ブランが帰ってきた次の日です。今は昼食の時間。ブランも疲れていたのでしょう。先ほどになってやっと起きてきました。今はお風呂に行っています。


「姉様、上がったよ。お待たせ」
「いいのよ。さぁ、それじゃあお昼を食べましょうか」

 私が合図すると、給仕をしてくれている女中頭のイーサが料理を持って入ってきました。



「ブラン、お疲れ様」
「うん」

かちゃかちゃと食器同士が触れ合う音の中、ブランを労います。

「どうだった?」
「嫌な人が居たけど、試験自体は大丈夫だと思う……多分」

 見た所、初めて人を殺した事にストレスを感じているようには見えません。
 しかし私は知っています。
 昨日、ブランは寝言で『ごめんなさい』と何度も繰り返していました。今も普段に比べて食事があまり進んでいません。
隠しているのか、自覚がないのか……。

「そうね、アレなら大丈夫。合格間違いなしよ」
「?? アレって、どうして様子がわかったの?」
「え、いえ、アレよ。……そう、テオ。テオに聞いたの! ちょうど男? を担いで帰ってきたところに遭遇したの!」
「へぇ……。そいつ、どうなったか知ってる?」
「さあ? あのカス野郎がどうなったかなんて知らないわ」

 本当は、アンジェリカの所に預けられた事を知っていますが、あんな奴の話はこれ以上したくありません!

「……ついてきたんだ。私、ソイツが何したとか言ってないのに……」
「あ、あはは。そ、そんな感じのオーラを感じたの!」
「(じとー)」
「(ついっ)」
「くすくす……。姉様、嘘つかなくていいの。私は嬉しいよ? 心配してくれたんだよね?」

 あぁ、やっと自然に笑ってくれましたよ。今夜辺りがヤマでしょうが、少しは気が紛れてくれていてほしいですね。

「たまたまよ」

 とりあえず、そっぽを向いておきます。全く、今日は暑くていけませんね!
 ちょっと、イーサさん! 何ですかその目は!
 まったくもう!

◆◇◆
 食事も終わり、コーヒーのような何か(ノワリア(ティー)というらしいです)で一息入れているときでした。

「アルジュエロ様、お客様でございます」
「今行くわ。誰かしら?」

 まだイマイチ部屋を把握できていないので、私を呼びにきたセバンに応接間まで案内してもらいます。


 そこで待っていたのは、三人の男女。一人はブランの時もお世話になった衛兵さんです。

「待たせたわね、衛兵さん」
「いえ、突然来たのはこちらですから。っと、そう言えば自己紹介してませんでしたね。私の名はルークです」

 私もすっかり忘れてましたね。ルーク、ですか。覚えておきましょう。

「それで、こっちが妻のセレーナと義弟のエドワードです」
「セレーナです。この間はわざわざありがとうございました」
「エドワードいいます。エドって呼んでくれたらいいですわ」

 セレーナさんはふわふわした雰囲気の大人の女性って感じで、大きな果実をお持ちです。
 エドは独特の、関西のような訛りで話す細身の男性です。まあ、そう聞こえているだけなのですが。

「セレーナさんに、エドね。よろしく」
「なんや、姉さんにはさんつけて、僕にはつけてくれへんのやな」

 拗ねたように言うエドです。男がそんな仕草しても誰得ですよ?

「あら、気に障ったかしら? ごめんなさいね、その話し方だとどうもさん付する気にはなれなくて」
「はははっ。冗談ですわ。よぉ言われます。これは僕らの故郷の訛りなんです」
「へぇ。セレーナさんは普通なのね」
「私もさんは無くていいですよ? 意識して言わないようにしてるんです。気が抜けるとでちゃうんですけどね」

 ふふふ、と笑いながらセレーナは言っているんですが、揺れますね……。どこが、とは言いません。

「一応こっちも自己紹介するべきかしら? 私はアルジュエロ=グラシア。不本意だけど、『狂戦姫』なんて呼ばれてるわ。それで、こっちはブラン。妹よ」
「よ、よろしく、お願いします……」

 ブランちゃん、絶賛人見知り発動中でございます。

「この子、人見知りなのよ」
「しょうがないですよ。さて、そろそろ今日伺った本題に入りましょうか」
「そうね。といっても、石鹸の事くらいしか思い浮かばないのだけど」
「正解ですわ。いやー、あの石鹸。ほんま凄いもんやなぁ。見てみぃ、姉さんの髪。それにええ匂いもしてはるし」
「友人にもかなり激しく問い詰められたんです」

 ふふ、と嬉しそうにセレーナが言います。女性の美への執念は、凄まじいですからね。
 漢女も含みます。……本当に凄まじいですよ。かr……の女らは。

「それで、売りたいわけね?」
「そゆことですわ。しかし、アルジュエロはん、僕が商人って気づいとったんです?」
「え、えぇ。まあね」

 関西っぽい話し方に聞こえてましたから、偏見で、とはいえませんね、はい。

「あぁ、アルジェでいいわよ」
「ほなアルジェはん。販売は全部僕がやれます。あの石鹸を卸してもらえればそれでええですわ。宣伝はリムリア公爵夫人らも協力してくれはるし、面倒ごとは任せてもろてええですよ。取り分も相談乗ります。どないです?」
「そうね……」

