まだ暗いうちに起き、昨日買った打刀を持って冒険者ギルドへ向かいます。
宿を出るころ、一の鐘が鳴りました。一日の始まりを告げる“明けの鐘”です。
二つの輝きの片割れが半分ほど顔をのぞかせるのみの、薄暗い時間帯。朝早いこの世界でも、店開けているのは冒険者を相手にする屋台の方々くらいです。
ギルドに近づくにつれ、人の気配は増えていきます。少しでも良い依頼を受けるために早起きした勤勉なならず者たちです。
ギルド内で一際人口密度の高い一角、クエストボードをスルーして私が向かうのは訓練場。今日はブランに刀術を教えるので、私自身の確認に来ました。
アダマンタイトに囲まれたそこにある冒険者の影は少ないです。さすがに、訓練のためにこの時間に起きてくるほどあのならず者たちは勤勉ではなかったようで、この時間ここにいるのは私のような一部の例外か、手の内をあまり晒したくない人です。だだっ広いスペースを贅沢に使うのは、そういう彼らへの配慮もありますね。
私もその暗黙も了解に従て適当なスペースを確保します。
そして、静かに抜刀し、ゆっくり、前世でその身に刻んだ型をなぞります。受験でしばらく武から身を置き、体自体が変わった|現在でも自然にできる、その魂が覚えるほどに繰り返した型を。
上がった身体能力は私に汗をかくことすら許さないようですね。いいことです。
だんだん速度を増していくと、出来上がったのは一つの舞。
いつの間にか二つ目の太陽も顔を出していました。
そろそろブランが起きますね。あとこれ一つだけ確認して帰りましょう。
私は巻き藁代わりに鉄の柱を作ります。斬鉄も久しぶりですが、大丈夫でしょう。ダン作のこれは、数打ちの安物ですが、鈍ではありません。
一度納刀し、鞘を固定していたベルト――錬成しました――から外します。
左手に鞘を持ち、右手は柄の辺りに添えるだけで握りません。
脱力した自然体で半身に構え、重力に従って倒れこみます。
そのまま一歩を踏み出してすべての力を速度に変換し、鉄柱の呼吸に合わせ、一気に振り抜きました。
残心をとき、刀身を確認しますが歪みは見られません。
次に、納刀しつつゴトンっと音を立てて落ちた鉄柱の切り口を確認します。こちらも滑らかなもの。
うん、腕はあまり落ちてませんね。少々『吸血族』のスペックで無理矢理修正しましたが、許容範囲です。
チリン
【熟練度が一定に達しました。
<舞踏lv1>を獲得しました。
<体術lv1>を獲得しました。
<刀術lv1>を獲得しました。
魂に熟練度の痕跡を確認。復元しますか?→yes/no】
もちろんyesです。
【復元に成功しました。
<体術lv1>がlv7になりました。
<刀術lv1>がlv8になりました。
<母なる塔の剣>の情報が更新されました。】
これは都合がいいです。
それにしても、私の技量でレベル8ですか……。なら、じ、祖父、……もうジジイでいいや。
ジジイだと確実にレベル10ですね。あの人紙で鉄斬るんですよ? 意味わかりませんよね? 私なんて精々プラスチック定規でぎりぎり斬鉄できるというくらいだというの……に。『まだまだ呼吸を読み切れておらん!』なんて言われてもこっちは普通の高校生だ! っていう話です。
まあ過ぎた話ですね。帰る前に剣だけ確認しておきますか。
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<母なる塔の剣> 伝説 (不壊/神呪)
転生者アルジュエロに与えられた神器が変化して生まれた大型の大剣。
彼の者の願いを聞き、盾としての役割も果たしつつ取り回しに困らない大きさをしている。
アルジュエロの性質に影響を受けた結果刀の性質を持ち、大地母神の力を一部具現化した。
生物を眷属とする能力がある。
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あまり変わってませんね。最後から二番目の文に刀の性質を持つことが追加されたくらいです。
昨日はダンに『刀としても使える』と言いました。嘘はついていませんが、本当は無理矢理そう使っているだけでした。これからは本当にそう使えますね。
おっと、そろそろ急がなくてはいけませんね。
◆◇◆
私が部屋に帰ると、ちょうどブランが起きたようでした。
「ふわぁ……。おはよう、姉さま」
「おはよう」
欠伸をして目をこするブラン、いえ天使がいます。飛びついちゃだめですか?……ダメですか……。
「昨日言ってた通り、今日は刀術を教えてあげる。顔を洗って着替えてきなさい」
「うん……」
おぼつかない足取りでフラフラ顔を洗いに行きます。体が早く育つ分睡眠も多く必要なんでしょうね。ものすごく眠そうです。
ブランを待つ間に簡単にですが、刀の手入れをしておきます。これ大事。
「おまたせ。『白梅』も持っていくの?」
「ええ。他は私の<ストレージ>に入れていくからそれだけ自分で持っていきなさい。その服に剣帯もついてるはずだから」
「うん、わかった」
◆◇◆
下に降りて朝食を食べたら、いつもの空地へ向かいます。ギルドの訓練場でやるとブランが他に舐められるかもしれないので。お昼は屋台で串焼きでも買っていきましょう。
さて、ここで質問です。
ドレス姿の美女と、珍しい真っ黒な服をきて珍しい武器をニコニコしながら(※アルジェ視点で)触っている美少女が一緒に歩いていたらどうなるでしょうか?
