* * *


今年も慌ただしく月日が流れ、気づけばクリスマスも過ぎ去った。
舞美も旭も恋人はできないまま、けれどルームシェアという無敵感すらある状況のおかげで寂しさはなく、むしろホールケーキやチキンを用意して楽しんだ。


『これはこれで、やっぱりやばいよね』
『このまま舞美とルームシェアし続けるなら、一周回ってやばくなくない?』
『いや、その安心感がやばいって。私たち三十四だよ? 呑気にしてたら、あっという間に四十になりそうじゃない』
『年齢の話はしないで……。クリスマスくらい楽しく飲もうよ~!』


なんて、少しばかり焦りと不安を感じることを言い合いながら。
それでも、お互いが用意したお酒はとてもおいしかった。
クリスマスの楽しさに味を占め、年末年始もそれぞれのおすすめのお酒とおつまみを用意しようと決めてしまったくらいだ。


今年はふたりとも帰省しないことにした。
昨年、それぞれに実家に帰ったとき、予想通り親戚からのいらぬお節介でお酒がまずくなったからだ。
『こんなところまで同じじゃなくていいのに……』なんて言い合いつつも、帰省しなくてもひとりで年越しをせずに済む環境が嬉しかった。
お互いはもちろん、モチ丸だっている。


「私は姉の家族が帰省するからいいけど、舞美は本当に帰らなくてよかったの? 一人っ子じゃん。親が寂しがるんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど……。お正月早々、親戚から結婚を急かされるのももう飽きたっていうか……。新年から気分悪くなりたくないし……」
「ああ、うん……それな」
「仕事が忙しいってことにしておいたから、たぶん大丈夫だよ。実家には再来週くらいに帰るつもりだし」


年末特有の音楽番組をテレビで流しながら、日本酒を注ぎ合う。
旭のお気に入りだという京都の純米酒は、飲みやすくてよく進んだ。


「私は三日に日帰りするよ。姉家族と会わずに済むしね」


彼女には二歳上の姉がいるが、親戚が集まるタイミングで実家に帰るとなにかと比べられるらしい。
甥っ子たちは可愛いようだが、大人たちと会うと心がすり減るのだという。
そういった理由から、今回は帰省の時期をずらすことにしたようだ。


「お年玉は送っておいたし、叔母としての務めは果たしたもんね」
「いい叔母さんだ」
「これくらいしかできないしね。私は結婚の予定もないし、出産は年齢的にも厳しくなってくるし、甥姪くらい可愛がりますよ」


旭の言葉は、舞美にも当てはまる。
一人っ子の舞美には甥や姪はいないが、従兄弟たちのほとんどが結婚していて子どもがいるため、新年に会えばお年玉を渡すようにしている。
自分に結婚や出産の予定がないからこそ、親戚の子どもたちは可愛がっていた。


一方で、複雑な気持ちがないと言えば嘘になる。
この年齢で独身であることへの不安や虚無感、いつも心のどこかにある焦燥感。
それらに加え、静かに……けれど確実に近づいてくる出産へのタイムリミットにも焦りを感じている。


授かりものだし、結婚していても子どもができるとは限らない。
友人にも、不妊治療をしている子がいる。
ただ、独身で恋人もいない舞美には、授かるチャンスも妊活をするかしないかという選択肢すらもない状態だ。
だからなのか、親戚や友人の子どもに会うと可愛い姿を微笑ましく思う反面、言いようのない不安と虚無感が混じった複雑な感情に包まれてしまう。


「高校生の頃ってさ、二十代で結婚して三十代では子どもがいると思ってなかった?」


舞美の問いかけに、旭が苦笑を零す。


「あー、確かに。私はやりたい仕事があったからバリバリ働く気でいたけど、まさか三十四になっても独身だとは思ってなかったな」
「だよね……。私もとっくに結婚して子どもがふたりくらいいると思ってたよ。元カレと別れてからは、恋人すらいないし……」
「それは私も同じだよ。むしろ、独り身の期間は舞美より私の方がちょっと長いし」
「半年かそこらでしょ? そんなの、今はもう誤差だよ」
「それもそうか。ルームシェアが快適すぎて、恋人が欲しいと思わなくなっちゃったもんなぁ……。舞美とこんなに楽しく暮らせたのは嬉しい誤算だったけど、恋愛からますます遠のいたのは痛い誤算だったわ」
「左に同じです。でも、旭がいなかったら、私はもっと不安だったよ」
「それは私のセリフ。舞美がいてくれてよかった。っていうか、今年最後に泣かせにこないでよ~!」


