透明な花束

この後遊園地を楽しむテンションではない。
出口に向けて歩いていたら観覧車が見えた。

「俺、観覧車乗ったことない」

父親が高所恐怖症で、家族で来たときも避けていたのだ。
一緒に乗れたコーヒーカップが楽しかったから、子どもの俺はそれだけでよかった。

「マジで?」

隣を歩く駿が驚いた声を出して立ち止まる。

「乗ろ」

駿が俺の肩を抱いて観覧車乗り場へとつれて走る。

俺は待て待てと口にしながら、ワクワクしていた。
この波打つ心臓の動きは、俺は本当はあれに乗ってみたかったのかもしれない。

ゴンドラに乗り込み、駿と向かいあって座る。
体にガタガタと振動を伝えながらみるみる上がっていく。
流石に窓に顔を貼り付けるような子どもっぽい真似はしない。
ただ下にいる人たちが小さく小さくなっていくのを眺める。
俺たちもさっきまであそこにいた。
晴も一緒にいた。
それをこうして見ていた人がいたのだ。

ふと駿を見ると、物憂げに外を見つめていた。
同じものを見ていたからか、駿が何を考えているのかわかった気がした。

「晴ちゃん?」

「うーん、そうね…」

駿には何か話したいことがある。
でも言い淀んでいる。
そんな時に俺にできるのは、黙って待つことだけだった。

晴は駿に告白して、駿はそれを受け入れなかった。
受け入れたっておかしくないはずなのに、駿は何か考えがあってそうしたんだろう。

もう、友だちには戻れないのだろうか?

「俺、晴に、好きな人がいるからって断ったんだ」

心の奥の奥に閉じ込めたはずのものがちくっと痛んだ。
高いところまで登ってきたから、だから頭がふわふわしてきて、それで勘違いしただけだとまた閉じ込める。
胸の痛みがじわりと広がっているわけではない。

「なんか、咄嗟に出た言葉だったけど、思い当たる節もある。それだけ」

「そう」

駿が終わらせた話に俺は相槌しか打てなかった。

好きな人って誰だよ、教えろよって、軽く聞けるような性格だったらな。
いくら仲が良くても、踏み込めないスペースはある。