あれだけ悩んで頭を抱えたというのに、このチャンスを逃したくないという気持ちが競り勝った。
「あ、あのさっ」
ホームルームが終わってから、俺は帰り支度をする赤祢の席に向かった。
その勢いのまま声をかけたが、何か用事があったわけでもない。
あかねさんって赤祢のことかと訊く勇気もない。
いや、答えを聞くまでもなく彼はあかねさんなのだけど。俺があかねさんの声を間違えるはずがないのだから。現実の声だろうと電波にのった声だろうと、俺は絶対に彼の声を当てる自信がある。
そのくらいに好きだから。
正直、声をかけたのはもっと近くでもっとずっと彼の声を聞いていたいと思ったからだ。
「えっと……どうか、した?」
赤祢は身構えたようなぎこちなさで言った。
「あ、いやその……」
言葉を探して口ごもっていると、赤祢は鞄を肩にかけた。
「おれ、バイトあるから」
遠慮がちに言った彼をこれ以上引き留められるわけもなかった。
だけどこのまま帰してしまったら、同じクラスとはいえ彼との接点がなくなってしまう気がした。
俺の返事を待たずに教室を出ていこうとする背中に、咄嗟に口が動くのに任せて言葉をぶつける。
「明日の昼、屋上で待ってる!」
足を止めて振り返った赤祢は、じっと俺を見て固まっていたかと思うと不意に頷いて教室を出て行った。
そんな俺たちのやり取りを気に留めることもないクラスメイト達の笑い声が耳に届いた。
ーー
誰もいない家に帰った俺は、聞きたいラジオに備えてスマホを充電した。
冷蔵庫からフルーツオレの500ミリリットルパックを出した。
片側を開けてストローを差し込んだ。
うちは両親が共働きで帰りが遅い。ご飯は自分で作らないといけないし、食べるときもひとりだ。
だからラジオを聴きながらの食事でも誰にも怒られない。
誰かと話すこともないけれど、ラジオを聴いているしDJの話に勝手に答えているから家の中が静かなことも気にならない。
『時刻は午後5時を回りました! 昼と夜を繋ぐ夕方、こんばんちはっす、DJあかねでっす!』
晩ご飯の肉じゃがを作りながら、イヤホンから流れるあかねさんの声を聞いた。
あかねさんの声はイヤホンで聞くのが一番いい。耳元で話されているようでちょっとくすぐったくなるけれど、一番近くに感じられる。……我ながら変態っぽいな。
それにしても、やっぱり昼に学校で聞いた赤祢の声と同じ声がする。
『まだまだ暑い日が続きますね。おれ夏って暑くて苦手なんですよね。暑いし汗かくし……。みなさんはどうですか? 夏は好きですか?』
「嫌いじゃないですよ」
汗かくのは気持ち悪いから好きでもないけど。
『夏が好きって人も嫌いって人も、熱中症には気を付けましょうね』
「はーい」
呟くように答える。
会話が繋がることなどないけれど、それでいいのだ。
『それじゃあ今日も9時までよろしくお願いしまっす』
「お願いしまっす。ふはっ」
今日もあかねさんのラジオが聴けることが嬉しくて、1人で笑ってしまった。
ご飯を作り終えたら、俺もリクエストを送ろう。
今日は何をリクエストしようかと考えながら、包丁でじゃがいもの皮をむく。
『今日もたくさんリクエストに答えていきたいと思いまっす! みなさんホームページやSNSからどしどしリクエストくださいね。それじゃあ早速今日のリクエストに答えていきましょうかね。ま、ず、は……夏風邪さんのリクエストです。リクエストありがとうございまっす! お名前夏風邪ってことは、もしかして体調崩されてます? お体ご自愛ください』
