【#儚月(はかなづき)


 ━━━☆・‥…━━━☆・‥…
 月のない夜空が
 終わりの時を告げる
 満ちては欠けて
 消えゆく儚い月
 ━━━☆・‥…━━━☆・‥…


数日後、私は涼夜に「話したいことがあるから会ってほしい」と連絡をした。

いつもなら自分が運転する車で迎えに来てくれる涼夜だけど、珍しくタクシーで来てほしいという返事が来た。

しかも、ホテルの場所と部屋番号まで指定されている。

いつもと違う何かに、かすかに嫌な予感がした。

深夜0時。

指定されたホテルの部屋の前で深呼吸をしてノックすると、すぐにドアが開けられた。

「久しぶり、だね」

「……そうだな」

お互い仕事が忙しかったうえに、私の熱愛報道の騒ぎもあって、会うのは2カ月ぶりくらいかもしれない。

「突っ立ってないで、座れば?」

「…うん…」

涼夜に促されて、私はベッドに腰掛けた。

「あの日、本当に遠坂さんと過ごしたのか?」

私の隣に座りながら、涼夜が言った。

「……え……?」

「事務所のコメントでは食事しただけって言ってたけど。本当は違うんだろ? おまえは前から遠坂さんのこと気に入ってたもんな」

何かを試すような、挑戦的な言い方。

どうしてそんな意地悪な言い方するんだろう。

「だったら何?別に私が誰といたって涼夜に関係ないでしょ?だって涼夜には…!」

そこまで言いかけて、ハッとして思わず言葉を止めた瞬間、私の体をふわりと包み込むような温かさと、涼夜がいつもつけている香水の香りを感じた。

「そんな強がるな」

「……え?」

「泣きたい時は泣けよ。おまえは自分が思ってるほど強くない」

「……!」

どうして?

どうして今になってこんな風に優しく抱きしめるの?

どうして今になってそんな優しい言葉かけるの?

そんなこと言われたら、今まで抑えてた想いが一気に溢れてしまう。

一度溢れた涙は止まらなくて、嗚咽も止まらなくなった。

いつから私はこんなに弱くなったんだろう。

子供のように泣きじゃくる私を、涼夜は何も言わずに抱きしめてくれた。

私はずっと、誰かに“泣いていいよ”って言ってほしかったのかもしれない。

こうして素直に泣いて甘えられる存在が欲しかったのかもしれない。

だけど、その相手に涼夜を選んではいけなかったんだ。

愛されたいなんて、絶対に願ってはいけない。

願うことすら許されない相手だから。

そう思えば思うほど、想いは強くなっていた。

気まぐれでも、会えた時の一瞬でもいいから。

私のものになってほしいと思ってしまった。

そんな小さな独占欲の積み重ねが、いつか大きな罪になるかもしれないとわかっていても。

それでもこの関係を切れなかった。

もう、全て終わりにしよう。

「……涼夜、私たち今日で会うの最後にしよう」

「…え…?」

「私、本当は全部知ってたの。だから、私達の関係がバレたらもっと大変なことになると思って…社長に協力してもらってヤラセで熱愛報道流したの」

「……そういうことか……」

涙声で話した私に、涼夜は納得したように頷いた。

初めから終わりが来ると知っていた。

ふたりの未来には別れしかないとわかっていた。

「…もう、これで最後にするから…」

今はただ、全て忘れて涼夜だけ感じていたい―。

―――……

目覚めた時、もう隣に涼夜の姿はなかった。

最後くらい、私が目覚めるまでいてほしかったけど……。

でも、顔を見たら決心が揺らぐかもしれないから。

これで良かったのかもしれない。

なんだか全てが夢だったみたい。

着替えようとして、ベッドから起きて鏡に映る自分の姿を見てハッとした。

首筋から体中に散っている赤い花びらのような痕。

今までこんな風に痕をつけられたことなんてなかったのに。

ふと枕元のスマホを見ると、メッセージが届いていた。

画面を確認すると、涼夜からのメールだった。

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 白い肌に咲く赤い薔薇
 甘い花の香りに誘われた
 蝶のように夢中に舞う
 月の光に照らされて
 今夜も君に溺れていく
 最後に君に枯れない薔薇を贈る
 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

『花蝶誘月』の詞と、最後に添えられた一言。

涼夜らしい別れの言葉に、思わず目頭が熱くなる。

溢れそうになる涙をこらえて、支度をしてタクシーに乗るため外に出た。

ふと見上げた空に、月は見えない。

少しずつ欠けては消えゆく月。

だけど、時が経てばまた満ちていく。

きっと私は月を見るたび、思い出す。

彼と過ごした甘く儚い秘密の時を―。