「どうしてこうなった……」



 荒れ果てた都市の入り口で、俺は頭を抱えていた。

 伯爵家の五男として、日本人の前世を持つ俺の望みは前世の知識を使ってテキトーにハーレムでも作りながら生きていくのが目標だったというのに……。



 俺は改めて、このヨーロッパ風の都市の周囲を見渡すが無事な建物は存在せず、何処かに穴やヒビが入っている。それはもちろん俺が住むことになった都市中央に聳える城も例外ではなかった。いや、なんなら城の状態が一番ひどいと言えた。



 俺は改めてため息をつく。



「どうしてこうなった」





 遡ること数週間前。



 俺は爺と呼んでいる高齢の騎士から剣の手解きを受けていた。手解きというか、単なるしごきではあるのだが。

 当初異世界に転生した時は剣や魔法で無双するんだと意気込んでいたものの、そっちの才能はなかった。

 なんなら友人でもあり、俺の部下の方が剣の才能があったぐらいだ。ちなみに魔法なども存在する異世界ではあるが、魔法の才能もなかった。

 まぁ農奴とかじゃなく貴族に生まれただけ大当たりではあるんだが。

 それでも貴族の嗜みとして、剣の訓練は続けている。五男なんて家督を継ぐことなんてないし、今のうちにできることはしておいたほうがいい。



 中庭でいつも通りの訓練をこなしていると、1人の老執事が訪れた。



「アインツィヒ様。当主様がお呼びでございます」

「……父上が? 用件は?」



 老執事は何も言わず、答えるつもりはないらしい。会って聞いてみろということか。



「わかった。服装はこのままでもいいか?」



 そう尋ねると老執事は構いませんと言い、俺を当主の執務室に案内する。普段過ごしているこの館も、石で出来た2階建で質実にして剛健。貴族として権勢の大きさが窺い知れる。

 案内され程なくして執務室の前へと辿り着く。

 俺は扉の前でたじろぐ。この世界に転生してから16年経つが、いまだに父親とは数えるほどしか会ってない。父親は伯爵家の当主ということもあり忙しなくあちこちを飛び回っている。

 それこそ父親から呼び出したがあったのは初めてのことだ。俺は一つ深呼吸をしてから意を決してドアをノックする。



「父上。アインツィヒです。お呼びと聞いてまいりました」

「アインか。入れ」



 俺はドアを開き、父親と久方ぶりに対面する。短く切り上げた金髪に険しい目付き。ラスボスと言われても納得できる風貌だ。まぁ実際ラスボスのような強さをしている。剣士の中でもごく一握りしかできないオーラを、剣に纏わせることが可能なマスタークラスの剣士だからだ。



「よく来たな。また少し身長が伸びたか?鍛錬も続けているようだな」

「はい。家名に泥を塗らないよう努めています」

「うむ。より励むように。さて、呼んだ要件だが、16歳になったことだし少し早いが嫁を紹介してやろうと思ってな」

「はっ!父上のためならば喜んで!」



 貴族としては16歳は少々早いが、恐らく寄子の男爵か騎士爵の貴族家から嫁をもらうことになるだろう。当主がいない寄子の貴族家に婿として入る可能性もある。どっちにしたって嫡男以外にあまり外部の有力な貴族の娘を入れてお家騒動したくないということだ。ちなみに俺の3つ年上の兄の三男は男爵家に家督の継承権を放棄し婿で入ってる。



「うむ。なかなか良い縁談だぞ。なんせ相手は公爵家だからな。それも婿として入る」



 は? 公爵家?

 頭が一瞬真っ白になる。待て待て。こんな伯爵家の五男に? 公爵家の姫君が俺に一目惚れしたとか? いや、そんなはずはない。そもそも五男ということもあって表舞台にはほとんど出たことがない。あれ? それにして婿? 公爵家で娘しかいないとこなんて……。



 父親はその精悍な顔でニヤリと笑った。



「バルティア公爵家だ」



 バルティア公爵家ってついこの前までうちと戦争してたとこじゃねーか!

 そしてその公爵家に当主も跡取りがいないのもうちの父上が討ち取ったのが原因だ。



「まぁそんな顔はするな。別にお前を今切り捨てるつもりはない」

「……信じても宜しいのですか?」

「兵士も300人ほどつけよう。あぁ、あと何人か子飼いの部下がいればつれていけ。その者たち全員分の飯や金はうちが出そう。領地の運営も好きにせよ」



 五男という弱い立場もあり、俺の後ろ盾になってくれる勢力はない。そのため父親から直接兵を分けてもらえるのはシンプルにありがたい話であった。

 まぁ父親が直接呼び出して言うあたり拒否権はもとからないのだ。貴族の継承権の低い息子なんて所詮スペアで使い勝手のいいコマでしかない。



「喜んで、父上の命に従います」

「あぁ。それと何かあれば、いつでもうちに逃げてこい」

「畏まりました」



 まぁある意味一人立ちで自由な生活が送れるということか? そう考えると悪くない気がする。






 アインツィヒは準備がありますのでと部屋を退出すると、老執事が当主に目を向けた。



「宜しいので? アインツィヒ坊ちゃまには荷が重いように見受けられますが」



 当主であるギルバート・ガド・ヴァイワールは紅茶を一口飲み、溜息をつく。



「仕方ない。他に出せる子がいないしな」



 長男はすでに同盟関係と言える侯爵家の娘と婚約している。

 次男も寄り子の貴族の娘を取ってるし、三男は婿養子に出している。



「バルティアも腐っても公爵家だ。実の伴わない張り子ではあるが、権威と伝統を重んじるやつは多いのでな。名さえ残せば利用価値はある」

「なるほど…それにしても苦労しますな。アインツィヒ坊ちゃまも」



 ギルバートは意地の悪い笑みを浮かべる。



「まぁな。和解の印として為した婚姻ではあるが、領地は戦火でボロボロだ。反乱さえしなければ構わん」



 ギルバートにとって権威や伝統などは、犬の餌にもならんものだと考えてはいるが、貴族界隈では重要視されるのもまた事実であった。



「まだシルリア地方の平定も終わっていない。周辺の貴族家もきな臭いしな…公爵家を滅ぼしてはやつらが警戒して兵を出すやもしれん」



 もちろん。マスタークラスの剣士であるギルバートにとって勝てない相手ではないが、公爵家と長きにわたる戦争で領内は疲弊しているし、あまり多くの敵を抱えたくないのは本音であった。



「とりあえずシルリア地方の平定だけは為さねばならん。少ししたら兵を出す」



 シルリア地方は、ヴァイワール伯爵領が属する王国西方の一部地域を指す。代々この地を受け継ぐ一族にとってこの地域の統一は悲願であった。それはさておき。



「かしこまりました。準備するよう伝えましょう」

「うむ。頼んだぞ」



 老執事は部屋を退出する。

 ギルバートは立ち上がり、窓から外を眺める。



「戦乱は未だ収まる気配を見せぬ……この先どうなることか」




 ヴァイワール伯爵家当主の嘆きは、誰にも聞かれることなく空へと消えた。