【#迷月(まよいづき)


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 欠けていく月はまるで
 満たされない心模様
 不安定に揺れる迷い月
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夏の暑さを感じ始めた7月の初め、私はミーティングのためにQUEEN MUSIC事務所本社ビルへと向かった。

「今週の注目曲は、七色の声を持つ新世代の歌姫、鈴原 結音さんで『虹色の歌』です」

そんなナレーションと共に会議室のテレビから流れてきたのは、最近CMでよく耳にしている透明感のある声。

「鈴原さんって、最近色んな音楽番組で紹介されてますね」

やっぱり、人気モデルの夜咲凜ちゃんが出演した大手企業のCMタイアップで話題になったからかな。

「そうね。実は愛歌ちゃん、今度鈴原さんと共演することになったのよ」

「え!?」

そんなこと一言も聞いてないんだけど…!?

「それ、初耳なんですけど…」

「うん。今初めて言ったから」

笑顔であっさりと頷くマネージャーの古賀さん。

「来月行われるテレビ局主催のイベントで、主催者から愛歌ちゃんに出演オファーがあったのよ。そのイベントに鈴原さんも出演するの」

「……テレビ局主催のイベント?」

「要するに夏休みを盛り上げるテレビ局主催の音楽イベントだから。愛歌ちゃんは出演者の目玉とトリってことで、一番出演時間も長いのよ。今日は、早速そのイベントの演奏曲や衣装について打ち合わせするから」

