七六二年四月



「ほー。ここがバルティア公爵家の領都か。それにしてもアレでかい城すね」



 俺は幼い頃からの友人であるヴェルナーを伴って都市を散策していた。

 中世ヨーロッパ風の都市に煉瓦や木材で建築された建物が立ち並ぶ。都市の中央には穴だらけの城壁に囲われた城が鎮座している。

 ボロボロの都市を見て、深刻に考えていたのに俺の家臣は呑気に観光気分であった。



「そうじゃな。元々バルティア公爵家はシルリア地方の監督をするため、当時の王弟が入ったのが起源じゃ。そのため、反乱の備えとして城は立派なものとなっておる」



 そう言って解説するのは、俺らからは爺と呼ばれる老騎士ヘルベルト。

 白髪に顎髭を生やしているが、老人と呼ぶにはあまりに体が鍛えられている。本来であれば曲がっていても可笑しくない背筋は一本の芯が入ってるかのように真っすぐだ。

 俺の幼い頃からの教育係だ。伯爵家の所属ではあったが、俺が公爵家入りすることを契機に伯爵家を辞し、俺に仕えることを選んでくれた。



 当人曰く、至らぬ点は多々あり教えることがまだたくさんあるとのこと。正直もう年なので、老後の楽しみを兼ねて俺をしごいてやろうという本音をこの前漏らしていた。

 歩いていると、使用人と思しき人物がこちらに向かって走ってくる。



「公爵閣下! こちらにおられましたか! さぁ城へ向かいましょう」



 どうやら到着してからも、城に向かわず散策していたことで迎えが来たらしい。

 まぁ領内の散策はまた今度にするとしよう。それにこれから嫁さんと初顔合わせだしな。



 そうやって浮かれていた時期が俺にもありました。



「初めまして。アインツィヒと申します。バルティアのレイラ姫とお会いでき、とても感激しております」

「…」



 あれ? 完全スルーなんですけど。

 あぁでもそっか。彼女からしてみたら、俺は親の仇であるもんな……。

 その後、一応結婚相手だから多少のコミュニケーションは必要だと思い、一生懸命話しかけたが何か返ってくることはなかった。

 さすがに、俺自身も耐えられなくなり、また後日お話しましょうと言い、切り上げてきた。



 とりあえず、かつてのバルティア公爵家当主が使用していた執務室で腰を休める。

 城の外装などは荒れていたが、城の内部は奇麗に保たれている。執務室には当主が使うと思われる大きめの机と、ふかふかの椅子。部屋の中央には、四つの机と椅子が置かれている。

 なんか、前世の会社を少し思い出すな……。



「それにしても不愛想な女っすね」

「まぁそう言うな…彼女からしたら俺らは親の仇……いや、一族の仇か」



 だが、彼女の強情な態度もある程度納得するが、一つ気にかかるのは彼女は俺を警戒するんじゃなくて、周りすべてと距離を置いていたことだ。

 俺を嫌うのは分かるが、給仕をしていたメイドにもまったく反応を示さなかった。



「爺。もしかしてバルティア公爵家を攻めた時、使用人も皆殺しにしたのか?」



 爺はにやりと笑った。



「ほぅ。よく観察されましたなアイン様。まぁ、これはわしが聞いた話ですが、使用人は殺さずに追い払ったようですな」

「それでか。彼女が周囲すべてと距離を置いたのは、この城に誰一人として味方がいなかったからか」

「そのようですな。伯爵様もあまり公爵家の色を残したくなかったようで」



 なるほどなぁ~。

 そうだよな。親も殺されて、仲のいい人全員いなくなって、周りは敵だらけ。

 そら、心を閉ざすわな。戦乱で荒れる世の中では、珍しい話ではないが、16歳の少女には酷な話なのは確かだ。



「爺。2人ほどレイラ姫と関係性の深い同性の使用人を探してきてくれないか?」

「構いませんぞ。ですが、伯爵様が何か言いませんかな?」

「何か言われたら、若輩な身としては公爵の城は勝手がわからず詳しいものを少し呼び戻しただけと答えるさ」



 仕方のないことだろ? と両肩を竦める。



「本当のところは?」

「俺には爺やヴェルナーなど、ほかの家臣がいるが、彼女にはいないからな」



 彼女に優しくすることで自己満足に浸りたいのかは俺自身もよくわからない。

 ただ、前世の価値観を持っているからなのかな……。



「アイン様はお優しいですな。ですが戦乱の世では優しさだけでは敵を倒せませんぞ」

「爺ちゃんアイン様はこれでいいんだよ。アイン様の敵は俺らが斬り倒せばいいんだから」

「ありがとうヴェルナー。でも、あまり無茶はするなよ?」



 ヴェルナーは何も言わずに頭をかいていた。この友人は守れない約束は誤魔化すのが癖だ。正直なやつだから微笑ましくもあるのだが。



 コンコン



 ドアがノックされる音が響く。



「エーリッヒです。公爵閣下。領内の情報を集めてまいりました」

「エーリッヒか。入れ」



 失礼しますと入ってきたのは貴公子然としたクールイケメンだった。

 俺が昔、戦火で追われた難民で親がいないものを家臣とするよう引き取って育てた幾人かの一人だ。

 なんか、貴族の俺より貴族オーラが漂っていて悔しいのは俺だけか?



 エーリッヒはいくつかの報告書を机の上に並べる。エーリッヒ含め幾人かは領内調査のため、俺の公爵家入りより先行して入っていた。

 報告書をざーっと目を通す。

 まぁ予想通り、度重なる重税と徴兵などで領内はひどい有様だった。



 それにしても、この借金の額は……。



「閣下。金羊商会の者が面会を求めています。おそらく借金のことかと」




 エーリッヒの言葉に俺は思わず頭を抱え、天を仰ぐ。

 父上。借金もろとも公爵家は滅ぼしてしまったほうが良かったのでは?