俺と東郷は、クラスメイト&ルームメイトでありながら、教室では一言も会話を交えないことも多々ある。

というのも、俺はよく喋るグループ、東郷は物静かに一人読書という、学校でのライフスタイルが全く違うからだ。

だからこそ俺は「学校で喋れないなら寮で喋って仲良くなろう」と思って、寮でスキンシップを図っていたわけだけど……。

『え、まさか東郷って……俺のこと好きなの?』
『そうだよ』

こんな展開になるとは、思わなかった。

「おーい、舞原。これから体育だぞ。いこーぜ」
「はいよー」

よく喋るグループの中でも、俺と一番よく喋るのが大西だ。

大西は野球部で、とにかく明るく元気ハツラツだ。面倒見がよくて、来年になったらキャプテンに任命されるだろうとまで言われている。

「大西がキャプテンねぇ」
「なんだよ、ただの噂だろ」

カラカラ笑う大西は、(自分を含め)周りをフラットに見る男だ。自慢めいたことは一つも言わないし、もちろん俺のマスクを指摘した事も一度もない。

「俺と大西って、一年からの付き合いだっけ?」
「だなー。今二年だから、一年と三か月くらい?」
「へー、あっという間」

何気ない会話をしながら、体操服に着替えるため更衣室を目指す。時間をみるとだいぶ遅れていて、すれ違うクラスメイトは、みんな体操服に着替えていた。

その中に、東郷はいない。
もう体育館に行ったのか?

不思議に思いながら、更衣室のドアを開く。
目に入ったのは、上半身裸の東郷の姿。

「え、は?」
「……」

目をパチクリさせる俺とは反対に、東郷は顔色一つ変えない。固まった俺を横目に、モソモソ体操服を着ている。

「東郷、そろそろチャイム鳴るから、お前も急いだ方がいいぞ」
「うん、ありがとう」

東郷よりも遅い行動をしてる大西が注意できる立場でないのは、この際おいといて。

俺も急がないといけないのに、体は直立不動。忙しくなく動いているのは、頭の中だけだ。

衝撃が、拭えない。
なんなんだよ、さっきの光景は――!

無駄な肉がない、スラリとした体。ほどほどに筋肉もあって、良い感じに引き締まっている。そして、日に当たっていない白い肌。

うわ、やば……。
さっき一瞬みただけなのに。
なんで俺、こんなにハッキリ覚えてるんだよ。

「じゃあ先に行くね。ご忠告どうも」
「おー」

大西とすれ違った東郷が、今もドアの横で突っ立ている俺に近づく。そしてすれ違いざま、少しだけ体を傾けた。狙うは、俺の耳。不自然に思われない距離まで近づいて、東郷は薄い唇を開く。

「舞原、どうしたの。どこか調子が悪い?」
「え、いや……」
「保健室いくなら、ついていくよ」

俺を心配する東郷の瞳に、射抜かれる。
目の前に東郷の顔がある、というのに。
俺が見ているのは、さっきの光景。
羨むほどの、肉体美。

「東郷、お前……もう少し甘い物を食べたら?」
「え?」

「甘い物すきなら気にせず食べたらいいから、な?」
「ご忠告、どうも……?」

東郷は小首を傾げながら。
かつ、口元に笑みを浮かべながら。

「ふふ」と笑った後、俺の肩を叩く。そして、そのまま控室から出て行った。

「東郷の体つき完璧だったけどなー?そんなに痩せてみえたか?良い筋肉の付き方だったぜ?野球部に入ってくんねーかなぁ」
「大西……そんなんじゃなくて、もっと歴史とか覚えたら?」

俺の言葉をまるっとムシした大西は「ってかアイツ甘い物すきなんだな」と、意外そうに呟く。

その間も俺は、胸にできた〝名称不明のわだかまり〟が消えなくて。変な感覚にもがいていた。

大西の言う、東郷のほどよい筋肉。
確かに、その通りだった。認める。

解せないのは、いつ筋トレしてるんだってこと。もう三か月も一緒の部屋にいるのに、そんな姿みたことないぞ?

「……あ」

もしかして、東郷も、こんな気持ちだったのかな。俺の顔を見たいって、東郷が思ったように。俺も今、東郷がいつ筋トレをしていたのか、知りたくなってる。

「東郷の、言った通りじゃん」

朝、東郷に言われた。

『俺を少しずつ知って行ってほしい。
それで、もっと気になってほしい』

俺、東郷のことを知りたくなってる。
東郷の言うままになっている。

だとしたら、この先は――

『いずれ俺しか目に入らなくなったら、最高だ』

「~っ!」

すると体操服に着替えた大西が、まだ突っ立ったままの俺に振り向いた。

「おい舞原、もうチャイム鳴るぞ」
「あ、そうだね。急ぐわ」

「俺、後ろ向いてるから。マスクとって早く着替えろよ。遅刻はごめんだぞ」
「……ん。ありがとう」

大西って、こういう気遣いもしてくれるんだよな。おおざっぱに見えて、実は人の内面を見るのが得意な奴だ。だからこそ面倒見がよくて、慕われるんだろうけど。

お言葉に甘えて、マスクをとって着替え始めた。すると背中から「さっき、なんで怒ってたんだよ」と大西の声がぶつかる。

「俺が怒ってた?」
「怒ってたっての。〝もっと歴史とか覚えたら?〟なんて。勉強嫌いな俺に対する、立派な当てつけだろ」
「あ~……」

そういや、言ったかも。

八つ当たりだったと気づき、着替え終わって大西に向き直る。素直に「ごめん」と謝ると、大西は雲が晴れる明るい笑みを浮かべて、控室のドアを開けた。