【#3】
イベント当日は朝から綺麗な青空が広がっていた。
会場はテレビ局の敷地内にある特設野外ステージで、今日は私を含め5組のアーティストが出演する。
中でも一番注目を集めているのが、今大人気の歌姫である琴吹さんだ。
今日集まっているお客さん達は、ほとんどが琴吹さんのファンらしい。
私の出番はトリを務める琴吹さんの前。
「鈴原さん、スタンバイお願いします」
スタッフから声がかかった。
「……はい」
琴吹さん目当てのお客さんに、私は受け入れてもらえるのかな……。
さっきまでの会場の様子を見る限り、かなり厳しい気がする。
そう考えると、途端に緊張とプレッシャーが襲ってきて、足が竦む。
「大丈夫だよ。鈴原さんは鈴原さんらしく歌えばいい」
隣にいた遠坂さんが、私の気持ちを察したようにそんな言葉をかけてくれた。
「そうですよね。ありがとうございます」
こんな風にさりげなく緊張を和らげてくれるところ、さすがだなと思う。
「さぁ、行こう」
「はい」
遠坂さんの言葉に背中を押されて、私はステージへ向かった。
「続いては、CMソングで注目を集めた七色の声を持つ実力派シンガー、鈴原 結音さんの登場です」
司会のNテレビ局アナウンサーの言葉を合図にステージに出ると、会場から拍手が起こった。
「こんにちは、鈴原 結音です。今日は短い時間ですが、私の歌の世界を楽しんで頂ければと思います。よろしくお願いします」
最初のMCのあと、ステージ中央に置かれたキーボードの前に座って準備を始めた。
今回は私が自らキーボードを弾きながら歌う。
客席から、少しだけど手拍子が聞こえてきた。
どう盛り上がったらいいかためらっているようだけど、歌に合わせて乗ってくれるのは嬉しい。
歌いながらふと上を見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。
野外のコンサートはこうして自然に触れながら歌えるからいいな。
風も空も、歌の世界を盛り上げてくれる最高の演出になるから。
客席の様子を見ると、みんな真剣な表情で聴き入ってくれていた。
そしてあっというまにラストの曲。
「早いもので、次の曲が最後となります。最後は、皆さんもご存知のあのCM曲です」
というMCのあとに演奏したのは、もちろん『虹色の歌』。
イントロから手拍子が起こり、この曲なら知ってるという安心感が客席から伝わって来た。
最初は少ししか聴こえなかった手拍子も、ラストは綺麗に揃って大きく響いた。
「ありがとうございました」
礼をして、ステージを降りる。
私のファンじゃない人がほとんどだったとは思うけど、最後はみんな笑顔で手拍子してくれて良かったな。
なんて思っていたけど、このあとに厳しい現実を思い知ることになるんだ。
「さぁ、お待たせ致しました! 次が本日のイベント最後の出演者となります。同年代から圧倒的な支持を得ている人気歌姫、琴吹 愛歌さんです!」
司会のアナウンサーがそう言った瞬間、会場にものすごい歓声が響いた。
そして、ステージに琴吹さんが登場すると、
「愛歌ちゃん~!」
「愛歌~!」
ファンの人達が興奮状態で名前を叫び始めた。
「みんな、いくよ~!」
琴吹さんの一言で、また客席から大歓声があがって、1曲目の演奏が始まった。
ノリノリのダンスナンバーに、客席は総立ちでリズムに合わせて手を振ったり、一緒に歌ったりしている。
1曲目から、ものすごい一体感だ。
琴吹さんが曲に合わせて振りを踊りながら歌っている。
客席もサビで綺麗に揃った手振りをしている。
「やっぱり、すごい。琴吹さん」
バックステージでライブの様子を見ながら、思わずそんな言葉をつぶやく。
琴吹さん自身の、華やかなオーラをまとう圧倒的な存在感。
ファンの人達のライブでの一体感とノリの良さ。
これが超人気アーティストのライブなんだ。
こうして今一番売れているアーティストと共演すると、差がはっきりと目に見えてしまう。
たった1曲CMで話題になってランキングに入ったくらいでは、一般の人達の支持を得ることなんてできないんだ。
ただ歌や音楽が好きというだけでは、やっていけないのかもしれない。
改めてこの世界の厳しさを思い知らされた気がした。
「次の曲は、切ないヒミツの恋をテーマに詞を書いた曲です。聴いてください。『SECRET MOON』」
琴吹さんがそう紹介すると、会場から拍手が起こった。
『SECRET MOON』は2週連続でランキング1位を獲得してロングヒットした曲で、琴吹さんの代表曲。
切ないメロディーと歌詞が同世代の間で“泣ける”と大人気のラブ・バラードだ。
「若い子受けする歌だな」
隣で私と同じように遠坂さんの歌を聴いていた遠坂さんが呟いた。
「やっぱり、ラブソングを書いた方がヒットしますよね」
「同世代の共感は得やすいね。……でも、時代の共感を狙った歌は飽きられるのも早いけどな」
「え?」
「爆発的に売れてメディア露出が増えるほど飽きられやすい。時代や流行に乗って作り上げられた歌手よりも、心から伝えたい歌を歌い続ける歌手の方が、俺は好きだよ」
「………」
もしかして遠坂さん、私が落ち込んでいるのに気づいてる?