こういうさり気ない優しさもポイントが高い。
俺もこんないい声で心配されたい。俺が体調を崩すのはいつも秋か春なんだけど。一日の寒暖差にやられるのか、体調を崩しやすくなる。
もちろん俺が体調を崩したって親が傍にいてくれるわけではないから、家でひとり寝ているしかないんだけど。
『「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「夏風邪を引いてしまいました。私は熱から風邪を引くタイプですが、あかねさんはどこから風邪を引くタイプですか? 教えてください」とのことです。あははっ、まさかどこから引くタイプか訊かれるとは思ってなかったです。おれはねぇ、最初は喉が痛くなりますね』
俺もあかねさんと同じで喉からくるタイプだ。まさかこんなところにあかねさんとの共通点があったなんて。
勝手に嬉しくなって、じゃがいもを切りながら頬がだらしなく緩んでしまう。
「ふふふ、へへ」
喉が痛くなって掠れ声とか出すのかな。あかねさんの掠れ声も聞いてみたい。
『夏風邪って長引きますよね。体温めるにも暑いし、冷房もついてるから乾燥するし……』
「わかる、わかります!」
『夏風邪さんだけじゃなくて、みなさん体調には気を付けてくださいね。それじゃあ夏風邪さんから頂いたリクエストにお答えしまして……』
あかねさんはアーティストと曲を紹介をする。その後ろでイントロが流れ始め、あかねさんの極振りが終わるのと同時に歌詞がAメロが始まった。
春ドラマで人気が出た曲だった。あかねさんがそのドラマを見ていると言っていたから俺も見たけど、なかなか面白いミステリドラマだった。
探偵が事件を解決するのかと思いきや探偵はかなりぽんこつで、チャラい見た目で女癖の悪い助手くんが華麗に事件を解決するというストーリーだった。
ちなみに手柄はすべて探偵のものになって、探偵は実績と名前だけ独り歩きすると言う……。
でも助手くんは決して手柄を貰うつもりはなくて、事件を解決しても『ってあの探偵さんが言ってたっすよ』で締めくくる。
助手くんは実はとある大きな会社の社長子息で、親に勘当された時に何があっても目立つな迷惑をかけるなと言われたのを守ってたんだったかな。
『いい曲ですよねぇ。おれもこのドラマ見てましたけど、とても面白かったです』
ドラマの内容を思い返しているうちに曲が終わっていた。
『原作は小説ですね。おれ原作読みたくなって当時出てた8巻まで大人買いしました。あははっ! この前出た9巻もちゃんと買いましたよ。面白かったです。続きも楽しみにしてます』
「え、いいな。俺も買ってみようかな」
小説なんて普段は読まないけれど、あかねさんが面白かったと言うものはぜひとも触れたい。
俺は玉ねぎの皮をむきながら、今度書店で見かけたら買おうと決意した。
あかねさんの声を聞きながら料理をし、できたご飯をテーブルに並べる。
肉じゃが、ポテトサラダ、ほうれん草のお浸し、焼き鮭、白米。ポテトサラダとほうれん草のお浸しは冷蔵庫に入っていたものだけど。
「いただきます」
あかねさんの晩ご飯はどんなのだろう。
メッセージを送って聞いてみようか。
俺は箸に伸ばした手をスマホに向ける。ラジオの公式ホームページにログインして、あかねさんにリクエスト曲と一緒にメッセージを送った。
鮭の骨を避けながらあかねさんが俺のメッセージを読んでくれるのを待つ。
『さてさて次のメッセージに行きましょうかね。えー、続いては夜羽さんから。いつもリクエストありがとうございまっす!』
きたっ!
