「駿」

家の近所の公園を抜けて、
小さな山を登れる階段を上がっていくとベンチがある。
山の中で景観が良いわけではないし街灯もない場所で、頼れるのは月明かりくらいだった。

ただそこには駿がいた。そういう信頼はあった。

「おお、なんかまだ、あんまり実感がないんだよな。
実感湧いたらちゃんと悔しがるよ」

俺がここに来たということは、駿が負けたことを俺が知っていることになる。
言わなくても伝わる暗黙の了解は何年も前から続いている。

「そっか。今度部室でインタビューさせてね」

コンビニで買って来たいつものアイスを差し出す。
お決まりの流れに駿は口角を下げながらちょっと笑った。

「いいの、敗けたのに」

「この前の準決勝、かっこよかったから。
ちゃんと全校生徒に伝えなきゃ」

「ありがとう」

アイスを受け取って、袋をぺりぺりと開ける音が静かな山中でよく聞こえた。

「晴、号泣」

夏の夜のぬるい空気でアイスが溶ける前に、駿はそれを食べ尽くした。
アイスの棒を咥えたまま駿がそう沈黙を破る。

「あはは、目に浮かぶ。晴ちゃんも頑張ってたしね」

「高校入ってマネージャーやるって言い出した時は絶対続かないと思ったけど」

「ふはは、確かに。飽きっぽいからあの子」

「3年間怖いくらいしっかりやってくれたもんな」

風でざざと揺れる葉の音。
駿が過去を懐かしむような声を出すから、
今よりもっと子どもっぽかった晴と自分たちが思い出された。