【#願月(ねがいづき)


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 凍える真冬の空
 聖なる夜に輝く
 淡く光る願い月

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12月24日、クリスマス・イブ。

神聖な教会の中に、どこまでも透き通るような天使の歌声が響く。

そしてその隣には、優しい眼差しで天使のような白いドレス姿で歌う鈴原さんを見つめながらアコースティックギターを奏でる遠坂さんの姿。

ふたりの関係が今までと少し変わったことは、関係者席から見てもすぐにわかった。

ライブ終了後、私は鈴原さんの楽屋を訪ねた。

「鈴原さん、お疲れ様」

そう言って花束を差し出すと、

「……琴吹さん?」

鈴原さんが信じられないという表情で私を見た。

「事務所に頼んで、関係者席取ってもらったの」

「…そう、なんですか…」

どこか戸惑っている鈴原さん。

あんなことがあったんだから、無理もない。

本当は私の顔なんて見たくないかもしれない。

「あの時はごめんなさい」

「え?」

「日本を離れる前に、一度きちんと謝っておきたくて」

「…日本を離れる…?」

「まだ公式発表してないんだけど。私、来年の春から音楽活動を休止して留学するの」

「留学…?」

「うん。最低1年はいるつもり。それで、いつか…世界で通用する歌手になりたいの」

あれから、私なりにもう一度自分のこれからの活動を考えてみて。

両親や事務所の社長と相談して、決めた答え。

世界で通用するくらいの実力をつけるために、海外で本格的に英語やダンス、音楽を学ぶことにしたんだ。

「琴吹さんならきっと大丈夫です。頑張って下さいね」

そう言って優しく微笑みながら差し出された手。

ためらいながらも私はその手をそっと握った。

「いつか、また共演出来る日を楽しみにしてます」

「ありがとう」

あんな酷いことをしたのに、それでもこうして優しい言葉をかけてくれる鈴原さんは、私より大人だ。

「それじゃ、また」

「あ…今日は来てくれてありがとうございました!」

楽屋を出ようとした私に、鈴原さんがそう言ってくれた。

「遠坂さんとお幸せにね」

「…ありがとうございます…」

幸せそうなその笑顔が、今までで一番眩しく輝いて見えた。

外に出ると、真冬の冷たい風が身に沁みた。

気がつけば今年もあと1週間で終わりを迎える。

あの日から、涼夜とは全く会っていない。

今月に入ってすぐ、私がレコーディング期間中の時、

【人気バンド・Neo Moonのヴォーカリスト・涼夜 極秘入籍していた】

というニュースが話題になった。
相手は学生時代から交際していた一般人女性で、奥さんは現在妊娠中。

今までプライベートを公表せずにいたバンドだけに、ファンにとっては衝撃的なニュースだったようだ。

私にとっては、今さらな話だったけど。

「鈴原さんの生歌、本当にすごかったわね」

「そうですね」

「それに、遠坂さんとすごくいい雰囲気だったし」

「あのふたり、つきあってるみたいですよ」

「あ、やっぱりそうなんだ?」

帰りの車の中で、一緒に今日のコンサートを観ていた古賀さんとそんな話で盛り上がった。

鈴原さんも遠坂さんも、お互い自分の気持ちと向き合って、一緒に音楽を続けていくことを選んだんだ。

私も、いつまでも両親のことに縛られてないで前に進まなくちゃ。

“大物アーティスト夫婦の娘”じゃなくて、本物の歌姫として実力をつけて、いつかまたふたりと同じステージに立ちたい。

窓から、冬の澄んだ夜空に浮かぶ月が見える。

白く淡い綺麗な光で空を照らしている。

その輝きは聖なる夜にふさわしく、神聖な光に見えた。

ねぇ、涼夜。

あなたは今頃、愛する人の隣でこの月を見ている?

愛する人の隣で笑っている?

今はただ、あなたが愛する人と幸せであるように、この月に願っているよ。