【#2】
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世界は歌で溢れている
耳を済ませば聴こえる
心を彩る虹色に輝く歌
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6月に入ってすぐ、予定通りCMのオンエアが開始された。
凛ちゃん出演のCMということで話題になり、注目を集めている。
「誰が歌っているのか」「いつ発売されるのか」という問い合わせも急増しているらしい。
CMでは楽曲タイトルしか表記されていないから、みんな誰が歌っているのか気になるみたい。
敢えて歌手名を出さない、というのはシャイン・ミュージックのCMスタッフの提案。
そのアイディアは大成功で、【人気モデルが出演するCMソングに問い合わせ殺到】と芸能ニュースでも取り上げられるほど。
予想以上の大反響に事務所も嬉しい悲鳴だと篠崎さんが言っていた。
タイアップが決まってからは、ジャケット撮影やMV撮影、シングルに同時収録する楽曲のレコーディングをして。
毎日が慌ただしく過ぎて、気がつけばシングルリリースまであと1週間に迫ったある日。
私は今後の活動についてのミーティングのため、事務所に向かった。
2階にある会議室に行くと、まだ誰も来ていなかった。
部屋の壁に掛けてある時計を見ると、開始時間20分前。
早く来すぎちゃったかな…と思ったその時、ドアをノックする音がした。
「失礼します」
そう言って中に入って来たのは遠坂さんだった。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。CMソング、かなり話題になってるし、いい感じだね」
挨拶すると、遠坂さんが笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます。遠坂さんに素敵な演奏してもらえたおかげです」
「いやいや、そんなことないよ。鈴原さんの歌は聴く人の耳と心を一瞬で惹きつける力がある。初めて歌を聴いた時、とても感動したよ」
お世辞ではなく、本心でそう思ってくれているのが表情や言い方から伝わって来る。
数多くのアーティストと仕事をしてきた音楽業界の先輩からそんな言葉をもらえると、自分の歌が認めてもらえたような気がしてもっと頑張ろうって思う。
「これからもいい歌が歌えるように頑張ります」
私が笑顔でそう言った時、再びドアをノックする音がしてドアが開いた。
「ふたりとも早いわね」
そう言いながら、篠崎さんが席に着いたところでミーティングが始まった。
「今日はふたりに重大ニュースがあるの」
「重大ニュース?」
「そう。夏休み中に行われるNテレビ局主催の音楽イベント『NTV Music Fes』の出演が決まったの。しかもふたりが出演する日には、今大人気の歌姫、琴吹 愛歌ちゃんも出演するから、メディアからかなり注目されると思うわ」
琴吹 愛歌ちゃんは、今出す曲全てランキング1位を獲得している超人気歌姫だ。
そんな人気アーティストと同じ日にステージに立つなんて。
「……なんか色んなことがありすぎて夢みたい」
「夢じゃないよ。そういうわけで、これからますます忙しくなるから覚悟して」
思わずそうつぶやくと、篠崎さんがマネージャーの表情になった。
* * *
「ランキング初登場5位おめでとう!」
会議室に入ると篠崎さんに開口一番そう言われた。
「え?」
「今日付の週間音楽ランキングで、『虹色の歌』が初登場5位にランクインしてるの」
篠崎さんがそう言いながらスマホでランキングサイトを見せてくれた。
確かに5位に鈴原 結音の名前が出ている。
「まさかいきなりTOP5入りするなんて、さすがCMタイアップね」
7月に入ってすぐ、タイアップシングルの『虹色の歌』がついに発売された。
CM効果のお陰で初日からセールスはとても好調だと言われていたけど、まさか初登場で5位になれるとは思っていなかった。
私にとってランキングTOP10入りは、デビューしてから初めて。
正直なところ、売上が伸びないということは私の歌は世間一般の感性とは合わないからかもしれないという不安な気持ちがあった。
自分の歌や歌に対する想いに自信がないわけではないけど、このままでいいのかなという迷いや不安があったのも事実。
だけど、信じて続けていれば、こうしてちゃんと結果につながるんだ。
やっと自分の音楽を認めてもらえたような気がして、嬉しさで胸の奥がじんと熱くなった。
私が感動に浸っているとドアをノックする音がして、スタッフさん達が入って来て「新曲ランクインおめでとう!」とみんな笑顔で言ってくれた。
「ありがとうございます!」
こうしてみんなに「おめでとう」って言ってもらえるって、こんなに嬉しいことなんだ。
「この勢いで来月のイベントでの初ライブも成功させようね」
「はい!」
篠崎さんの言葉に笑顔で頷いた。
* * *
数日後、いよいよイベントのリハーサルが始まった。
都内にあるスタジオで、遠坂さんと音を合わせながらアレンジや構成を考えていく。
遠坂さんがどんどんアイディアを出してくれているから、リハーサルは順調に進んでいる。
そして一緒に音を合わせていくほど、遠坂さんの演奏する音は私の歌とよく合っているなと感じる。
遠坂さんが私の歌に合わせてくれているっていうのも、もちろんあるんだけど。
それだけじゃなくて、きっとお互い持っている感性がすごく似ているんだ。
それぞれの曲のイメージや世界観を、言葉で説明しなくても音でわかりあえる感じ。
そして、イベント前日。
「よし、じゃあキリがいいから少し休憩しようか」
一通りの演奏を終えて休憩することになり、私は飲み物を買うため自販機へ向かった。
明日が本番だから、喉を痛めないように温かいものにしよう。
ホットココアを買ってリハーサル室に戻ると、遠坂さんはソファに座ったまま眠ってしまっていた。
毎日ハードスケジュールみたいだから、相当疲れているんだろうな。
起こさないようにそっと、部屋に置いてあったブランケットをかける。
キーボードの前に座って、ホットココアを飲みながら譜面を見て音を頭の中で確認していると、
「……カノン……?」
遠坂さんの声が聞こえた。
「あ、目覚めました?」
「ごめん、もしかして俺かなり寝てた?」
「ほんの15分くらいですよ。遠坂さんもハードスケジュールでお疲れですよね」
「いや…ホントごめん。……これ、鈴原さんが持ってきてくれたの?」
「はい」
「そっか。ありがとう」
「どういたしまして。でも、なんか親近感わいちゃいました」
「え?」
私の言葉に、遠坂さんは意味がわからないというような表情になった。
「遠坂さんって、いつもクールに仕事こなしてる感じだから。眠くなって寝ちゃうこともあるんだなって思って」
「そりゃあ、俺も人間ですから」
「あはは。そうですよね」
ふたりで笑い合いながらも、私はさっき遠坂さんが口にしたカノンという言葉が気になっていた。
曲名じゃなくて誰かの名前なのかな?
もしかして、恋人の名前とか……?
聞きたいけど、プライベートなことだし、失礼かな。
「じゃあ、明日に向けてもうひと頑張りしようか」
何事もなかったように明るく言った遠坂さんの様子を見て、やっぱり聞かない方がいいかもしれないと思った。
そして、最後のリハーサルが再開された。