「こちらこそ、いつも見つけてくれてありがとうございまっす!」
俺は箸を持ったまま、画面のついていないスマホに頭を下げた。
『「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「自分の今日の晩ご飯は肉じゃがと鮭と、残り物のポテトサラダとほうれん草のお浸しです。あかねさんの今日の晩ご飯は何ですか? 好きなおかずはありますか? よければ教えてください!」おぉ~、いいですね、肉じゃが。おれの今日の晩ご飯は家に帰らないとわからないですね、あははっ! 好きなおかず、そうですねぇ。んー、から揚げかな? 鶏のから揚げ。弁当に入ってても嬉しいですよね』
「から揚げ……」
明日の弁当はから揚げにしようかな。確か鶏肉は冷凍庫にあったはず。晩ご飯を食べ終えたら下準備をして明日は早起きして揚げようか。
そういえば、明日の昼は赤祢と約束してるんだった。
本当に来てくれるかは分からないけれど、もし弁当にから揚げが入っていたら……ささやかながら話のタネになるだろうか。
イヤホンの向こうで、あかねさんは俺がリクエストした曲を紹介してくれた。
無難に最近テレビや町中でよく聞く流行曲だ。
片思いをしている相手に私の恋心に気付いてほしいと歌っている曲。誰でもないあなたにだけ気付いてほしい、というメッセージがこもっているのが伝わってくる。
以前違うラジオ番組で、この曲を歌っている女性アーティストがゲストとしてやってきたことがあった。高校生の頃に恋していた鈍感すぎる先輩がいたらしい。数年越しに、その人に全然気づいてもらえない、この恋心が伝われ、って思いながら書き殴っていた当時日記を見つけてその頃の想いを曲にした、と話していた。
『夜羽さんからのリクエストでした~、ありがとうござまっす。いいですよねぇ、このラブソング。私の恋心が伝われって気持ちがきゅんとしますよね』
「あかねさんが……『きゅん』……」
あかねさんが『きゅん』って言った! 可愛すぎる! そんないい声で『きゅん』だって! 尊い!
あかねさんの可愛さに両手で口を覆って悶える。
俺がリクエストした曲、あかねさんも好きだったりするのかな。
俺の恋心もあかねさんに届いたらいいのに……。
『時刻は午後6時52分を過ぎました。DJあかねがお送りしていますこの番組では、メッセージやリクエストを応募しております。ご応募は公式ホームページやSNSからできますので、みなさんぜひぜひメッセージ、リクエストくださ~い。お待ちしておりまっす! さてさて、それでは次のメッセージに行きましょうかね』
俺は明日の弁当のおかずを作りながらあかねさんの声を聴く。
正直音楽がなくてもあかねさんの声だけ聴いていたい。
それなのにCMが入るわ、ニュースが入るわ……。ラジオってそういうものだけど。
『続いては子熊のマグさんからのリクエストです。ありがとうございまっす! 「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「試験勉強も億劫なのに、毎回英語の授業で小テストがあるんです。どうやったらやる気がでますか?」分かる分かる、テストって億劫になりますよね。おれもなります』
「俺もなります……」
そういえばもうすぐ期末試験か。それが終われば夏休みとはいえ、やる気が出ない。
どうせ夏休みも宿題がいっぱい出るんだ。そう考えると萎えるな……。
まぁ俺にはラジオがあるから、毎回それを聴きながらのんびり宿題をするのだけど。それでもやり始めるまでの時間が長い。結局ゴロゴロしながらラジオを聴いて、気づけば一日が終わりかけているなんてこともある。
『ご褒美があるとやる気出ません? 終わったら自分にご褒美! 欲しかったものを買うとかどうですか? 美味しいもの食べるとか、一日ゲームするとか、一日寝るとか。あははっ!』