さりげない優しい言葉に、心が温かくなった。
「祇園精舎って習わなかった?」
「……えっ?」
突然突拍子もないことを言われて、思わず間抜けな返事をしてしまった。
「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり―ってやつ」
「習いました。平家物語ですよね?」
「そう。音楽界や芸能界って、まさにあの言葉通りだと思うんだ。どんなに人気があっても、永遠にその人気が続くことはない。いつか必ず人気が落ちる時がくる。ただ売れればいいっていうものでもない。長続きするには、流されない強さや信念が大事なんだ。俺は色んなアーティストと仕事をしてきてつくづくそう思ってる」
遠坂さんの言葉はすごく深くて、心に響いた。
“大事なのは流されない強さや信念”
もう一度遠坂さんの言葉を心の中で繰り返す。
重く沈みかけていた心が少し軽くなった気がした。
「みんな、今日は来てくれてありがとう~!」
遠坂さんと話しているうちに、いつの間にか琴吹さんも全曲を歌い終えていた。
客席は名残惜しそうな表情で琴吹さんに向かって歓声をあげている。
青空は夜空に変わり、綺麗な三日月が出ていた。
こうして約3時間半に渡るイベントは無事に幕を閉じた。
イベント終了後、Nテレビ局近くにあるお店でイベント関係者と出演者の打ち上げが行われた。
大きな窓から夜景が見られる素敵なお店。
運ばれてくる料理も、一流のシェフが作る美味しいものばかりだ。
みんな、お酒や料理を楽しみながら歓談している。
そして、歓談する人達の中でも一際目立っているのは琴吹さん。
たくさんの人に囲まれていて、時々楽しそうな笑い声が聞こえる。
そんな様子を少し離れた席で見ていたら、
「……あの、お隣いいかな?」
誰かに声をかけられた。
声をかけてきたのは、現役大学生シンガーの音羽さん。
ほんわか癒し系の声とメッセージ性の強い詞が魅力のアーティストだ。
篠崎さんに、雰囲気や声が私に似ていると言われたことがある。
年齢も私と近いから親近感もあって、共演出来るのを密かに楽しみにしていた。
「私、『虹色の歌』大好きなの。だから、今日は生で聴けて本当に感動した」
「こちらこそ、そう言ってもらえてすごく嬉しいです。ありがとうございます」
とお礼を返したその時。
「っていうか大物出さないと人集まらないですもんね~」
琴吹さんの言葉が聞こえた。
突然の爆弾発言に、一瞬周りが静かになった。
「あ、愛歌ちゃん」
近くにいたスタッフが慌ててる。
「あ、ごめんなさ~い」
そう言ったものの、琴吹さんはあまり気にしている様子もない。
「色んな意味ですごいね、琴吹さん」
音羽さんが苦笑いしながら言った言葉に、私も無言で頷いた。
イベントスタッフや関係者がたくさんいる打ち上げの席であんなことを堂々と言えるなんて……。
「琴吹さんって、関係者の間ではワガママ歌姫で有名らしいよね」
音羽さんがジンジャーエールを飲みながら声を潜めて言った。
「ワガママ歌姫?」
「とにかく自分が一番じゃないと気が済まないっていうか。常に自分が注目されてないとイヤみたい。まあ、両親も人気アーティストだから、小さな頃からいろんなところでVIP待遇されてきたんだろうけど」
「……そうなんですか」
確かに、女王様体質っぽい雰囲気だけど。
ふと琴吹さんの方に視線を向けると、遠坂さんの隣に座って楽しそうに話している。
その光景を見て、なぜかほんの少しだけ寂しいような悲しいような気持ちになった。
「やっぱり琴吹さん、遠坂さんのところに行ってる。イケメンミュージシャンで有名だから狙ってるってウワサ、本当だったのかも」
「……え?」
そんなウワサが広まってるの?
「琴吹さんって、売れるためには手段を選ばない子らしいから」
その言葉の意味を、この時の私はまだわかっていなかったんだ。
イベント翌日は、予想通り芸能ニュースで取り上げられ、話題になった。
だけどライブの映像はほとんど琴吹さんのもので、私も含め他の出演者の映像はほんの数秒しか流れず、メディアでは完全に琴吹さんメインの扱いだった。
「やっぱり今は愛歌ちゃんの時代だよね」
篠崎さんが、残念そうに呟いていた。
それは実際にイベントに出演してよくわかった。
私は世間一般では人気も知名度もまだまだなんだなって。
私は琴吹さんみたいにはなれないって。