「み、お、さ~ん」
「茉奈ちゃん。どした~?」
昼休憩中同期と談笑し終わったところで、茉奈が控えめに話しかけてきた。しかし、さりげなくニヤニヤしている。
「すみません、お忙しいですか?」
「ううん。もう話は終わったし、大丈夫だよ」
お隣さんなのだから終業後でも時間はあるはずなのに、わざわざ休憩中に訪ねてきたということは何か急ぎの用事があるということだ。
「ここで平気?」
「あ、できれば廊下とか人気がないところで」
「オッケー」
廊下に出るが、数人の社員が歩いていた。美桜は茉奈を手招きして非常階段の扉を開けて入った。
「ここならほぼ来ないよ。たまに運動不足のおじさまがエレベーターの代わりに使うくらい」
「有難う御座います」
茉奈が両手を合わせて礼を言う。美桜はそこでピンときた。
「茉奈ちゃんの推し関連、かな?」
「さす美桜さん正解です! これ見てください。たった今公式から発表がありまして」
茉奈がスマートフォンの画面を見せる。そこには三次元で一番推しているというスポーツ選手のトークショーが開催される旨が書かれていた。
「やばいやばい、絶対行かなきゃだよ」
「ですよね! もしよかったら無料なので美桜さんも──」
「もちろん行きます」
「美桜様~~~ッッ!」
両手でサムズアップしてみせれば茉奈がその場でクルクル回って喜びを物理的に表現していた。
「人数制限とかあるのかな」
「百貨店の一角でやるんですけど、開店と同時に入り口で整理券が配られるらしいです」
「よし、開店待ちだ。どうする、一時間前とかでいいかな。始発で行くとさすがに迷惑かかるから」
「私が言う前から話が早い。有難う御座います、一時間前でよろしくお願いします!」
二人でがっしりと握手する。そこでちょうど休憩時間が終了した。
四日後の土曜日、美桜と茉奈はめいいっぱいおしゃれをして百貨店入り口に並んでいた。一時間前に来たらまだ一人しか並んでおらず、三十分前の今でも後ろには五人だった。
「これならじっくり推しを間近で見られるね」
「ちょっとはりきりすぎたかも。すみません、休日の朝に」
「全然。私も楽しみだよ。それより平気?」
美桜が茉奈の背中をさする。茉奈は三十分並んでいる間、ずっと小刻みに震えていた。
「緊張と興奮で体が言うことを聞かなくて。不審者ですみません」
「推しと会えるんだもん。これが当たり前よ」
「じゃあ、堂々と震えます」
開店までの三十分で続々とファンたちが列を作り、開店時には五十人近くになっていた。中から店員が出てきて整理券を配布し始める。二番と書かれた紙を手にした茉奈が両腕を挙げて紙を拝む。
「はうう……この紙ですら推しのオーラを感じる……」
「分かる。私、推しの色の看板見ただけで拝みたくなるもん」
「分かる~~~」
トークショーは十一時からのため、店内を二人で見て回る。茉奈の顔色は青かった。
「ちょっと休む?」
「お気遣い恐縮です。でも、こうして歩いていた方が気が紛れていいというか、座ったら息するの忘れそう」
「ようし、歩き回ろう」
一階から五階までひたすら歩いてショップを回る。一時間はあっという間だった。
五分前から席に座ることができるので、ぴったりに行ったらすぐ案内された。番号順のため当たり前に最前列だ。
「うわああああ推しの顔面があああ」
「茉奈ちゃん落ち着いて、あれはポスター。まだ本人一ミリも出てないから」
「そそそうだった。私、息できてます?」
「うん、ぎりぎりできてるよ」
茉奈の背中をさする。一生懸命深呼吸をしている姿を見て、美桜も少しずつ緊張してきた。
『さあ、間もなく山崎選手の登場でーす!』
「あわわわわ」
司会のお姉さんの合図で山崎選手が登場する。すでに茉奈は涙を流していた。その横で美桜が感慨深げにうんうん頷く。
