【#5】


『人気歌姫・琴吹 愛歌 熱愛発覚』

そんなニュースがメディアを騒がせてから、事務所はもちろん、自宅のマンションにもマスコミが押しかけ、対応に追われる毎日が続いた。

事務所を通して公式コメントで「熱愛ではない」と発表したものの、芸能ニュースではそんなことは完全に無視して勝手に“カップル誕生”なんて盛り上がっている。

一色さんに“琴吹さんには気をつけろ”と言われていた意味が、今になってわかった。

やっと騒ぎか落ち着いてきた頃、久しぶりに音楽番組の収録の仕事が決まった。

結音に会うのはかなり久しぶりで、収録前に声をかけた時にはどことなくぎこちない雰囲気が漂っていた。

「お疲れ様でした。ありがとうございました」

スタッフに挨拶をして、収録スタジオを出る。

結音のいる控室へ向かうべきか、そのまま帰るべきか。

悩みながら、ひとり廊下を歩く。

今日の結音は、歌う前から少し様子がおかしかった。

いつも歌うことに全神経を集中させてベストコンディションで歌っているのに、今日は明らかに集中できていなかった。

番組スタッフもマネージャーの篠崎さんも「いつもの結音じゃない」と心配していた。

いつも最高の歌を聴かせようとしている結音だけに、今日のことは本人も相当落ち込んでいるようだった。

収録が終わったあとの結音は、まるで魂が抜けたような状態で、今にも泣きそうだった。

このままそっとしておいた方がいいのかもしれない。

だけど、放っておけないと思う自分がいる。

何か悩みがあるなら、力になりたいと思う。

そう思うのは、この数ヶ月一緒に仕事をしてきた仲間だからなのか。

それとも……。

「遠坂さん!」

そんなことを考えていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、そこには笑顔の琴吹さんがいた。

「今日、私もここで仕事あったんですよ。さっき鈴原さんにも会って挨拶したんですけど」

「……え?」

結音と話した?

「あの子、ホントに素直っていうか…まだまだこの世界を知らないですよね」

「は?」

明らかにバカにしたような言い方だ。

もしかして結音の様子がおかしかったのは、琴吹さんに何か言われたから?

「結音に何か余計なこと言ってないよな?」

「別に。私はただ、遠坂さんが私のマンションに泊まったって言っただけですよ?」

「“だけ”って……」

それが今一番言わなくていい“余計なこと”だ。

わざわざ言う必要なんてないのに。

「なんでそんなこと……」

「うざいから」

訊き終らないうちに、今まで見たことのない険しい表情で、彼女は吐き捨てるように答えた。

「なんでそんなに結音のことを嫌ってる?」

結音が琴吹さんに憎まれるようなことをしたとは思えない。

でも、彼女が結音のことをよく思っていないのは、夏のイベントで共演した時からわかっていた。

自分より上にいる人が気に入らないタイプだろうとは思っていたけど、売り上げや知名度という点では圧倒的に琴吹さんの方が上だ。

音楽界のトップの座を奪われそうだからというわけでもなさそうなのに。

「この世界の厳しさを知らずにお気楽に歌っている人は嫌いなの」

そして、続けて発せられたのは憎しみに満ちた言葉だった。

「お気楽?」

そんなわけない。

結音は、心から音楽を愛し、歌を愛し、全身全霊で歌っている。

それは、この数ヶ月一緒に仕事をして、そばで結音の音楽活動を見て来たから、はっきりとわかる。

「それは琴吹さんの方じゃないのか?」

音楽に対する愛情も歌に対する情熱も感じられない。

自分でもわかっているはずだ。

本当に歌が好きで歌っているわけではないと。

それなのに、結音のことばかり貶すような言い方に憤りを感じた。

言い返した一言が図星だったのか、

「遠坂さんには私の気持ちなんてわからない!」

明らかに動揺した様子で琴吹さんが言った。

この状況はまずい。

誰かに見られたら、何を言われるかわからない。

「ちょっと、場所変えよう」

そう言って、すぐそばにある使用していない控室に入った。

控室の窓から、朝から降り続けている雨が激しさを増しているのが見える。

「いいんですか? ふたりきりになって」

不意に琴吹さんがつぶやいた。

「テレビ局の控室でふたりきりなんて、見つかったらまたニュースで騒がれるかも」

さっきの泣きだしそうな表情から一転、今度は笑っている。

ニュースで騒がれたら困るのは彼女も同じはずなのに、なぜ笑っていられるのか。

何を考えているのかまるでわからない。

「その様子だと、遠坂さんもまだ気づいてないんですね?」

「何に?」

「あの熱愛報道、全部ヤラセだったの」

「……!?」

何か言おうと口を開きかけた時、物音が聞こえた。

反射的に音がした方に視線を向けると…

「……今の話、どういうことですか?」

聞き覚えのある、震えた声。

控室のドアの前に、結音が立っていた。

「あ~あ。鈴原さんも聞いてたんだ」

開き直ったように、琴吹さんが言った。

結音にも控室に入ってもらって琴吹さんにきちんと説明するように言うと、

「社長との食事も、遠坂さんを私のマンションの部屋まで入るようにしたのも、全部最初から仕組んでたの」

琴吹さんは衝撃的なことを口にした。

「じゃあ、お酒に酔ってたのも…?」

「わざと、酔ったフリしたんですよ」

つまり、あれは全部演技だったのか。

「どうしてそこまで手の込んだことを……」

しかも、社長まで使って。

なんでそこまでする必要がある?

「私は今の立場を守り続けなくちゃ生きていけないの……」

そう言って、琴吹さんはゆっくり話し始めた。

両親が人気アーティストであるがゆえの葛藤と苦悩。

ただ純粋に歌うことを楽しんでいる結音に対する憧れと嫉妬。

結音は歌うために生きているけれど、琴吹さんは生きるために歌っているんだ。

同じ世界にいながら、ふたりは正反対の生き方をしている。

人気歌姫の本当の姿は―

自分の居場所を探し、本当の自分を見てほしいとを切に願うひとりの女の子だった。