「どうも有難う御座います!」
「いいえ~、私は引っ越しなくて気楽な土日だし」
「私こそ、こんな良い物件紹介していただいて感謝感激です」

 二週間後、本当に茉奈は美桜の隣へ引っ越してきた。美桜が教えた不動産屋にすぐさま行き、その日に内見して申し込みを済ませたらしい。行動力の鬼である。

「だって、美桜さんが問題無く住んでいるってことは治安も悪くないだろうし、駅近だし。何より美桜さんが付いてくる」
「私、特典みたい」
「初回限定特典、先着一名までですね」

 二人して大笑いしたあと、茉奈の荷物の片づけをした。

「段ボールは開けなくていいの?」

 段ボールのままクローゼットに仕舞う茉奈に聞く。茉奈がちらりと中身を見せた。

「全部コレクションなんですけど、飾るもの以外は埃が被らないように段ボールに入れているんです」
「なるほど。私もそういうのある。全部飾りたいけど量が半端ないから」
「ですよね」

 このマンションは1LDKの一人暮らしにしては広い物件だが、美桜の部屋は寝室が完全にグッズ部屋と化している。人が呼べるのはリビングのみで、寝室は完全に遮断しておかないと一発でバレてしまう。今のところ呼ぶ相手がいないのでそれを気にしなくていいのが嬉しくもあり悲しくもある。

──でも、部屋を行き来する友だちが出来たことだし、これから楽しくなりそう。

 高校生の頃、オタクだと公言している友人はいた。しかし、彼女はアイドルオタクで、しかもアイドルは二十代で年上の男性だった。現実に活動している人間を追うのと、二次元の女児アニメを追うのとでは周囲に言える壁の厚さは歴然であった。

 それなので、美桜が家族以外に好きなものを伝えたのは茉奈が初めてだ。三十代になって新しい、しかも趣味を話すことができる友人が出来るとは想像すらしていなかった。

「あのあの、美桜さん。引っ越しついでにご相談があるんですけど」
「なになに、なんでも言って。お高いシャンパン買って引っ越しパーティーでもする?」
「いいですね! じゃあ、そこでこれを観てほしいんです」

 茉奈がスマートフォンの画面を見せてきた。そこにはアニメの画面が映っていた。

「茉奈ちゃん、アニメ観るんだ」
「良い筋肉が出てるんですよ。私、筋肉なら次元問わないんで」
「なるほど、観よう」
「それが終わったらプリッスも観ましょ。私、勉強してきました」

 茉奈がサムズアップをする。美桜が両手を挙げて叫んだ。

「茉奈様素敵!!」
「おほほ。お友だちの好きなものはチェックするタイプなので」
「有難う御座います! 誰かとプリッス観るの夢だったの!」

 美桜は急いで自宅に戻り、ありったけのお菓子とジュースを持って戻ってきた。

「家にあるの全部持ってきちゃった。今日は気が済むまで鑑賞会しよ」
「やったぁ! さす美桜さん!」

 美桜がパーティーのセッティングをする横で、茉奈は推し棚を組み立てた。

「新しい家でもよろしくお願いします」

 ありとあらゆる筋肉のアクスタやトレカに向かって茉奈が拝む。美桜が感慨深く頷いた。

「分かる。拝んじゃうよね」
「神ですから」

 茉奈がいそいそと美桜の隣に座り、リモコンを手に取る。

「では、行かせていただきます」
「いつでもどうぞ」

 ジュースを片手に、上映会が開催された。




「うっうっ……あそこで過去編挟むのは反則ですよ~」
「でしょ? 私一人で観たから部屋でボロ泣き」

 茉奈オススメのアニメを二時間観た後、美桜オススメのプリッス映画を観た二人はそれぞれの感想を言い合った。テレビを観て心置きなく自分の好きなものを語る。今までどれだけ夢見たことか。

「茉奈ちゃんオススメも面白かった。ご都合お薬で筋肉ムキムキじゃなくて、きちんとトレーニングして実力付けるところグッときた」

「そうなんです! まやかしの筋肉は詐欺案件ですからね」

 引っ越し作業以降全く外出しなかったが、今までで一番充実した休日だったかもしれない。美桜と茉奈が見つめ合う。

「定期的に鑑賞会開催しようね」
「はい。ジャンル違いますけど、イベントあったら誘ってもいいですか?」
「もちろん。アニメなら結構見るし、そうじゃなくても人が沼って狂ってるの見てるだけで元気になれる」
「それはたしかに」

 二人がガシッと手を握る。美桜は長い付き合いになると確信した。