「それじゃあアルジェさん、ブランさん、義兄さんと妻をよろしくお願いしますね」
「ええ、任せてちょうだい」

 あの夜から一週間が過ぎました。
 私の心境も含め、様々な変化がありました。

「あなたも、私がいない間に体調を崩さないでね?」
「ああ、気をつけるよ」

 まず、例の契約がきっかけかは知りませんが、とうとう魂が完全にこの世界に定着しました。
 結果、〈時魔法〉を覚えたのですが、これの詳しい説明はまた追い追い。“時間”というのは、人の手の届く範囲を大幅に逸脱しているので決まった魔法しか使えないんですよね。それ故に〈時魔導〉ではなく〈時魔法〉です。今はこれだけ言っておきます。
 それより大きかった変化は、以前〈刀術〉を復元した際、失敗した熟練度とやらの復元に成功したことです。これによって私の感覚も完全に合致しました。
 また、ジジイの直弟子として修めていた武器術もスキルとして発現したようです。刀と無手以外は、せいぜい師範代レベルでしたが。
 これらの武器スキルはユニークスキル〈武王〉として統合された模様。
 譲渡がどうたらと『世界の言葉』のログ――何やら見れるようになっていました――にあったので、どう考えてもジジイの仕業でしょう。一応、感謝はしておきます。
 ジジイが持っていたのは〈武神〉のようですが、私が未熟だったためにスキルが退化してしまいました。悔しいですね……。
 一番得意な刀でさえ神の域には届いていないらしいですし、精進あるのみです。

「ルークも隊長さんやさかい、その辺はバッチリやろ。セレーナも信用したれや?」
「……そうね」

 次に、管理者さんから貰った武具です。
 これらも伝説級(レジェンダリー)から幻想級(ファンタジー)へと至りました。
 ちなみにこんな感じです

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〈ウムル・アト=タウィル〉幻想(不壊/神呪)
時空間の管理者が転生者アルジュエロへと送ったドレスが、彼女の魂のエネルギーを吸収して進化したドレス。
汚れや欠損を知らないそれは未だ成長を続けており、やがては理の外側へと至るだろう。
時間、空間に関するスキルへの特大補正とをもち、魔力を込めることで空間結界を発動する。

p.s.魂の完全定着おめでとうございます。
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〈ソード・オブ・ムーン=レンズ〉幻想(不壊/神呪)
転生者アルジュエロに与えられた神剣が進化した。
大地母神の力を持つその美しくも異様な真っ白な刀身は、所持者の意思により魔物を効率よく殺し、盾の役割を果たす大剣と人型の切れ味を突き詰めた刀の二つの姿をもつ。
生物を眷属とする力を持つ。
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 もうアナグラムでもありませんね。思いっきりあの神々です。
 気にしても仕方ないので素直に喜んでおきますが。ヤッター。
 ついでにこいつらのスキルが見れる日が遠ざかりました。

「しっかし、ホンマに良かったんかいな? Aランク間近の二つ名持ちにギルドも通さず護衛してもろて」
「いいのよ。ビジネスパートナーに死なれても困るし、どうせ私が卸した商品も運ぶわけだしね」

 更に、石鹸の販売も開始されました。
 貴族などの富裕層には、予想通り大量に売れたのですが、中流階級以下に向けたモノの売り上げは芳しくありませんでした。
 値段的な問題ではないということなので、例の古本屋の老婆など顔見知りに聞き込みを行いました。結果、『汚れは水洗いで十分。態々香り付けの石鹸にお金をかける意味がわからない』という認識があることがわかりました。
 この世界において、石鹸というのは香水代わりだったということですね。中には病気の予防に繋がる働きを知っている人もいましたが、少数であり、彼ら彼女らは既にお買い上げいただいてました。
 このことを踏まえ、一般的な病の中で経口感染であるものを例に挙げ、その予防に役立つ事を各店頭で宣伝して貰いました。
 この試みがうまくいった結果、現在の状況、つまりは販路の拡大に繋がった訳です。