山崎選手はこういった場に慣れているのか、司会の質問に軽快に答えていく。予定されていた三十分はあっという間で、あまり知らない美桜も楽しむことができた。
『さて、ここで皆さんにサプライズプレゼントです。山崎選手のご厚意により、急遽握手会が追加されました! 一番前の席の方から順番にステージに上がってください』
「はぁぅッッえ、あ、あくしゅ? みおさん、握手?」
「うん、そうみたい。やったね、行こう」
「はは、はい……」
二人は二番目と三番目なのですぐに呼ばれる。半ば呆然とした茉奈を連れ、山崎選手の前に立った。茉奈が真っ赤になって話しかける。
「あの、いつも応援、してます!」
「有難う御座います」
にっこり眩しい笑顔に大きな手のひらで握手され、茉奈はよろよろとステージから下りて行った。ついで握手してもらった美桜が追いかける。
「直接言えてよかったね」
「うう、緊張して当たり障りのないことしか言えませんでした!」
「それはそうだよ。推しと握手だもん。語彙力どっか飛んでっちゃうよ」
後ろではまだ握手会が続いている。推しの声が届くたびに茉奈の体が震えていた。握手会を終えた客から退場となるため、トークショー会場を離れつつもちらちらそちらを見ながら歩いた。
「トークショー楽しかったね」
「はい。私、一生の思い出にします。推しの姿は網膜に焼き付けました」
「トークショーの最後に撮影OKの時間があったのもいいよねぇ。私も撮っちゃった」
スマートフォンの画面を見せると、茉奈が鬼のごとく食いついた。
「え、データください。ファンじゃない人が撮ったものからしか得られない栄養もあるので、というか推しが写っているものなら髪の毛の先でも欲しいです」
「分かる。データ送るね」
美桜がその場でデータを渡す。茉奈が分かりやすく崩れ落ちた。
「ああああこの世に生まれてきてくれてありがとう推し様!!!」
「茉奈ちゃん。どした~?」
昼休憩中同期と談笑し終わったところで、茉奈が控えめに話しかけてきた。しかし、さりげなくニヤニヤしている。
「すみません、お忙しいですか?」
「ううん。もう話は終わったし、大丈夫だよ」
お隣さんなのだから終業後でも時間はあるはずなのに、わざわざ休憩中に訪ねてきたということは何か急ぎの用事があるということだ。
「ここで平気?」
「あ、できれば廊下とか人気がないところで」
「オッケー」
廊下に出るが、数人の社員が歩いていた。美桜は茉奈を手招きして非常階段の扉を開けて入った。
「ここならほぼ来ないよ。たまに運動不足のおじさまがエレベーターの代わりに使うくらい」
「有難う御座います」
茉奈が両手を合わせて礼を言う。美桜はそこでピンときた。
「茉奈ちゃんの推し関連、かな?」
「さす美桜さん正解です! これ見てください。たった今公式から発表がありまして」
茉奈がスマートフォンの画面を見せる。そこには三次元で一番推しているというスポーツ選手のトークショーが開催される旨が書かれていた。
「やばいやばい、絶対行かなきゃだよ」
「ですよね! もしよかったら無料なので美桜さんも──」
「もちろん行きます」
「美桜様~~~ッッ!」
両手でサムズアップしてみせれば茉奈がその場でクルクル回って喜びを物理的に表現していた。
「人数制限とかあるのかな」
「百貨店の一角でやるんですけど、開店と同時に入り口で整理券が配られるらしいです」
「よし、開店待ちだ。どうする、一時間前とかでいいかな。始発で行くとさすがに迷惑かかるから」
「私が言う前から話が早い。有難う御座います、一時間前でよろしくお願いします!」
二人でがっしりと握手する。そこでちょうど休憩時間が終了した。
四日後の土曜日、美桜と茉奈はめいいっぱいおしゃれをして百貨店入り口に並んでいた。一時間前に来たらまだ一人しか並んでおらず、三十分前の今でも後ろには五人だった。
