入学して一週間が経ったけれど、俺の毎日は相変わらずだ。
 間宮は毎日のように門限を破って帰ってくるし、朝は起きないしで最悪な日々。

「なあ、間宮ー」
「んだよ」
「今日こそ放課後遊びに行こうぜ」
「俺パス」
「はあ?!お前いつになったら来るんだよ!」

 昼休みも終わりかけ。
 自分の席で頬杖をつきながら窓の外を見ているけれど、目の前で繰り広げられている間宮とクラスメイトの会話が嫌でも耳に入ってくる。
 いつも思うけど、間宮って門限破ってまでどこでなにしてんだろう。クラスの奴らからの誘いも断ってるっぽいし。

「悪いけど当分無理だわ」
「わかった……そりゃあ彼女のほうが大事だよな」
「は?彼女?」
「お前レベルで彼女いないほうがおかしいもんな……末長くお幸せにな」

 そういうと間宮の返事も聞かずに自分の席に戻って行ったクラスメイト。
 なるほど。彼女か。まあ確かに間宮くらい顔が整ったやつだと女の子が放っておくわけないもんな。
 いや、なんで俺ちょっと傷ついてんの?間宮のこととかどうでもいいんだから気にしない気にしない。

「なあなあ、俺みんなに彼女いるとか言ったっけ」

 何を思ったのか間宮が振り向いて俺に話しかけてきた。

「知らねえよ」

 なんで俺がお前の彼女いるいない情報を知ってると思ったんだよ。俺たちはルームメイトってだけでそれ以上でもそれ以下でもないんだから。

「え、もしかして水瀬も俺に彼女がいると思ってる?」
「はあ?どーでもいいんだけどそれ」
「うわ、キッツ」
「別にお前が誰と会ってようがどーでもいいけど門限は守れよ」

 たとえ、会いに行っているのが彼女でもそうじゃなくても門限を破られると俺まで間宮の罪を背負うことになってしまう。
 ただ……あの日、間宮にピアスをつけていることがバレたからあれ以降つけることをやめていたのに『あれ?もうピアスつけねえの?似合ってたのにもったいない』なんてあまりにもサラリと言うから部屋に戻ったらピアスをつけることが日課になっていた。
 俺としたことが……間宮の言葉に惑わされて受け入れるなんて。
 とは思っているけど、正直間宮は俺の事に対して何も言わないし、ウザイけど一緒にいても苦痛じゃない。

「俺も頑張ってんだけどまーじで間に合わんのよ」
「それをどうにかしろって言ってんだよ」
「これからも協力お願いします。水瀬様」
「容赦なく締め出してやる」

 別に俺はお前が外で寝てても全然痛くも痒くもないし。
 1回、痛い目見たらちゃんと門限守るようになるかもしれないし。

「とか言いながら入れてくれるのがアオちんのいいところー」
「お前、アオちんとか気持ち悪い呼び方すんなよ」
「なんで?可愛くていいだろ」
「だーかーらー!」
「おー、二人とも今日も仲良しじゃん」

 そう言って俺たちを交互に見ながら微笑んだのはふっきー。

「心外すぎる」
「とか言って嬉しいくせにー」
「黙れ、まじ」

 俺の反応を見てハハハッと笑っているふたり。
 それに間宮は俺の耳にピアスの穴があいていることを誰にも言っていないようでよかった。
 ふっきーにすら教えていないこと。きっと、これから先も教えないと思う。ふっきーを信じていないわけじゃなくて、これは俺の心の問題だから。人に言うのが怖いんだ。
 ピコン、と電子音がしてスマホを確認するとある人からメッセージが届いていた。

【今日の約束、覚えてるよね?16時に駅前のカフェ集合ね!】

 そういえば、一昨日にメッセージが来て会う約束をしていたんだった。
 折り返しの連絡がなかったらめちゃくちゃ忘れてたわ。もし、忘れてて行けなかったりしてたら俺死ぬほどキレられただろうな……考えただけでも怖い。

【わかってるよ】

 それだけ返信をしてスマホをポケットの中にしまった。

 ◇◆◇

 放課後。
 俺は約束したとおり指定された駅前のカフェにやってきた。
 少し早く着いたらしく先に店内に入って待ってると連絡が来ていたから俺も店内に入って待ち人探す。

