覚えたての言葉を何度も口にする子供みたいに、私は事ある事にその言葉を口にした。運命なんて信じないと。仕事で嫌な事があった時、彼氏にひどい振られ方をした時、私は友達に相談するような感覚でよく母にも相談していた。すると、母は目を細めて決まってこう言った。

「仕方ないわ。そういう運命だったのよ」

 私の口癖は、そんな母に対する反発でもあったのかもしれない。当時の私は仕事も恋愛も何もかもがうまくいかなくて、母にもつめたい態度をとってしまっていた。我ながらひどい娘だったと思う。私も歳を重ね、そんな母に申し訳ないと思えるようになり、数年後にちゃんと謝罪をした。それに、と隣に座る美優(みゆ)をみる。

 私と莉子(りこ)に挟まれるようなかたちで、砂浜に腰を下ろしている美優は「小春(こはる)さん、莉子さん。私、いま、凄く幸せです。こんなに幸せになれるなんて、自分がそんな風に思える時がくるなんて……思ってなかった」と手のひらで涙を拭っている。

「私達もあの日、美優と出会えて本当に良かったよ」

 莉子は美優の頭にそっと手を添えて、自分の肩に寄せた。夕暮れ時の海は凪いでいる。静かで、これ以上ないくらいに穏やかで、まるで私達の為だけに今のこの世界があるような、そんな錯覚すら覚える。水平線の向こうに溶けるように沈む夕日が綺麗だった。私は、運命なんてものを信じてはいなかった。けれど、今は違う。母には謝らなければならない。夕日を見ながら当時のことを思い浮かべていた時、改めて思った。あの日、私と莉子の店に美優が来てくれたのは運命だったのかもしれない、と。

 確か、九月。夏の終わり。いや、終わってすらいなかった。夏の気配がまだそこら中にたちこめており、息を吸うと淡い香りで肺の中が満たされた。私達と美優が出会ったのは今からちょうど一年程前の、そんな季節だった。