「これならじっくり推しを間近で見られるね」
「ちょっとはりきりすぎたかも。すみません、休日の朝に」
「全然。私も楽しみだよ。それより平気?」
美桜が茉奈の背中をさする。茉奈は三十分並んでいる間、ずっと小刻みに震えていた。
「緊張と興奮で体が言うことを聞かなくて。不審者ですみません」
「推しと会えるんだもん。これが当たり前よ」
「じゃあ、堂々と震えます」
開店までの三十分で続々とファンたちが列を作り、開店時には五十人近くになっていた。中から店員が出てきて整理券を配布し始める。二番と書かれた紙を手にした茉奈が両腕を挙げて紙を拝む。
「はうう……この紙ですら推しのオーラを感じる……」
「分かる。私、推しの色の看板見ただけで拝みたくなるもん」
「分かる~~~」
トークショーは十一時からのため、店内を二人で見て回る。茉奈の顔色は青かった。
「ちょっと休む?」
「お気遣い恐縮です。でも、こうして歩いていた方が気が紛れていいというか、座ったら息するの忘れそう」
「ようし、歩き回ろう」
一階から五階までひたすら歩いてショップを回る。一時間はあっという間だった。
五分前から席に座ることができるので、ぴったりに行ったらすぐ案内された。番号順のため当たり前に最前列だ。
「うわああああ推しの顔面があああ」
「茉奈ちゃん落ち着いて、あれはポスター。まだ本人一ミリも出てないから」
「そそそうだった。私、息できてます?」
「うん、ぎりぎりできてるよ」
茉奈の背中をさする。一生懸命深呼吸をしている姿を見て、美桜も少しずつ緊張してきた。
『さあ、間もなく山崎選手の登場でーす!』
「あわわわわ」
司会のお姉さんの合図で山崎選手が登場する。すでに茉奈は涙を流していた。その横で美桜が感慨深げにうんうん頷く。
山崎選手はこういった場に慣れているのか、司会の質問に軽快に答えていく。予定されていた三十分はあっという間で、あまり知らない美桜も楽しむことができた。
『さて、ここで皆さんにサプライズプレゼントです。山崎選手のご厚意により、急遽握手会が追加されました! 一番前の席の方から順番にステージに上がってください』
「はぁぅッッえ、あ、あくしゅ? みおさん、握手?」
「うん、そうみたい。やったね、行こう」
「はは、はい……」
二人は二番目と三番目なのですぐに呼ばれる。半ば呆然とした茉奈を連れ、山崎選手の前に立った。茉奈が真っ赤になって話しかける。
「あの、いつも応援、してます!」
「有難う御座います」
にっこり眩しい笑顔に大きな手のひらで握手され、茉奈はよろよろとステージから下りて行った。ついで握手してもらった美桜が追いかける。
「直接言えてよかったね」
「うう、緊張して当たり障りのないことしか言えませんでした!」
「それはそうだよ。推しと握手だもん。語彙力どっか飛んでっちゃうよ」
後ろではまだ握手会が続いている。推しの声が届くたびに茉奈の体が震えていた。握手会を終えた客から退場となるため、トークショー会場を離れつつもちらちらそちらを見ながら歩いた。
「トークショー楽しかったね」
「はい。私、一生の思い出にします。推しの姿は網膜に焼き付けました」
「トークショーの最後に撮影OKの時間があったのもいいよねぇ。私も撮っちゃった」
スマートフォンの画面を見せると、茉奈が鬼のごとく食いついた。
「え、データください。ファンじゃない人が撮ったものからしか得られない栄養もあるので、というか推しが写っているものなら髪の毛の先でも欲しいです」
「分かる。データ送るね」
美桜がその場でデータを渡す。茉奈が分かりやすく崩れ落ちた。
「ああああこの世に生まれてきてくれてありがとう推し様!!!」