「水瀬!こっち!」

 そう言って鈴のように可愛らしい声で俺の名前を呼んだのは同じ中学で俺が同性愛者であることも受け入れてくれている高梨(たかなし)
 もちろん、付き合ってなんてない。高梨の恋愛相談に乗っているだけ。だから今回もそんなところだと思う。

「久しぶり、高梨。なんか大人っぽくなった?」
「久しぶり!相変わらず無意識にモテそうなこと言うよね」
「そう?」

 席に腰を下ろしながら高梨にふわりと笑いかける。
 俺が心を許している数少ない友達だ。

「何にする?」
「俺はー……アイスカフェラテにするわ」
「じゃあ、わたしはオレンジジュースで!」
「ガキじゃん」

 高梨はコーヒーが飲めないらしく、いつもオレンジジュースかリンゴジュース。まるで幼稚園児みたいなチョイス。
 まあ、そういうところが高梨のいいところだと思うんだけど。

「悪かったわね〜〜!もう頼んじゃお!」

 そう言いながら呼び出しベルを押すと店内にピロリンというメロディが流れた。

「お待たせいたしました。ご注文……え?」
「え?」

 俺は注文を聞きにやってきた店員の姿を見た瞬間、驚きのあまり声が洩れた。だけど、それは向こうも同じだったようだ。

「は?お前何でここに……」

 動揺したようにそう言った間宮。
 普段の間宮とは違い、白いシャツに黒のエプロンをつけて爽やかな店員に見える。

「お前こそ何やってんだよ。うちの学校バイト禁止だろ」

 そう、俺たちの通う学校は勉強に集中するためという理由でバイトは禁止されている。
 いくら学校からちょっと離れた駅までだからってバレないとは限らない。
 もしかして毎晩のように帰りが遅いのはバイトしてたから?だから友達の誘いも断ってたのか?

「お前に関係ねえだろ」

 触れられたくなかったのかいつもとは違い、ぶっきらぼうに言い放った間宮に少しだけイラッとした。
 いつもお前は俺の心にズカズカと入ってくるくせに。

「あー、そうだよ。関係ねえよ。さ、注文しよ。アイスカフェラテとオレンジジュース一つずつ」
「かしこまりました。失礼します」

 スマホのような機械で注文を通すと間宮は一度だけ高梨の方をチラッと見たあと去っていった。

「え!誰!あのかっこいい人……!」

 案の定、高梨の瞳はキラキラと輝いている。
 そういえば、高梨は面食いだったもんな。

「同じクラスのやつ」
「あんなイケメンがクラスにいるなんて最高じゃん!」
「どこが?」

 俺と間宮では色々と違いすぎる。きっと、アイツはコンプレックスなんて何も抱えずに生きているんだ。

「わたしのクラスなんて芋ばっかりよ!」
「でもその芋を好きになったから連絡してきたんじゃないの?」
「うっ……まあそうなんですけどー」
「ほらな」
「まあでもほんとに水瀬の様子も気になってたから連絡したんだよ。あんなイケメンと仲良くやってるから安心したけど~~」

 本当に心配してくれているのか小さく微笑んだ高梨。
 高梨は中学時代の俺を知っているからきっと色々と心配してくれているんだろう。

「ありがと。でも間宮とは別に仲良くないよ」

 それだけはきちんと否定させてもらう。勘違いされても困るし。

「はいはい。水瀬は素直じゃないからね」
「俺のことはもういいから自分の話しなよ」
「あのねあのねー!」

 目を輝かせながら芋だとか言ってたやつの話をし始めた高梨。
 恋してる人が魅力的に見えるというのがなんとなくわかる気がする。
 俺と高梨は恋バナをする仲。お互い恋愛感情はもちろんない。
 まあ、恋バナといっても俺が高梨の恋バナを聞くだけだけど。

「お待たせしました。アイスカフェラテとオレンジジュースになります」
「ありがとうございます」

 間宮が注文した品を持ってきてくれた。
 さっきはあんな態度だったくせに今はすっかり営業スマイルでさすがとしか言えない。俺だったら絶対無理だな。
 それから俺は高梨のマシンガンのような恋バナトークを聞かされることになるのだった。

◇◆◇

――コンコンッ!コンッ!