「わかりました」

それから、コンサートスタッフも同席して来月のイベントについてのミーティングが行われた。

翌週からリハーサルが始まり、あっというまにイベント当日。

会場となるNテレビ局へ向かうと、すぐにイベントスタッフとの打ち合わせが行われた。

「これからリハーサルに入ります。琴吹 愛歌さんはこちらへお願いします」

そう言って案内されたのは、局内にあるスタジオ。

「今日のイベントは琴吹さんファンの方が圧倒的に多いんです。ステージでリハーサルをするとパニックになる可能性もあるので、安全を考慮しました」

というスタッフの説明を受けて納得した。

確かに今日の出演アーティストの中では私が一番人気も知名度もあると思う。

社長にも、「今日は愛歌メインのイベントだから」と言われていた。

その言葉通り、リハーサルを終えて本番が始まっても、会場に集まった観客のノリはいまひとつ盛り上がりに欠けていた。

「続いては、CMソングで注目を集めた鈴原 結音さんの登場です」

司会の紹介と共に、4組目の出演者、鈴原さんがステージに登場した。

「こんにちは、鈴原 結音です。今日は短い時間ですが、よろしくお願いします」

鈴原さんは、春らしい花柄のワンピースの衣装で外見だけじゃなく話し方もふんわりおっとりしている癒し系だ。

MCのあと、隣にいる遠坂さんとアイコンタクトをしてキーボードを弾いて歌い始めた。

鈴原さんの歌を生で聴くのは初めてだけど、一瞬でその歌声に圧倒された。

繊細な透き通る声の中にある凛々しさと芯の強さ。

言葉ひとつひとつに魂を込めた歌い方。

“歌が上手い”って、こういうことなんだ。

歌い直しがきくテレビ収録では、声が出なくてもピッチが外れてもある程度誤魔化せるけど。

コンサートではそれができないから、本当の実力が試される。

さすが遠坂さんが惚れ込んだと言われているだけあって、生歌の迫力がすごい。

それに、遠坂さんの包み込むような音がすごく鈴原さんの歌に合っている。

まるでずっと前から一緒に演奏してきているかのような、息の合った音。

そして何より、ふたりの音楽に対するまっすぐな想いが伝わってきて。

綺麗すぎて、眩しすぎて、私とは生きている世界が違うような気がして。

心の奥深くに閉じ込めていた気持ちまで思い出させるような。

隠し続けている深い傷跡にまで沁み込んで来るようなそんな歌に、なんとも言えない気持ちが胸の奥に広がっていくのを感じた。

「さぁ、お待たせ致しました!次が本日のイベント最後の出演者となります。同年代から圧倒的な支持を得ているカリスマ歌姫、琴吹 愛歌さんです!」

その言葉を合図にステージに出ると、待ってましたという様に会場中から大歓声が上がった。

ファンの子達に興奮状態で名前を呼ばれながら、1曲目の演奏が始まった。

さっきまでの鈴原さんの歌とは打って変わってノリノリのダンスナンバー。

今まで遠慮がちに観ていたのがウソのように、みんな曲に合わせて歌っている。

この会場にいるお客さんはほとんどが私のファンだ。

社長の言葉通り、私のために開催されたイベントも同然。

この世界は、実力だけじゃやっていけない。

どれだけ素晴らしい才能を持っていても、綺麗事で活動していたら埋もれていく。

親の力だろうと事務所の力だろうと使えるものはどんどん使わなきゃ、この世界では生きていけない。

「次の曲は、切ないヒミツの恋をテーマに詞を書いた曲です。聴いてください。『SECRET MOON』」

最近、何度となく歌っているこの曲。

この曲を歌う度、涼夜のことを想う。

先月のテレビ出演以来、お互い忙しくて会っていない。

次はいつ会えるんだろう……。

会いたい時にすぐ会えるわけじゃないから、尚更会いたいと思ってしまう。

いつの間にか日が落ちて夜色に染まった空に、三日月が輝いていた。


* * *


「お疲れ様でした~!」

イベント終了後、テレビ局の近くにあるレストランを貸し切って打ち上げが行われた。

窓から見える夜景が幻想的に見えるお洒落なレストランだ。

一流のシェフが作る料理に舌鼓を打ちながら、スタッフのみんなと歓談中。

無事にイベントが終わった安心感と、お酒が入っているからか、みんなハイテンションで笑い声が絶えない。

「愛歌ちゃん、今日のライブも良かったよ~。会場の盛り上がりも愛歌ちゃんの出番の時が一番すごかったね」

「今回、夏休み中ってことでブレイク前の新人が多く出演してるんだけど、正直人が集まるか心配だったんだよね」

「あ、そうなんですか。っていうか、大物出さないと人集まらないですもんね~」

思わずそう口にした途端、一瞬周りが静かになった。

あれ、私何か変なこと言った?

「あ、愛歌ちゃん」

苦笑いしているスタッフを見て、

「あ、ごめんなさ~い」

とりあえず謝っておく。

でも、本当のことだし、社長にも私がメインのイベントだって言われてたし。

それに、私が出たことであれだけの人が集まったんだから、問題ないと思う。

それより、今日は遠坂さんも参加してるから、挨拶しに行きたいんだけど。

と思って遠坂さんの席の方を見ると、ちょうど隣の席が空いていた。

話しかけるなら、今がチャンスだ。

「お疲れ様です~。隣いいですか?」

早速自分のグラスを持って遠坂さんの隣の席に座る。

「私、遠坂さんの演奏、前から好きだったんですよ。今日初めて生演奏聴けて感動しました」

ウワサで聞いていた通り実力のある人だし。

それにやっぱりこうして近くで見ると、サポートミュージシャンにはもったいないくらい整った顔立ち。

ソロミュージシャンとしてステージに立てるくらい存在感がある人だ。

遠坂さんがサポートミュージシャンとして参加することになれば、絶対マスコミが注目して話題になる。

今のうちに繋がりを作っておいた方がいい。

「今度は私のライブにサポートで参加してくれませんか?」

さりげなく体を寄せて、上目遣いで甘えたように言ってみる。

大抵の男性はこの“人気歌姫からのお願い”に弱い。

だからきっと彼も…と思ったら、

「……スケジュールが合えばね。難しいと思うけど」

あっさりかわされてしまった。

それはつまり、遠まわしに私とは仕事をしたくないって言ってる?

“遠坂さんが歌声をとても気に入って、ぜひ一緒に音楽活動したいって話になったそうよ”

