「意外とたくさんね」
 部屋に入ってきたケイティに、英語に切り替えて返事をする。
「私もあなたと同じくらい驚いてる。しかもまだ残ってるし」
 その驚きには呆れも含まれている気もするけれど。ショッピングで浮かれた十代の子だったらまだしも、私たちは立派な大人(マチュア)学生(スチューデント)なのだから。
 でもその肩書きも、この夏が終わればなくなる。
 代わりに使うことになるのは……「脚本家(フリーランス)」か、それとも「無職」か。それは、いかに業界の仕事に復帰して、この一年で勉強したことを生かせるかどうかにかかっている。
 そうじゃないと、キャリア途中の「イギリスに留学。ロンドンの芸術大学の脚本課程修了」という略歴も意味を持たない。
 そう思い出すと、少し心の中が曇った気がした。
 でも横を見ると、ケイティは涼しい顔で私の整理整頓の山を眺めている。
「これ、全部日本に持って帰るの?」
「そういう計画だけど……」
「追加のスーツケースが必要なら言って。買いに行ける店教える」
 教えてあげる、などと言わずにこういう直接的に聞こえる言い方をするのは、彼女がぶっきらぼうな人だからじゃない。私たちが使ってる言葉が英語だからに過ぎない。
 〜てあげる、〜てくれる
 なんて、ただの言動を表現した文の終わりに自分の気持ちとの関連性を付け加えないと冷たく非礼に聞こえてしまうのは、ひとつ日本語の特徴だと改めて実感した。
 もっとも、彼女の場合は使ってる言語が英語でも、きっと何であっても、そういうのがついていてもおかしくないくらいの気持ちを、言うことすることの一つひとつから感じるのだけど。
「あ、これ! 覚えてる?」
 ケイティが急に明るい声を上げた。その手にあったのは、私がこっちに来た去年の秋に買った赤いコートだ。
 覚えてる? とそう言うのは、これが私たち仲良くなりだす会話きっかけであり、私が彼女にすごく助けられたある時に着ていた、言わば思い出の品だから。
 それを眺めるケイティはやっぱり、屈託なく笑っている。
「もしいらないって思ったものあったら私がもらうね」
「……それ、フィットする?」
 何しろ、コートはお店にあった物のうち一番小さいサイズなのだ。
 するとケイティは眉を寄せて私を見た。
「何? 失礼ね」
「え? 違う、そういう意味じゃなくて――」
「わかってる、冗談だって」
 舞子は本当に真面目ね、と笑って言われる。そこがいいんだけど、とも。
「でも」
 ケイティはふとしゃがんだ。
「あなたのことだから、少しはこれが片付かないとティータイムに来ないでしょ? 手伝おうか?」
 そう言う顔は「オファー」よりも「お願い」をしているように見えて、私は胸の内が温かくなった。
「じゃあ、頼まれてくれる?」
「もちろん」