「うぎゃぁ!」
「どうしましたゴキ的なあれですか!」

 二人で美桜の部屋で遊んでいたら、急に美桜が叫んだものだから茉奈が心配する。美桜が小さく首を振った。

「ううん、違う。でも、ある意味ヤバイ」

 美桜が俯き小声で答える。

「どうヤバイ感じです……?」
「…………親が来る……一時間後。リビングはわりと綺麗だけど、寝室見られたら完全アウト」

 美桜の声を落ち具合に、茉奈が辺りを見回しつつ聞いた。

「あの、もしかしてご両親は美桜さんのご趣味を」
「知ってたけど、社会人になってとっくに卒業したものと思っています」
「おっとそれはやばい。すぐに隠しましょう!」
「そうだね、万が一雑な扱いされたり丁寧に扱わないといけないフィギュアとか手に取られたら発狂するかもしれない」

 大切に育ててくれたことは感謝しているが、大切に育ててくれた娘がまだ女児アニメに夢中だと知ったらどうなるか分からない。怒られるならまだしも、泣かれでもしたらこちらも泣いてしまう。残り一時間で部屋中にあるグッズたちを全力で隠すことにした。

「クローゼットはどうです?」
「クローゼットにもあるのよね、実は。繊細なものは箱に入れて段ボールかなぁ」

「それじゃ時間かかるから、ご両親いらっしゃる間はフィギュアと神棚は私の部屋に置いておきましょ。雑誌とかBlu-rayなら積んで段ボールにがさって入れておけば大丈夫ですよ」

「うわあああんありがとう!!」

 親切な提案に美桜が何度も頭を下げる。二人はさっそく作業に取り掛かった。

「神棚は慎重にいきましょう。私がドア開けるので、美桜さんはゆっくり運んでください」
「うん」

 ちなみに神棚とはグッズショップで購入した推し用の神棚にお気に入りのグッズたちを並べて飾ったものである。

「ふう、本当に助かったよ。私一人だったら、たぶん寝室を見られて家族会議だったと思う」
「でも、この趣味はご存知なら、まだ続けていてもそこまで思わないのでは?」

 美桜がうなりながら答える。

「う~~~ん。だといいけど、一般的にはさ、三十二歳って結婚して子どもがいて、自分のことより子ども優先! て感じじゃない。個人的には、違くても自分が満足なら好きなことしていていいと思うけど」

「うう、私も三十路なので身につまされる思いです」
「親は優しいけど、去年までは結婚まだかって毎回言われていて。だから、いまだに趣味全開ですとはとてもとても」

 お茶を飲みながら、二人で生ぬるい笑みを浮かべ合う。

「お互い、そういう年ですもんねぇ」
「ねぇ。でも、好きなことをしている自分は嫌いじゃないから、好きなままでいたいよ」
「ですね。あ、そろそろ時間かな。今日のところは帰ります」
「ありがとう。また月曜日に」

 一人になった室内はなんだか静かだ。茉奈が越してくる前はずっと一人だったのに、人間というものは不思議である。

 ピンポーン。

 インターフォンが鳴る。足をもつれさせながら来客を迎えた。

「いきなりどうしたの」
「ごめんね。近くまで来たから、もし予定が合ったら行こうってことになって」
「別にいいけど。今日は泊まる?」
「ううん、夕方には帰るつもり」

 ほっとしたような寂しいような。半年振りに見る両親は、変わらないようでいて少し皺が深くなっていた。

「お水とお茶どっちがいい?」
「ありがとう。お父さん、お茶にする?」
「そうだな。気にしないで、他には何もいらないよ」
「うん」

 お茶をコップにそそぎ、リビングのローテーブルに置く。三人で仲良く腰を下ろした。

 父は寡黙だが優しくて、母は人一倍おしゃべりだが娘を気遣ってくれる。恵まれた環境にいたと思う。学生時代は女児アニメを観ても「好きだねぇ」と言うだけに留まってくれた。さすがに恋人が出来ないことを何度か心配されたが、お見合いを勧めたりはしてこなかった。

「どこ行ってきたの?」
「美術館。期間限定で飾られる絵があるとかで新聞に載っていて。ねえ、お父さん」
「ああ」

 母がパンフレットを見せて丁寧に説明する。それを興味深く聞いていたら、部屋の隅に見覚えのありすぎる何かが落ちていた。

──プリッスのBlu-rayィッッ!!!

 おそらく片づけた時に一枚仕舞い忘れたのだ。一気に吹き出す汗が全身を襲う。今からどうやって隠そうか。美桜はパニックに陥った。

「でね、一番の目玉が」
「うんうん、すごいね」

 美桜が激しく眼球を動かす。パンフレットの次に両親の目線の確認、そして件のBlu-ray。どうにか二人ともこの部屋から出てほしいと願うものの、同時にトイレへ行くわけがなく、美桜はなすすべもなく時間が経過するのを待った。そしてついに。

「何か落ちてるぞ」
「ああ……」

 父がBlu-rayに気づいてしまった。

「片づけ忘れただけだからそのままでいいよ!」
「踏んだら壊れるだろう。とりあえずテレビ台に置いておくよ」

 親切な父がプリッスを手に取り、テレビ台の上に置いた。母がそれを目で追った。

「あれま、それは美桜が好きなアニメじゃないの。まだ好きだったのねぇ」
「ああ~……はは……うん」

 もうごまかすことはできない。全てを諦め、美桜は正座をして続きを待った。

「まあ、いいんじゃない。趣味の一つでも無くちゃ仕事もやってられないでしょ」
「え」
「お父さんは美桜がやりたいことをやってくれれば、あとは何も言わないよ」
「え!」

 思いがけない反応に大きな声を出してしまう。てっきり、三十代にもなって女児アニメは卒業した方がいいと言われるかと思った。それより彼氏をと言われるかもしれないと思った。美桜は目頭が熱くなった。

「ありがと。仕事は大変だけど、好きなものを観たり聴いたりして楽しんでるから頑張れているよ」
「そう。それならそれで十分ね」

 両親が優しいことは知っていたのに、年齢にこだわって怖くなっていたのは自分だった。

「そうだ。あのね、隣に同じ会社の後輩が引っ越してきたの。土日も遊んでくれるイイコなんだよ」
「まあ、じゃあ挨拶しないと」
「今いるから、こっち来られるか聞いてみるね」
「無理はさせないでいいから」
「分かった」

 先ほどとは違い満面の笑みで立ち上がり、玄関を飛び出して隣の部屋のインターフォンを鳴らした。

「まーなーちゃーん、あーそーぼ」

 美桜部屋に茉奈が召喚されるまであと五分。

       了