じわっと涙を浮かべた旭に、舞美はあははっと笑う。
けれど、本当は彼女につられて泣いてしまいそうだった。


三十一歳で元カレと別れたとき、舞美は失恋の悲しさよりも不安が大きかった。
結婚適齢期真っ只中に来たところで独り身になったことを友人には同情され、両親からは大いに心配された。
周囲に悪気はなく、両親に至っては舞美を本当に大事に思ってくれているだけ。
それをわかっていても、恋人と別れたことよりも友人や両親の態度に傷ついていた気がする。
そんな中、初めてふたりで飲んだときに旭だけがあっけらかんと笑ってくれた。


『私なんて舞美より半年も前に元カレと別れた上、仕事関係の男にしつこくされてるんだよ? でもさ、変な男と付き合ったり自分を大事にしてくれない元カレと我慢して結婚したりするより、自分のために生きた方がいいじゃん』


その言葉には、彼女の強さと逞しさが覗いていた。


『私は誰かに幸せにしてもらうんじゃなくて自分で幸せになりたいし、お互いに幸せにし合える相手と恋愛や結婚がしたい。だから、別れたことは後悔してないよ。舞美もそう考えて、周りの声に傷つくのはやめな』


同情するでなく、無理に励ますでもなく、寄り添ってくれたことがとても嬉しくて。明るい声音がなんでもないことのように思わせてくれたことも、本当に心強かった。


『私たち、まだ三十一だから大丈夫だよ。まあ、ぶっちゃけ私も不安はあるけどさ。でも、世の中には晩婚の人も多いし、広い視野を持てば四十でも五十でも……もっと言えばおばあちゃんになっても恋はできるんだなって思うよ』
『おばあちゃんって……』
『それくらい気楽に構えるのも大事ってこと! もちろん、受け身になりすぎてもよくないけど、周囲の声に惑わされて無理して付き合い続けるより新しい恋を探した方が幸せになれるんだって思おうよ』


一緒に住んでからわかったことだが、旭だって恋愛に悩み、結婚に焦り、不安や焦燥感を抱き、女性特有の肩身の狭さを感じていた。
舞美と同じだったのに、あのときの彼女は真っ直ぐな目で語っていた。
きっと、あれも旭の本音だったのだろう。
だからこそ、彼女の言葉に胸を打たれ、心が救われた。


今にして思えば、旭のそういうところにも好感を持ち、ルームシェアへの一押しになっていたのかもしれない。
彼女があんな風に寄り添ってくれていなければ、ルームシェアを提案されるまでのわずかな期間で仲良くなれなかった気がする。
むしろ、二度目に会うことはなかったかもしれない。


こういうやりとりがあったからこそ、そして一緒に住んで旭のいいところをたくさん知っているからこそ、別れが近づいてくるのが寂しい。
もちろん、ルームシェアを解消してからも、またふたりで会うだろう。
それは約束しているし、彼女とならずっと友人でいられる気がしている。
けれど、毎日会えるのと別々に住んでたまに会うのとでは、全然意味が違う。


心強さと笑顔をくれる友人と離れて暮らすことは、上京して一人暮らしを始めたときの心細さを思い出させる。
あのときよりもずっと大人になったはずなのに……。もうちゃんと自立できているはずなのに……。
ずっと若かったあの頃よりも今の方が不安な気がするのは、どうしてだろうか。


「ところでさ……」


ぼんやりとテレビを眺めながら物思いに耽っていると、旭が神妙な様子で切り出した。
さきほど涙を浮かべていた彼女は、いつの間にかすっかり平素の様子だ。
舞美が手作りしたおでんを、おいしそうに頬張っている。
何度か作っているが、毎回『大根の染み具合が天才!』と褒めてくれるため、旭の好物である大根と舞美の好きなじゃがいもは特にたくさん入れるようになった。


「ルームシェアを解消するまであと三か月くらいだね」
「……うん。そうだね」


わかっていたことだ。
それなのに、いざ言葉にされると急激に寂しさが込み上げてきて、彼女の方を見られなくなった。
さきほどなんとかこらえた涙が、今度こそ込み上げてきてしまいそうである。