俺だったら、試験頑張ったらあかねさんに褒めてもらえるとかがいいな。
……それいいな。
試験頑張ったから褒めてくださいってメッセージを送ったら、あかねさんはその柔らかい声で褒めてくれるだろうか。
『ちなみにおれは試験が終わった後は録画してるドラマの一気見ですね。あははっ』
あかねさんらしいご褒美な気がする。
よし、俺も次の期末は頑張ってみるか。
鼻から息を吐き出してこぶしを握っていると、焦げ臭いにおいがした。
「あ、やべ」
明日のお弁当に入れる予定の野菜炒めを混ぜる。
まずは弁当のおかず作りを頑張らねば。
「あ、あのさっ」
ホームルームが終わってから、俺は帰り支度をする赤祢の席に向かった。
その勢いのまま声をかけたが、何か用事があったわけでもない。
あかねさんって赤祢のことかと訊く勇気もない。
いや、答えを聞くまでもなく彼はあかねさんなのだけど。俺があかねさんの声を間違えるはずがないのだから。現実の声だろうと電波にのった声だろうと、俺は絶対に彼の声を当てる自信がある。
そのくらいに好きだから。
正直、声をかけたのはもっと近くでもっとずっと彼の声を聞いていたいと思ったからだ。
「えっと……どうか、した?」
赤祢は身構えたようなぎこちなさで言った。
「あ、いやその……」
言葉を探して口ごもっていると、赤祢は鞄を肩にかけた。
「おれ、バイトあるから」
遠慮がちに言った彼をこれ以上引き留められるわけもなかった。
だけどこのまま帰してしまったら、同じクラスとはいえ彼との接点がなくなってしまう気がした。
俺の返事を待たずに教室を出ていこうとする背中に、咄嗟に口が動くのに任せて言葉をぶつける。
「明日の昼、屋上で待ってる!」
足を止めて振り返った赤祢は、じっと俺を見て固まっていたかと思うと不意に頷いて教室を出て行った。
そんな俺たちのやり取りを気に留めることもないクラスメイト達の笑い声が耳に届いた。
ーー
誰もいない家に帰った俺は、聞きたいラジオに備えてスマホを充電した。
冷蔵庫からフルーツオレの500ミリリットルパックを出した。
片側を開けてストローを差し込んだ。
うちは両親が共働きで帰りが遅い。ご飯は自分で作らないといけないし、食べるときもひとりだ。
だからラジオを聴きながらの食事でも誰にも怒られない。
誰かと話すこともないけれど、ラジオを聴いているしDJの話に勝手に答えているから家の中が静かなことも気にならない。
『時刻は午後5時を回りました! 昼と夜を繋ぐ夕方、こんばんちはっす、DJあかねでっす!』
晩ご飯の肉じゃがを作りながら、イヤホンから流れるあかねさんの声を聞いた。
あかねさんの声はイヤホンで聞くのが一番いい。耳元で話されているようでちょっとくすぐったくなるけれど、一番近くに感じられる。……我ながら変態っぽいな。
それにしても、やっぱり昼に学校で聞いた赤祢の声と同じ声がする。
『まだまだ暑い日が続きますね。おれ夏って暑くて苦手なんですよね。暑いし汗かくし……。みなさんはどうですか? 夏は好きですか?』
「嫌いじゃないですよ」
汗かくのは気持ち悪いから好きでもないけど。
『夏が好きって人も嫌いって人も、熱中症には気を付けましょうね』
「はーい」
呟くように答える。
会話が繋がることなどないけれど、それでいいのだ。
『それじゃあ今日も9時までよろしくお願いしまっす』
「お願いしまっす。ふはっ」
今日もあかねさんのラジオが聴けることが嬉しくて、1人で笑ってしまった。
ご飯を作り終えたら、俺もリクエストを送ろう。
今日は何をリクエストしようかと考えながら、包丁でじゃがいもの皮をむく。