 今の条件なら、石鹸を創って、あと箱詰めまですればいいということですよね?
 販売するなら数が必要ですが、材料費はありませんし、一度に大量に作ることは可能です。箱詰めも、屋敷の方々に手伝っていただけば良いでしょう。もう少し仕事が欲しいとボヤいていましたし。
 それに、将来屋敷を維持する為の費用も必要ですから。
 大抵の欠損は治せますが、何があるかわかりません。金策は複数用意すべきです。

 問題は、エドが信用できるか、ですが……。
 疑っても仕方ないですね。何かあれば斬りますか。

「……なんや今、ものっそいゾクッと来たんやけど?」
「気のせいよ。それで、この話だけど、どれくらいの頻度で卸せばいいのかしら?」

 一瞬考えるそぶりを、エドは見せます。

「んー……まだ分からんけど、取り敢えず二月に一回でどや? 数は、髪用の……」
「シャンプーとリンスよ」
「それと、体洗う石鹸五十セットで様子見ときたいですわ」
「それくらいなら問題ないわね」

 そういえば、香りはどうしましょう?
 聞いてみますか。

「香りはどうする? 変えられるわよ」
「ホンマですか!? なら、協力してくれはる夫人方に聞いてみますさかい」
「なんなら今サンプル作ってあげる」
「今ですか?」

 怪訝な顔をするエドたちを無視して、〈物質錬成〉を発動します。
 んー、柑橘系を二種類と、薔薇、あとミントでいいですかね?

「なっ……!」
「ア、アルジェはん。今のはいったい…」
「私のユニークスキルよ」
「アルジェ殿! それで武器は作れるんですか!?」

 すごい剣幕でルークが身を乗り出してきました。さっきまで空気だったくせに、なんで一衛兵である彼がそこまできにするんですかね?

「作れるけど、作らないわよ? 流石に職人が作った物には劣るし、彼らの仕事を奪う気もないわ」
「そ、そうですか……」
「それが懸命やな」

 義兄の取り乱す様をみて、エドは冷静になったようです。今更取り繕っても、さっきの顔は傑作でしたがね?

「とりあえず、そいつらみせてもろても?」
「どうぞ」

 作った石鹸をあちらにおしやります。

「これは……。レムの実に、オレンの実、こっちは薔薇やな。こっちのスーッとするのは香草みたいやけど、コレ、とは言えへんなぁ」
「ミントじゃないかしら?」
「あぁ、それや」
「正解よ」

 ちなみにレムはレモン、オレンはオレンジに似た果物のことです。

「ふむ、しかし、それならかなりコスト落とせるなぁ。この辺のは貴族向けとしてそれなりの値段で売る必要があるさかい、もう少し質を落として、香りを弱めにすれば、平民向けにも売れます」
「わかったわ。……こんなものかしら? 店で売ってたのよりは泡立つけど、さっきのに比べたらってところよ」

エドがスンスンっと鼻を鳴らして確認していると、ブランが袖を引っ張ってきました。

「姉様、イーサが」
「イーサ、どうかした?」
「はい、僭越ながら意見を言わせていただくと、可能であれば無臭の物があると良いかと」
「ええ、確かに使用人、あと料理をする人もそちらがいいでしょうね」

 イーサの意見にセレーナが補足します。なるほど、そうかもしれませんね。早速作りましょう。

「なるほどなぁ。お願いしてもいいですか?」
「――はい。こっちが貴族の使用人向け。こっちが平民向けよ」
「おぉ、ホンマに無臭や。今までのもんはどうしても脂の臭いがしとったからなぁ」

 感動した様子でエドや、セレーナ、ルークまでも無臭の石鹸を鼻に近づけています。
 たしかに、今まで見た石鹸はそうでしたね。

「うーん、せやなぁ……。うん! それぞれ二十ずつ。無臭のは三十ずつでとりあえずお願いするわ」
「わかったわ。作るのはともかく、箱詰めに時間は必要だから、明後日以降に取りにきてもらえる?」
「了解や。取り分は、どないします? 普通石鹸なら、販売額の六、七割ってところやけど」
「五割でいいわ。遠くはどうしても値段が上がるだろうし、せっかくだからいろんな人に使ってもらいたいもの」
「ホンマにいいんです? ……わかりました。それでいきましょう。期待には答えさせてもらいます。裏切ったら怖そうやし」
「フフ……そういえば、どうやって公爵夫人と知り合ったの?」

 申し訳ないですが、そこまでの商人には見えないんですよね。まぁ成金野郎よりは好印象な格好なんですが。

「なんや、知らんかったんかいな。そういやさっき初めて名前教えたんやったか。この自慢の義兄、衛兵隊長なんやで?」
「あはは、……黙っててすみません。そういうわけで、領主様に直接報告とかする機会があるので、それでですね」

 はぁ。……どうしてこう自分の事を隠す人ばかりなのでしょう。この分だと、他にも誰かいそうですね……。