この一年九か月は、とても楽しかった。
快適だと言っても、最初こそ旭の癖や生活習慣の一部に馴染めないこともあったし、それは彼女も同じだっただろう。
しかし、今ではもう慣れたもので、たいして気になることもない。
それよりも、旭と一緒に暮らしていると楽しさや心強さの方が大きく、彼女とルームシェアしたことを後悔した日はない。
この話を持ちかけてくれた旭に、感謝の気持ちでいっぱいなくらいだ。


けれど、当初から二年間という約束だった。
タイムリミットを決めたのは、お互いに結婚願望がないわけじゃなかったから。
一生独身を貫くつもりがない以上、女同士でルームシェアを続けるのはリスクが高いし、そうでなくてもこの二年間の間にどちらかに恋人ができる可能性もあった。
その場合、マンションの更新を待たずにルームシェアを解消することも視野に入れていた。
年齢的に、スピード婚もないとは言い切れなかったからだ。


今、どちらかに恋人ができても、このまま期限まで一緒にいることになるだろう。
恐らくふたりとも恋人ができる可能性は低いが、いずれにしてもルームシェアを解消する日まであと三か月というところだ。
まだ引っ越し先は見つけていないものの、少し前に『年が明けたら家を探し始めなきゃいけないね』と彼女に言われ、舞美もそのつもりでいる。


モチ丸は、年明け早々に譲渡会に出ることが決まっており、保護施設のSNSで様子を投稿していることもあって、何件か問い合わせもあるようだ。
きっと、すぐに決まるだろう。
タイミング的にもちょうどいい。
万が一、ルームシェアを解消するときまでに飼い主が見つからなくても、事情を知ってくれている保護施設で引き取ってくれることにはなっているが、その必要はないはずだ。


「にゃーんっ」


だって、すっかりこの家に馴染んだモチ丸の定位置は、旭と舞美の間になっているのだから。
ふたりの間で体を伸ばしたモチ丸は、真ん丸の目を舞美に向けてくる。
こんなにも可愛くて、人間にもすっかり慣れた。
新しい家に馴染むまでは時間がかかるかもしれないが、人慣れしているのならそれもそう長くはないだろう。
モチ丸を迎えたいと思ってくれる人は、きっとすぐに見つかるに違いない。


「可愛いお目目だねぇ。年が明けたら、モチ丸はおやつで乾杯しようね」


思わず笑顔で話しかけるのも、毎日変わらない光景だ。
ただ、これだけ慣れてくれたからこそ、モチ丸がこの家を去っていく日を想像するだけで寂しくてたまらなくなる。
それは、ルームシェアを解消する日を思っても同じだった。


「猫って、やっぱり可愛いよね」
「そうだね」
「モチ丸に新しい家族が見つかっても、また次の子も預かりたくない?」


どうやら旭は、また預かりボランティアをしたいらしい。
舞美も同じ気持ちで、もっと言えばモチ丸をこのまま迎えたいくらいだが、そうはいかない。


「そりゃあね。でも、時間的に無理だよ。モチ丸が一月中に新しい家に行ったとして、ルームシェアを解消するまで二か月くらいでしょ。期間限定で預かるにしても、ふたりとも引っ越し先を探すために家を空ける日も増えるだろうし……」


家に慣れていない猫なら、ひとり(一匹)で過ごす時間も必要ではある。
一方で、慣れていないからこそ、長時間の留守番は避けた方がいい子もいる。
いずれにしても、二か月ほどで預かるのは難しいだろう。
人手も預かりボランティアも足りていない保護施設は喜んでくれるかもしれないが、最後まで責任を持てないのなら預かるべきじゃないと思う。
猫だって、知らない場所にあちこち行かされたらかわいそうだ。


「……また預からない?」
「いや、だから――」
「っていうか、ルームシェアを延長しませんか!?」


勢いよくそう言った旭に、モチ丸が驚いたようにビクッと体を跳ねさせ、舞美はきょとんとした。


「……えっ?」


一拍遅れて、舞美がまぬけな声を漏らす。
いつになく真剣な面持ちの彼女からは、緊張感と不安が伝わってきた。


「二年だけの約束じゃなかった?」
「そうだけど……このままルームシェアを解消するのは寂しいっていうか……。舞美との生活は本当に楽しくて快適だし、上手く生活できてると思うし」
「それはまあ……私も同じ意見だけど……」
「だったら、考えてくれない? 無理強いはしないけど、私は延長したいと思ってるから!」