『今日もたくさんリクエストに答えていきたいと思いまっす! みなさんホームページやSNSからどしどしリクエストくださいね。それじゃあ早速今日のリクエストに答えていきましょうかね。ま、ず、は……夏風邪さんのリクエストです。リクエストありがとうございまっす! お名前夏風邪ってことは、もしかして体調崩されてます? お体ご自愛ください』
こういうさり気ない優しさもポイントが高い。
俺もこんないい声で心配されたい。俺が体調を崩すのはいつも秋か春なんだけど。一日の寒暖差にやられるのか、体調を崩しやすくなる。
もちろん俺が体調を崩したって親が傍にいてくれるわけではないから、家でひとり寝ているしかないんだけど。
『「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「夏風邪を引いてしまいました。私は熱から風邪を引くタイプですが、あかねさんはどこから風邪を引くタイプですか? 教えてください」とのことです。あははっ、まさかどこから引くタイプか訊かれるとは思ってなかったです。おれはねぇ、最初は喉が痛くなりますね』
俺もあかねさんと同じで喉からくるタイプだ。まさかこんなところにあかねさんとの共通点があったなんて。
勝手に嬉しくなって、じゃがいもを切りながら頬がだらしなく緩んでしまう。
「ふふふ、へへ」
喉が痛くなって掠れ声とか出すのかな。あかねさんの掠れ声も聞いてみたい。
『夏風邪って長引きますよね。体温めるにも暑いし、冷房もついてるから乾燥するし……』
「わかる、わかります!」
『夏風邪さんだけじゃなくて、みなさん体調には気を付けてくださいね。それじゃあ夏風邪さんから頂いたリクエストにお答えしまして……』
あかねさんはアーティストと曲を紹介をする。その後ろでイントロが流れ始め、あかねさんの極振りが終わるのと同時に歌詞がAメロが始まった。
春ドラマで人気が出た曲だった。あかねさんがそのドラマを見ていると言っていたから俺も見たけど、なかなか面白いミステリドラマだった。
探偵が事件を解決するのかと思いきや探偵はかなりぽんこつで、チャラい見た目で女癖の悪い助手くんが華麗に事件を解決するというストーリーだった。
ちなみに手柄はすべて探偵のものになって、探偵は実績と名前だけ独り歩きすると言う……。
でも助手くんは決して手柄を貰うつもりはなくて、事件を解決しても『ってあの探偵さんが言ってたっすよ』で締めくくる。
助手くんは実はとある大きな会社の社長子息で、親に勘当された時に何があっても目立つな迷惑をかけるなと言われたのを守ってたんだったかな。
『いい曲ですよねぇ。おれもこのドラマ見てましたけど、とても面白かったです』
ドラマの内容を思い返しているうちに曲が終わっていた。
『原作は小説ですね。おれ原作読みたくなって当時出てた8巻まで大人買いしました。あははっ! この前出た9巻もちゃんと買いましたよ。面白かったです。続きも楽しみにしてます』
「え、いいな。俺も買ってみようかな」
小説なんて普段は読まないけれど、あかねさんが面白かったと言うものはぜひとも触れたい。
俺は玉ねぎの皮をむきながら、今度書店で見かけたら買おうと決意した。
あかねさんの声を聞きながら料理をし、できたご飯をテーブルに並べる。
肉じゃが、ポテトサラダ、ほうれん草のお浸し、焼き鮭、白米。ポテトサラダとほうれん草のお浸しは冷蔵庫に入っていたものだけど。
「いただきます」
あかねさんの晩ご飯はどんなのだろう。
メッセージを送って聞いてみようか。
俺は箸に伸ばした手をスマホに向ける。ラジオの公式ホームページにログインして、あかねさんにリクエスト曲と一緒にメッセージを送った。
鮭の骨を避けながらあかねさんが俺のメッセージを読んでくれるのを待つ。
『さてさて次のメッセージに行きましょうかね。えー、続いては夜羽さんから。いつもリクエストありがとうございまっす!』
きたっ!