ジロジロ、ザワザワ…。
正解は、めっちゃ目立ちます。
まあ最初だけだと思いますが、目立つと……
「よお姉ちゃんたち。これから外へ行くのか? 俺らも一緒に行ってやるよ。こう見えて俺ら、Cランクなんだぜ?」
「ロリ天使…!(ハァハァ)」
こんなのも釣れます。
ちょっと二人目! 同意はしますが許しません! 私の天使にその変態的な視線を向けないでください! ブーメラン? 知りません!
「ブラン、いきますよ」
「は、はい。姉さま……!」
怯えて私の袖をつかむブランを促し、三人の男たちの横を素通りします。
「おいおい、つれねえなあ。無視することはないだろ?ほら、俺はつえーぜ?」
「姉妹丼!(ハァハァハァ)」
……なんかもう一人もヤバいんですが? 何に食いついてるんです?
しかし、鬱陶しいですね。……冒険者同士のいざこざは基本自己責任なんでしたよね? 一般人に被害が及ばない限り衛兵は手出ししないんでしたよね?
「……姉さま?」
「ブラン、ちょうどいいからこの五月蠅い羽虫どもで<刀術>を見せてあげる」
「は、羽虫だと? ちょっと美人だからって調子に乗りやがって、このアマ‼ こうなりゃ強引にでも同行させてもらうぜ?」
私はブンブン言ってる羽虫を無視して、今朝と同じ刀を取り出します。
そのまま私たちの前に回りこんだ虫たちへと歩いていき、そのまま通り過ぎた、ように見えたでしょう。
――――チンッ
「?? おい、今何か……」
(パラっ)
「え?」
「あらあら、羽虫の羽がもげちゃったわね? その見苦しい体をブランに見せないでちょうだい。教育に悪いわ」
「お、覚えてろよ!」
「「ドSな女王様…!(ゴクリッ)」」
顔を真っ赤にして下着姿で去っていく三人。
二人ほど違う理由だった気がしますが、気にしては負けです。
まあなんてことはありませんね。意識の隙間をついて脇をすり抜けるときアイツらには見えない速度で装備だけ斬りました。そもそものスペック差と<刀術>の補正で楽勝です。あの装備が全部でいくらとかは知りません。自己責任ですから。
((パチパチパチパチ‼))
「ピィーッ!」
「姉ちゃんよくやった!」
「気持ちよかったぜ!」
「「お姉さまーっ‼」」
「姉さまかっこよかった…‼」
何故か予想以上に周りに受けている……。
後で聞いた話では、彼ら、相当評判が悪かったようですね。黄色い声は触れないでおきましょう。私の精神衛生事情の都合で。
ブランはもっと褒めてください!
そんなこんなでやっとたどり着きました。
視界の端に巨大なクレーターが見えるのは気のせいですね。ハイ。
「さて、刀の扱いに慣れるまではこっちの練習用を使いなさい。ダンが『白梅』と寸分違わずバランスを合わせてくれてるし、重さも私が合わせたわ」
付与の仕方についてはいくつかありますが、今回は魔法スキル――私の場合は魔導スキル――を使ったやり方をしました。その時に<付与>が生えたので、レベルを上げてから『白梅』に強力な付与《エンチェント》を掛ける予定です。魔導スキルを併用したやり方はかなり高度なものになるので、すぐレベルは上がるでしょう。それまでに<鑑定眼>を駆使して内容を厳選しておかねば。
ほかの方法については、また機会があれば。
「うん、頑張る……!」
ブランも気合十分ですね。まあ初日ですし、軽めに行きましょう。
◆◇◆
目の前には疲労困憊でダウンするブラン。
あっるぇー? まだ初級中級上級地獄級の初級なんですが……やりすぎた?
でも私の時より軽いメニューなんですがね?
蜂の巣を突いて出てきた蜂をすべて斬る修練とかはしてませんよ?
まあいいでしょう。ブランの<刀術>もレベル3になりましたし。
思ったよりスキルレベルが上がるのって早いんですかね?
(※非常識な速度です。アルジェのスパルタとブランの才能の結果)
ブランは才能があります。これなら明日には『白梅』を使っても問題ないでしょう。練習用の出番は意外と早く終わりましたね。次の出番は斬鉄の仕方を教えるときです。
何本でできるようになりますかね? 私は三本折った記憶があります。巻き藁は一本も折らずに斬れるようになれたブランですが、ぎりぎりででした。
……ブランが起きる気配はありませんね。
仕方がありません。運んで帰りますか。