不意に、古賀さんが言っていた言葉を思い出した。

「……鈴原さんって、どんな子ですか?」

「……えっ?」

予想外の質問に驚いたのか、遠坂さんは一瞬戸惑ったような表情になった。

「鈴原さんって今回初めて知ったから、どんな子なのかなって」

デビューしたばかりでいきなり人気モデルの夜咲 凜が出演する大型CMソングのタイアップで話題になるなんて、大手事務所じゃなければ難しいことなのに。

「鈴原さんは一瞬で聴く人の心を惹きつける歌が歌える。天性のシンガーだと思うよ」

「……へぇ。すごい実力と才能がある子なんですね」

数々の人気アーティストと共演してきた遠坂さんがそこまで言うなんて、相当鈴原さんの歌に惚れ込んでるってこと。

遠坂さんは、日本を代表する歌姫と言われている私より、鈴原さんの方がいいんだ。

「私、ちょっと挨拶してきますね」

立ちあがって鈴原さんがいるテーブルへ向かう。

鈴原さんは、他に共演したアーティストと意気投合したらしく、楽しそうに話していた。

そんなふたりの間に入って、「お邪魔しまぁす」と言って空いている鈴原さんの隣の席に座る。

「初めまして、琴吹 愛歌です。今日は鈴原さんの歌が聴けるのを楽しみにしてたの」

「え、ホントですか?」

私の言葉を聞いて、鈴原さんがかなり驚いている。

「だって、人気サポートミュージシャンの遠坂さんが絶賛してるシンガーってことで今すごくウワサになってるし。日向さんと一緒に仕事ができるなんて羨ましい。私も、一度でいいから共演したいなぁ」

「………」

ハイテンションで話す私に困惑気味の鈴原さん。

「あの…」

彼女が何か言いかけた、その時。

「愛歌ちゃん、ちょっといい?」

最初にいたテーブルのスタッフに声をかけられて、

「ごめんね、お邪魔しました~」

私は最初の席へ戻った。

さりげなく鈴原さんの方を見ると、遠坂さんと親しげに話している。

さっきの戸惑ったような表情とは違って、どこか安心したような表情。

遠坂さんも穏やかな笑顔を浮かべていて、すでに二人の世界が出来ているのが見ているだけでわかった。



* * *


「……そんなに気になる? 鈴原 結音のこと」

ベッドサイドに置いてある煙草を取りながら涼夜が尋ねた。

最近お互い忙しくて会えていなかったけど、2カ月ぶりにやっとお互い会える時間が作れた。

恒例の深夜ドライブをして、今はひっそりと佇んでいたホテルの1室にいる。

「気になるっていうか、あの遠坂さんがそんなに気に入るなんてどんな人なんだろうって興味あるっていうか……」

「つまり気になるってことだろ? でも、最近確かによくテレビとかで彼女を見るけど、癒し系歌姫って感じで可愛いよな」

「なに? 涼夜って鈴原さんみたいな女が好みなの?」

「好みってわけじゃないけど。もしかして妬いてる?」

「なっ……違うから!」

慌てて否定したけど、涼夜は私の慌てぶりを見て不敵な笑みを浮かべている。

「遠坂さんは、前にNeo Moonでもサポート頼んだことあるけど、スケジュール合わなくて断られてるんだよな」

「そうなの?」

「ああ。さすが超人気ミュージシャンだなと思ったよ」

「だよね。私も、この前直接会ってホントに凄い人だなと思った。しかもウワサ通り超イケメンだしね」

「…へぇ。そんなにイイ男なんだ?」

「うん。優しそうな頼れるお兄さんって感じ」

「あっそ」

冷たく返されたその言葉に、

「もしかして妬いてる?」

さっきの仕返しにそう訊いてみたけど、

「別に」

涼夜は平然とそう答えた。

「だけど、遠坂さんってあれだけ人気あるのに女絡みの浮いた話が一切ねぇんだよな」

「へぇ?」

「もしかしたらずっと忘れられない女がいるんじゃないかってウワサもある」

忘れられない女、か。

いずれにせよ、遠坂さんに近づくのは難しそうだな……。

「なんだよ、急に黙り込んで」

「…ちょっと、考えごと」

「じゃあ、何も考えられなくしてやる」
 
「え……っ」

その言葉と同時に塞がれた唇。

深く絡む熱に、思考が奪われていく。

いつもより熱く激しく求められているのは私を愛しているからじゃない。

わかってる。

私達は、恋人同士じゃない。

恋人同士にはなれない。

ただ、互いの寂しさを埋めたくて抱き合っているだけ。

初めから、そんなことわかっていたけど。

この関係はいつまで続くの?

どこかで終わりにしなきゃいけない。

頭ではそうわかっているのに、会えばいつも心地よさに溺れてしまうんだ。