「……あ、ライブといえばあれ。ランダムグッズつらい……現地はネットより交換決まりやすいけど、そもそもライブ会場で大量のグッズ持ち歩きたくない」
「それな。推しコーデするのは楽しいし、メンカラ身に付けてることでグッズ交換しやすくはあるけど……そうじゃないのよ」
「人様の推しを引いて、一瞬でも『ハズレ』って思ってしまう自分が嫌です……」
「わかるー……わたしこの間のライブのアクスタ、三十三種のランダムで白目剥いたもん」
「うわ……倍率えぐ……。交換決まりそうにない高レートの推し引くためにはひたすら積まなきゃいけないやつね」
「そう……レート格差酷すぎる。まあ、マフラータオルとブロマイドは選んで買えたんでまだ……」
「個人グッズって、推しへのわかりやすいお布施ですもんね~……うちはリングライトがランダムで、交換決まらないとライブ中推しじゃない色を指で光らせる羽目になるかと思ってめちゃくちゃ焦りました……」
「現地で使うものがランダムなの勘弁して欲しいね!?」

 好きで形作られた世界の中でも、好ましくないことだって当然ある。それはシステムだったり、運営の方針だったり、ファン同士の目に余る行動だったり、様々だ。
 推し活は確かに、日々のモチベーションだし楽しくてするものだけど、百パーセント楽しいだけの世界じゃない。
 それはどの界隈も同じらしい。それでもこうして共感して慰め合えると、少し救われた気持ちになった。

 推し活を現実逃避だの楽しいだけの遊びだの言う人も、ブームの一環で軽々しく推しを作ろうと思っている人も居る中で、わたしたちは推しのために清濁併せ呑む覚悟を持った戦友だった。

「これだけいろんなこと我慢したり諦めたりするけど、それでもやっぱり推し続けるのって、紛れもない愛よね……」
「わかる……愛しかない。ぶっちゃけ元彼と推し比べたら……いや、比べるのも烏滸がましい。見ないふりしてたけど、ずっとモラ気質あったんだよね……世間体のためにあんなのと結婚しようとしてたとか、いっそ止めるきっかけくれた推しに感謝……」
「オタクよく本人不在の生誕祭とかしますけど、本人の預かり知らぬところで勝手に救われてたりしますよね~」
「そう。完全に一方通行だけどそれでも幸せ!」

 わたしはつくづく推しに救われている。この交遊関係もそうだ。推しに出会わなければ、彼女たちとも一生交わることはなかっただろう。
 見ているものが違っても、追いかける先が違っても、虹夢ちゃんと愛沙さんとは、共感することが多い。
 同じ人を推していても考えが合わないことも多いから、こういう相手は本当に貴重だった。

「あっ、この後カラオケ行きません? 推しのキャラソン配信されたんで歌いたくて!」
「いいねぇ、わたしもこの間の舞台の客降り曲歌いたい……!」
「あたしペンラ鞄に入ってるから振るわ。歌う時メンカラ教えて」
「愛沙さんさすが……!」

 彼と別れた後悔や、ほんの少しの悲しみもすっかり消え去り、わたしは最後にと追加のデザートを頼む。春夜くんの好きな色をしたクリームソーダだ。
 しばらくして届いたそれと、あの日のアクリルスタンドを並べて、写真を撮る。楽しい記憶が上書きされ、辛い思い出もサイダーの泡みたいに弾けて消えてしまうよう。

「ふふ、おいしい……」

 好きな人の好きな色をした、甘くてしゅわしゅわのドリンク。口に含むと広がる甘さと弾ける感覚に自然と頬が緩んで、飲み下すと推しへの愛が胸いっぱいに広がるようだった。

 一度は将来まで考えていた相手と別れたばかりで、それなのにこんな風に笑っていられる。推しと二人に感謝だ。

 ずっと好きを誇りたいって、趣味が楽しいって、そんなにダメなこと?
 結婚して出産して家庭を築く、なんて、そんなテンプレートを捨て去るのは、いけないこと?

 一度はそんな風にも思ったけれど。推しの存在を、結婚できなくなった言い訳にしているのかと悩んだけれど。そんなんじゃない。
 これは逃げでも言い訳でもない、わたしの選択だ。