「まあ今更ですわな。それ以上にヤバイもんも見してもらいましたし」
「秘密よ?」
「当然ですわ。アレは怖くて人に言えません。信じてもらえるかはわかりませんが」

 もちろん、そうなると更に多くの石鹸が必要になります。私たちが旅に出るには難しい状況ですね。
 その問題を解決したのが〈空間魔導〉です。
 ふふふ、もうわかりますね?
 ついに! 転移能力を手に入れたのです!!
 とは言え、まだ登録した地点間の往き来しか出来ませんし、登録できる数も三箇所と少ないです。スキルのレベルが上がれば増えそうですがね。
 これにより私が直接各地に届けることは不可能ですが、経済の流通、要は雇用が増えるのでこの方がいいとのこと。

 ちなみに、〈副王の加護〉の影響と〈ストレージ〉で熟練度が溜まった結果の取得です。
 この〈空間魔導〉は、〈時魔法〉と逆で〈空間魔法〉は存在しません。どの魔法も、やっている事は全て同じだからなんですが……、これも詳しい説明はまた。

「そうですね。領主様には報告させて頂きましたが、むやみに人に見せてはいけませんよ?」
「わかってるわよ」

 そして、何より大きかったのは私の心境の変化ですね。
 テオの忠告を受けて以来、私は新しい出会いというものを恐れてしまっていました。
 どうせ失うのだから、おいていかれてしまうのだから。そんなふうに思うと、なかなか、当初考えていた“世界を見て回る旅”に出る気になれなかったのです。
 今は違いますよ?
 その一時で、全力で愛し、全力で楽しむと決めたのですからね。その時は、またその時です。
 そんな風に前向きになれたからでしょうかね。ブランと“契約”を結んだあの夜、久しぶりに家族の夢を見ました。GWに妹を連れてキャンプに行った時の話です。
 今思えば、一般的なキャンプとは少し乖離していたというか、こちらでの野営を思わせるモノに近い部分がありましたね。もちろん普通に遊んだりもしましたが。
 そういえば、あの時釣った湖の主はどうしたんでしたか……。

「ほな、そろそろ行きましょか」
「ええ、そうね。あなた、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」

 おっと、ルークとセレーナがイチャイチャしてますね。気にしてはいけません。
 私も、空気を読んで空気になっていた使用人たちにしばしの別れを告げます。

「それじゃ、セバン、イーサ、行ってくるわね。ちょくちょく帰ってくるわ」
「はい、石鹸のことはお任せください」
「お屋敷も、いつ帰られても問題無いようにしておりますので」

 文字通り、いつでも帰れますしね。使用人たちには、<契約(コントラクト)>で漏らさないよう縛ったうえで、[転移魔法]について伝えてあります。

「ありがと。ほかのみんなにも宜しくね」
「バイバイ」

 こうして、仕事のある使用人たちの代表として来ていた二人と、ルークに見送られながら私たちの乗る馬車は巨大な門を潜ったのでした。







◆◇◆
 世界の、とある国。その王城の一室では、ある儀式が完成の時を迎えようとしていた。
 その部屋にあるのは、床に描かれ、眩しいばかりの魔力光を放つ大型の魔法陣と、魔法陣の円に沿って並ぶ、十人を超すフード付きのローブ姿の者たち。
 そして、一際豪奢な衣服を身に纏った一人の壮年の男性。その傍には、壮年の男性には劣るものの十分に高価だとわかるローブを着た中年男性がいる。彼らの周囲を固めるのは、精強そうな騎士たちだ。

「いよいよ、だな」

 二人の男のうち、身分の高いであろう方が口を開く。

「はい。現れる者は、その加護により『隷属の首輪』を受け付けません。自身で着けさせるなら別ですが」
「わかっておる。上手くやるさ」

 そのようなやりとりをする男たちの視界が、突如真っ白に染まった。儀式が完了したのだ。

「おお、成功しました……!!」

 フード付きのローブの者たちの一人、儀式を行っていた魔道士たちの長が声をあげた。
 その声に応える者はいないが、その場の全員の目はただ一点を見つめている。

「ん……。どこ、ここ?」

 ――召喚の術式により、異界から呼ばれた一人の少女を。

「ようこそ、おいでくださいました。勇者様!」