていた。

あれ以来、駿は至って変わらない。
変わったのは晴で、部活を引退したのに登下校は別のままだった。
駿と2人きりの時間、会話は弾むがどこか上の空で冷静な自分がいて気まずかった。

和泉先生は、普段のお茶目さも変に勘ぐるそぶりもなく、進路と関係ない話をした俺を怒ることもなくこう言った。

「気持ちはわかってあげられないこともある。違う人間だから。
でも自分と違うふうに考える人、思う人もいるんだって知っておくだけで
不用意に傷つけたりはできないはず」