旭の提案は、とても嬉しい。
舞美だって、できればこのままルームシェアをしていたい。
彼女と暮らしていれば心強い。
生活面でも、なによりも独身同士で恋人もいないということでも。


似たような友人が傍にいてくれると、不安も焦りも焦燥感も和らぐのは事実だ。
周囲から見れば、傷を舐め合いながら甘え合っているような関係に見えるかもしれないが、旭のおかげで舞美はやさぐれずにいられる。
とっくに結婚した友人や知人が出産しても、独身仲間だと思っていた友人がいつの間にか婚約していても、まだ彼女がいると思えば落ち込みすぎずにいられた。
それはきっと、旭も同じだろう。


けれど、この先の二年も今日までと同じとは限らない。
この一年九か月、お互いに恋人はできなかったが、本気で婚活でもすれば少なくともどちらか一方は恋人ができるかもしれない。
そうなったとき、お互いに気まずくならないだろうか。
彼女のことは大事だし、幸せになってほしいと思う。
ただ、本当に心から一縷の曇りもなく祝福できるかと問われれば、少しだけ……ほんの少しだけ自信がなかった。
そのときには、自分だけが取り残されたような気がしてしまうだろうから……。


このままルームシェアを続ければ、これまで通りに週に二回はこうしてダラダラと飲んで、たいして中身がない話で盛り上がれるだろう。
外で過ごすよりも旭と飲む方が楽しくなったせいで、舞美は以前にも増して家にいる時間が増えた。
彼女も、外で飲む機会はさらに減っている。


きっと、ルームシェアを延長しても、変わらずにやっていける。
楽しく飲んで、ときに慰め合い、困ったときには助け合う。
最高で、快適な日々だ。


「嬉しいけど……この先の二年もなにも変わらないとは限らないし……。お互いに結婚願望はまだあるんだから、ちゃんとルームシェアを解消してひとりになって恋活や婚活をした方がよくない?」
「それはそれ! ルームシェアしたまま頑張ろうよ」


力のこもった声音に、つい絆されそうになる。
しかし、舞美にはここで頷いてしまう勇気はなかった。


「でも、旭は仕事の付き合い以外で外で飲まなくなったよね? 私も引きこもりに拍車がかかってるし、このままだと私たち出会いすらないよ?」
「うっ……。それはそうなんだけど……」
「マッチングアプリとかも試そうって話したことはあるけど、ふたりで飲んでる方が楽しいしラクだからって、結局はなにもしなかったじゃない? 今まではそれでもよかったけど、あと二年経ったら三十六だよ?」
「いや、そうだけど……」


婚活市場において、女性は三十五歳を過ぎると一気に厳しくなると聞く。
どこがどんな風に調べたデータなのかは知らないが、以前に婚活についての記事を書いたときに似たようなデータをたくさん目にした。
以来、舞美の頭の片隅には、三十五歳までが勝負だ……という考えが漠然とある。
もっとも、いくつになっても結婚できる人はいるけれど。


「三十五以降は厳しいって、結構当たってると思うんだよね。妊活でもひとつの壁になるような年齢だし、男性が自分よりも若い女性を望むのも珍しくないしさ」


こういうとき、舞美にとってライターという職業がプラスにもマイナスにもなる。
仕事で関わった様々なことが知識として備わっていく一方で、それが不安やマイナス思考に結びついてしまって前向きな考え方が湧いてこなくなることがあるのだ。


「じゃあさ、一緒に婚活しようよ!」
「旭、婚活は向いてないって嫌がってたじゃない」
「いや、それはそうだよ。今でも苦手だし、向いてないと思う。でもさ、一緒に婚活していい出会いを見つければ、結婚への一歩になるかもしれないでしょ?」
「一歩ねぇ……」


旭の言うことは一理ある。
ただ、ふたり同時に上手くいくとは限らないのが恋愛だ。
一緒に街コンとパーティーに行ったときだって、ふたりともマッチングしたこともあれば片方しか収穫がなかったときもある。
彼女がいい感じになった人と夕食に繰り出したとき、ひとりで帰宅した舞美はこの部屋で密かに焦燥感を抱いた。