 時刻は22時過ぎ。今夜も窓を叩く音がした。
 叩いているのなんて一人しかいない。

「……遅い」

 俺はそう言いながらも仕方なく窓の鍵を開けてやると間宮が満面の笑みで「ただいま!」と言った。
 なーーにがただいま!だよ。
 誰のおかげで部屋の中に入れてると思ってんの。

「……お前、いつもバイトしてたの」
「あー、うん」
「ふーん。まあバレねえようにしろよ」

 歯切れの悪い返事だったからあえてそれ以上は聞かなかった。間宮は俺がピアスを開けている理由も聞いてこなかったしな。
 まあそれに誰にだって言いたくないことの1つや2つはあるだろうし。
 俺だって間宮に恋愛対象が同性であることを隠しているわけだから。

「聞かねえの?」
「俺が聞いてどーなんの」
「あはは、やっぱ水瀬はいいなあ」

 そう言ってなぜか豪快に笑ってベッドの上に座った間宮。
 一体、何が面白いのか。俺にはさっぱりだ。

「そんなこと言ってないで早く風呂入れば?」
「俺さー」
「誰も聞くって言ってないけど」
「聞かなくていいからそこにいてよ」

 それは必然的に聞いてしまうことになるだろと思いながらも狭い部屋の中で移動する場所もなく、俺は自分の勉強机の椅子に腰を下ろした。
 間宮は俺が何も言わずに座ったのを確認してから話し出した。

「俺、5人兄弟の長男なんだよ。ただでさえ金かかるから高校出たら自立したくてバイトしてて。寮がある高校にしたのも兄弟の部屋が増えるようにと思ってさー。まあ兄妹みんな生意気だけど可愛いから頑張れるってわけ」

 家族のことを思い出しているのかふわり、と優しげに笑ってそう言った間宮はいつもとは少し違っていて胸が甘くぎゅっと締め付けられた。
 いやいや、だからなんで俺は間宮相手にちょっとときめいてんだよ……。
 でも、俺は間宮のことを勝手にチャラいやつだとか決めつけていたけれど本当は違うんだとわかった気がする。
 俺よりもしっかりしてるじゃん。

「そうだったんだ……なんかいいな。俺は一人っ子だからそういうの憧れる」

 俺は誰かのために頑張るとかそんなのないし、むしろ一人っ子だからこそ尽くされてきた側の人間だ。

「……」

 間宮は俺の言葉を聞いて驚いたように目をパチパチとさせている。
 うわ、やば。俺またいらないこと言ったかも。

「ご、ごめん!大変なのになんか嫌味みたいになった!」

 いつも散々嫌な態度を取っているというのにこんな時だけ謝るのはおかしいかもしれないけど、大変な環境なのにバカにしてるみたいに聞こえてしまってたら申し訳ない。

「あはは」

 それなのに間宮が声を上げて笑いだしたから今度は俺の方がきょとん、とした表情を浮かべた。

「いや、そこ笑うとこ?」
「俺、兄弟多くて羨ましいなんて初めて言われたわ」
「え、なんで?」
「みんな大変そうだとか偉いだとか、そんなんばっかりだよ。俺的には別にそれが当たり前だったから大変だと思ったこともないし、他人から言われるとそう見えんだなって思ってた」

 確かに俺も大変そうだとは思ったけれど、それよりも“羨ましい”という感情の方が勝った。

「だからみんなに言わないんだ」
「そー。同情されんのとかダルいし」
「じゃあ俺にも話さないほうがよかっただろ」
「いや、水瀬はそういうやつじゃないってわかってるし。現に羨ましいとか言ってくれたし、優しいんだよお前は」

 俺が優しいなんてよく言えるな。
 俺がお前に嫌な態度ばっかりとってるのに。

「なんだよ、急に……」
「あ、照れてんの?かわいーじゃん。俺さ、お前のそういうところ結構好きなんだよねー」

 間宮はそう言うと、まるで宝物でも見るかのように優しく目を細めながら俺の髪をサラリと撫でた。

「っ、」
「顔真っ赤」
「うるせ」

 自分でもわかるほど顔が熱い。
 こんな顔を間宮に見られるなんて最悪だ。

「あのさ、あの女の子って彼女?」
「は?」

 なにを言い出したかと思えば高梨のことだった。

「いや、仲良さそうだったし」
「普通に友達だよ。同中なんだ」
「ふーん……」
「なんだよ」
「いや、何にも。風呂入ってこよー」

 それだけ言うと間宮は着替えを持って風呂場へと行ってしまった。
 なんなんだよ。急によそよそしくなりやがって。
 でも……本当に本当に不本意だが間宮と距離が縮まってしまっている気がする。

 だって、この胸の高鳴りは嘘じゃないから。