「こちらこそ、いつも見つけてくれてありがとうございまっす!」
俺は箸を持ったまま、画面のついていないスマホに頭を下げた。
『「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「自分の今日の晩ご飯は肉じゃがと鮭と、残り物のポテトサラダとほうれん草のお浸しです。あかねさんの今日の晩ご飯は何ですか? 好きなおかずはありますか? よければ教えてください!」おぉ~、いいですね、肉じゃが。おれの今日の晩ご飯は家に帰らないとわからないですね、あははっ! 好きなおかず、そうですねぇ。んー、から揚げかな? 鶏のから揚げ。弁当に入ってても嬉しいですよね』
「から揚げ……」
明日の弁当はから揚げにしようかな。確か鶏肉は冷凍庫にあったはず。晩ご飯を食べ終えたら下準備をして明日は早起きして揚げようか。
そういえば、明日の昼は赤祢と約束してるんだった。
本当に来てくれるかは分からないけれど、もし弁当にから揚げが入っていたら……ささやかながら話のタネになるだろうか。
イヤホンの向こうで、あかねさんは俺がリクエストした曲を紹介してくれた。
無難に最近テレビや町中でよく聞く流行曲だ。
片思いをしている相手に私の恋心に気付いてほしいと歌っている曲。誰でもないあなたにだけ気付いてほしい、というメッセージがこもっているのが伝わってくる。
以前違うラジオ番組で、この曲を歌っている女性アーティストがゲストとしてやってきたことがあった。高校生の頃に恋していた鈍感すぎる先輩がいたらしい。数年越しに、その人に全然気づいてもらえない、この恋心が伝われ、って思いながら書き殴っていた当時日記を見つけてその頃の想いを曲にした、と話していた。
『夜羽さんからのリクエストでした~、ありがとうござまっす。いいですよねぇ、このラブソング。私の恋心が伝われって気持ちがきゅんとしますよね』
「あかねさんが……『きゅん』……」
あかねさんが『きゅん』って言った! 可愛すぎる! そんないい声で『きゅん』だって! 尊い!
あかねさんの可愛さに両手で口を覆って悶える。
俺がリクエストした曲、あかねさんも好きだったりするのかな。
俺の恋心もあかねさんに届いたらいいのに……。
『時刻は午後6時52分を過ぎました。DJあかねがお送りしていますこの番組では、メッセージやリクエストを応募しております。ご応募は公式ホームページやSNSからできますので、みなさんぜひぜひメッセージ、リクエストくださ~い。お待ちしておりまっす! さてさて、それでは次のメッセージに行きましょうかね』
俺は明日の弁当のおかずを作りながらあかねさんの声を聴く。
正直音楽がなくてもあかねさんの声だけ聴いていたい。
それなのにCMが入るわ、ニュースが入るわ……。ラジオってそういうものだけど。
『続いては子熊のマグさんからのリクエストです。ありがとうございまっす! 「あかねさんこんばんちはっす!」こんばんちはっす! 「試験勉強も億劫なのに、毎回英語の授業で小テストがあるんです。どうやったらやる気がでますか?」分かる分かる、テストって億劫になりますよね。おれもなります』
「俺もなります……」
そういえばもうすぐ期末試験か。それが終われば夏休みとはいえ、やる気が出ない。
どうせ夏休みも宿題がいっぱい出るんだ。そう考えると萎えるな……。
まぁ俺にはラジオがあるから、毎回それを聴きながらのんびり宿題をするのだけど。それでもやり始めるまでの時間が長い。結局ゴロゴロしながらラジオを聴いて、気づけば一日が終わりかけているなんてこともある。
『ご褒美があるとやる気出ません? 終わったら自分にご褒美! 欲しかったものを買うとかどうですか? 美味しいもの食べるとか、一日ゲームするとか、一日寝るとか。あははっ!』
俺だったら、試験頑張ったらあかねさんに褒めてもらえるとかがいいな。
……それいいな。
試験頑張ったから褒めてくださいってメッセージを送ったら、あかねさんはその柔らかい声で褒めてくれるだろうか。
『ちなみにおれは試験が終わった後は録画してるドラマの一気見ですね。あははっ』
あかねさんらしいご褒美な気がする。
よし、俺も次の期末は頑張ってみるか。
鼻から息を吐き出してこぶしを握っていると、焦げ臭いにおいがした。
「あ、やべ」
明日のお弁当に入れる予定の野菜炒めを混ぜる。
まずは弁当のおかず作りを頑張らねば。