「お互いになんだかんだ婚活を敬遠してるけど、一緒に本気で始めるなら頑張れそうじゃない? ほら、相手だけ上手くいったら不安になるし、寂しくもなるだろうし、そうならないように頑張ろうっていい刺激になるっていうかさ」


あのときの記憶はまだ鮮明なのに、旭の言葉に耳を傾けてしまう。


「いい人に出会える確率は少ないかもだけど、出会いが増えれば可能性も増えるじゃない? たとえば、恋人はできなくても合コン要因は見つかるかもしれないし」


なるほど……と、舞美は頷いてしまう。
恋人は簡単にできないだろうが、出会った男性から紹介してもらえることもあるかもしれないし、合コンならこちらからも多少は誘いやすい。
彼女と協力し合えば、スムーズに事が運ぶときもあるだろう。


「でも、どっちかだけしか上手くいかなかったら?」
「そうなっても恨みっこなし! 友達の幸せを願えない奴は幸せにはなれない!」


力強く言い切った旭が、「でしょ?」と少しだけ得意げな顔で舞美を見てくる。


「まあ……」


周囲から結婚や出産の報告を受けるたび、お互いに言い合ってきた言葉だ。
本当に心から祝福し合えるのかはさておき、相手の幸せを願っているのも自分が幸せになりたいのもどちらも同じだろう。


「延長を言い出したのは私だから、二年後までにルームシェアを解消することになったら違約金は私が払う」


どうやら、旭の決意は固いらしい。
そこまで思ってくれているのが嬉しいのはもちろん、そもそも舞美にとっても魅力的な提案であることには違いない。
悔しいが、断る理由も尽きてしまった。
もっとも、本気で断る気はなかったような気もするけれど……。


「違約金は折半、婚活をちゃんと頑張る。加えるルールは、このふたつね」
「いいの?」
「旭が言い出したんでしょ。でも、私も魅力的だと思ったからしょうがない。旭と同じで、私だって旭とルームシェアを解消したくない気持ちが大きかったし」
「舞美~!」
「ちょっ……!」


抱きついてきた彼女の勢いに、舞美の体が後ろに倒れそうになる。
危険を察知したのか、モチ丸は瞬時にローテーブルの下に避難した。


「あっ、年が明ける! 乾杯しよう!」


舞美にしがみついていた旭が、テレビのカウントダウンを聞いてパッと離れる。
空になっていたお互いのお猪口に、急いで日本酒を注ぎ合った。


『……二、一――あけましておめでとうございまーす!』


テレビから明るい声が響き、ふたりで笑みを零し合う。


「あけましておめでとう。今年もよろしく」
「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
「じゃあ、舞美の幸せを願って」
「旭の幸せを願って」


散らかったテーブルからお猪口を手に取り、賑やかなテレビから流れる音に混じって「乾杯!」と明るい声が揃った。

「よし、婚活頑張るぞ! ……あっ!」

決意表明をした旭が、慌てた顔つきで舞美を見る。


「でも、次のマンションの更新まではまだ恋人は作らないでね! 三月を目前にしてルームシェアを解消とか、さすがに落ち込むから!」
「いや、そんなに簡単に恋人ができるわけないでしょ。この短期間で彼氏ができるなら、二年の間にとっくにできてるって」
「そりゃあそうか」


虚しいやら、情けないやら……と言わんばかりのふたりだが、目が合った瞬間にどちらともなく小さく噴き出した。
ツボにはまったのか、そのまま笑いが止まらなくなってしまう。


仕事、結婚、出産、周囲からのプレッシャーにお節介、エトセトラ……。
女性特有の悩みは尽きなくて、独身女に対する世間の風当たりは令和になってもまだまだ強い。
生きづらさは、この先も変わらないかもしれない。
シングルライフを謳歌しているだけなのに、いったいどうしてこんな気持ちになってしまうのか……と嘆く夜もあるだろう。


けれど、ひとまず今はまだ大丈夫そうだ。
だって、隣には戦友とも言える友人がいてくれるのだから。
舞美は、安心し切ったように大根を頬張る旭を見ながらふふっと笑い、初詣ではこのルームメイトと自分の幸せを全力で願おうと思った――。



【END】
Special thanks!!



*Date*
2024/10/27~10/28 執筆
2024/10/29     完結公開