【#秘月】
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綺麗な満月の光が
秘密の始まりを告げる
今日も夜空を照らす秘め月
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深夜1時、真っ暗な部屋の中。
月が綺麗に輝くこの時間は、私と彼の秘密の時間。
誰にも言えない秘密の時間。
窓から射し込む月明かりが、彼の顔を淡く照らす。
聞こえるのは、お互いの鼓動と甘い吐息。
求め合う度、彼の熱が体中に刻まれていく。
そして今日も私は甘い痛みに溺れていく。
浅い眠りから目覚めた時、隣に彼の姿はなかった。
まだ熱の残る体をそっと起こして、ベッドサイドの時計を見る。
AM3:30。夜が明ける前に部屋を出なくちゃいけない。
でも、もう少し甘い余韻に浸っていたい。
まるで、恋する乙女みたい。
そんな甘い感情が許される関係じゃないのに―
名残惜しい気持ちで部屋を出ると、帽子とサングラスで顔を隠すようにしてタクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げた。
まだ真っ暗な冬の夜明け。
窓から、綺麗に輝く満月が見える。
ぼんやりと月を見ながら、さっきの彼との時間を思い出す。
今頃彼もこの月を見ているだろうか。
「着きましたよ」
運転手さんの声で我に返って、会計を済ませて車を降りた。
目の前には、“緑山ヒルズ”と呼ばれる都内の一等地にある高級マンション。
そのマンションの最上階にあるのが、私の部屋。
一人暮らしには広すぎるくらい広い部屋。
ガラス張りの窓から東京の景色が一望できるのが自慢だ。
小さな頃から当たり前に与えられた裕福な生活。
ソファに腰を下ろしてテレビをつけると、早朝の音楽番組が始まるところだった。
人気アーティストの最新ミュージックビデオを流す番組。
ソファに腰を下ろしてテレビをつけると、早朝の音楽番組が始まるところだった。
旬なアーティストの最新ミュージックビデオを流す番組。
「今日の1曲目は、今大人気の歌姫、 琴吹 愛歌さんの『SECRET MOON』です」
流れてきたナレーションのあとに映し出されたのは、私。
琴吹 愛歌―それが私の名前。
「人気歌姫」と言われ、今や音楽業界でその名前を知らない人はいない。
大手事務所とレコード会社に所属し、出す曲は全てランキング1位。
若い世代から圧倒的な支持を得て、今の音楽界を牽引する歌姫だと言われている。
今流れているこの『SECRET MOON』は、先月発売されたばかりの新曲だ。
2週連続で1位を獲得していて、“恋する女の子の泣き歌”として話題になっている。
ファンの間では、早くも「愛歌の代表曲」なんて声もあがっている。
詞は自分で書いているから、「実体験ですか?」なんて質問も多いけど、私はその度に「ご想像にお任せします」と答えている。
この歌は…誰にも言えない彼との秘密の関係を詞にしているから。
「続いては、Neo Moonの『月虹華』です」
私の曲が終わると同時に流れてきたナレーションの声と映像。
満月をバックに黒を基調とした衣装で演奏をするバンド。
『Neo Moon』は、10代の女の子達を中心に数年前から人気のバンドだ。
ボーカルの涼夜を中心とした4人組で、イケメン揃いのメンバーと、ロックだけど和風テイストという独特の音楽性が魅力。
ボーカルの甘く艶やかな歌声は、一度聴けば誰もが惚れるセクシーヴォイスと言われている。
最近では、日本国内のみならず海外でも注目を集めていて、海外公演も行っている。
流れる映像を食い入るように見つめ、聴こえてくる歌に耳を澄ます。
こうしてテレビで彼を観ると、さっきまでの時間が夢みたいだ。
この人の声で名前を呼ばれ、この人の腕に抱かれていたなんて。
ふと窓の外に視線を移すと、明るくなり始めた空にうっすらと残る満月が見えた。
始まりの日も、満月だったことを思い出す。
Neo Moon全国ツアー最終日の東京公演。
事務所からもらった関係者席のチケットで、私は初めて彼らのライブを観た。
ステージ上で眩しいオーラを放ち演奏するメンバー。
観客を歌の世界に惹きこむ演出。
完成度の高いパフォーマンスに圧倒された。
その中でも私は、涼夜の歌声と佇まいに強く惹きつけられた。
ライブ終了後、会場近くのお店で関係者も招いて打ち上げがあるということで、私も参加させてもらうことになった。
たくさんの関係者が出席する大きな打ち上げ。
こうして音楽の仕事をしていなければ会うことのできないような顔ぶれ。
今、華やかな場所にいる私は、彼に近づくのも簡単だ。
私は今や日本を代表する歌姫なんだから。
「お疲れ様です~」
わざと大きな声でそう言って、周りの人達と談笑している彼の隣に向かう。
「え!? もしかして琴吹 愛歌ちゃん?」
「はい。そうです。今日のライブ、すごく良かったです」
私が関係者席で観ていたことを知らなかったらしい彼…涼夜さんは、私が声をかけてきたことにかなり驚いている。
「私、前から涼夜さんのファンだったんですよ。 お会いできて嬉しいです」
「いやいや、こちらこそ日本を代表する歌姫にそう言ってもらえて光栄だよ」
私の言葉に涼夜さんが嬉しそうに笑顔で答えてくれた。
その笑顔は、さっきまでステージで観ていたクールな表情とは違って優しくて、思わず見惚れてしまった。
間近で見ると、本当に綺麗な顔立ち。
それに地声は柔らかいハスキーボイスで、聞いていると安心するような声だ。
歌っている時の艶やかなハイトーンボイスもいいけど、地声も素敵だな。
お酒が入っているせいか、冗談を交えながら饒舌に話す涼夜さん。
どんどんお酒のペースも速くなっていく。
メディアやライブではあまり見せない笑顔は柔らかくて、優しくて、そのギャップに、キュンとしてしまう。
この人はどんな風に愛の言葉を囁くんだろう。
どんな風に愛してくれるんだろう。
もっと彼のことを知りたくなった。
そう思ったら、即行動が私のモットー。
「すみません。ちょっと気分が悪くなったみたいなので、外出てきますね」
そう言って席を立った。
「え?大丈夫?」
「すぐ戻りますから」
心配そうに尋ねる涼夜さんに笑顔でそう告げて、そのままお店の裏口へと向かう。
裏口の扉から外に出て石段に座ると、深夜の冷たい風を感じた。
真っ暗な空には、満月が輝いている。
うまくいくかな…と思ったその時、扉の開く音がした。
ハッとして振り返ると、そこにいたのは―
「琴吹さん、ホントに大丈夫?」
本気で心配そうな表情を浮かべている涼夜さんだった。
「ちょっと外の空気を吸ったら落ち着きました。もう中に戻りますね」
そう言いながら慌てて立ちあがったその時、
「……! 危ない」
よろめいて転びそうになったところを、涼夜さんが支えてくれた。
「やっぱ大丈夫じゃねぇだろ? 今日はもう帰ったら?」
その涼夜さんの言葉に、成功を確信した。
「…私…今日はこのまま涼夜さんと一緒にいたいです…」
甘いトーンで涼夜さんの顔を見上げるようにしてつぶやく。
一瞬、彼の瞳が揺れた。
「それって、どういう意味?」
そう尋ねた彼に「そういう意味です」と真顔で答える。
人気歌姫からの誘惑。
さぁ、どうする?
人気アーティストとしての立場を守るのか、誘われるままひとりの男になるのか。
その答えは…今の関係。
最初は軽い気持ちで始まったこの関係。
それは…甘く危険な秘密の始まりだった。