【#2】
 

「新曲ヒットおめでとう!」

7月上旬、無事に鈴原さんの新曲『虹色の歌』がリリースされ、翌週には週間ランキング5位を獲得。

そのお祝い会ということで、スタッフや、鈴原さんの所属事務所関係者数十名で会場近くにあるレストランを貸し切って食事会が行われた。

「それにしても、結音ちゃんの歌は相変わらずすごい迫力だね。毎回感動する」

鈴原さんのマネージャーである篠崎さんの言葉に、周りにいるスタッフも頷いている。

「それに、遠坂さんのギターがすごく結音ちゃんの歌に合ってた。ふたりの音の相性の良さがわかりますね」

スタッフのひとりがそう言うと、またみんなが頷いた。

音の相性がいいというのは、サポートミュージシャンにとって何よりの誉め言葉だ。

「私も遠坂さんに素晴らしい演奏をして頂けて、もっといい歌を歌おうって思えてました」

鈴原さんにそう言われて、嬉しくも誉められ過ぎてなんとなく恥ずかしくなっていると、

「由弦は鈴原さんの歌に相当惚れ込んでるんだよ」

突然、俺のマネージャーである一色さんが口を挟んできた。

「初めて鈴原さんの歌を聴いた時、すごい勢いで俺に電話してきてさ~」

「えっ?」

鈴原さんがかなり驚いている。

恥ずかしいから、本人には絶対言わないでほしかったのに。

「ちょっと一色さん、何言い出すんですか!?」

慌てて話を止めようとしたけど、一色さんはかまわず続けた。

「本物の歌姫見つけたって大騒ぎしてたんだよ。そんなわけだから、これからも由弦のことよろしくね」

一色さん、酒が入ってかなり饒舌になってるな。

フォローした方がいいよな、と思って口を開きかけた時、

「大先輩にそんな風に言って頂けるなんて、光栄です。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

鈴原さんが照れたようなはにかんだ笑顔でそう言った。

「うん、うん。鈴原さんはホント素直だし礼儀正しいし、いい子だな~」

一色さんが満足そうに頷いている。

 完全に若い女の子に絡む酔っ払いのオヤジと化してるな。

「遠坂さん、夏のイベントもよろしくお願いします」

鈴原さんが、少し戸惑ったようにこちらに視線を向けてそう言った。

「うん、こちらこそ」

俺も苦笑しながら返した。

「鈴原さん、ホントにいい子だな」

帰りのタクシーの中、一色さんがしみじみと呟いた。

今日はふたりとも飲んでいるから、タクシーで自宅まで向かっている。

「それに、彼女の歌はホントにすごいし。あれは、由弦が興奮するのもわかるよ」

「だからって本人にああいうこと言うのはやめて下さいよ。鈴原さんもどう反応していいか困ってたし」

「そうか? 大先輩の由弦に認められて嬉しいって喜んでたじゃないか。鈴原さんもレコーディングの時から由弦のこと絶賛してたし。改めて思ったけど、ふたりの音の相性バッチリだよな。由弦の本当の音が聴けた気がする」

「本当の音?」

「なんていうか……気負ってる感じじゃなくて自然体で演奏してた」

一色さんの言葉は、まさに自分で思っていたことだった。

いつもは、共演するアーティストの歌を聴きこんで、そのアーティストに合った音を時間をかけて作りこんでいく感じだけど、鈴原さんの場合は、深く考え込まなくても歌を聴くと自然にメロディーやフレーズが浮かんできた。

「鈴原さんと由弦は、音楽的センスや価値観が似てるんだろうな。それに……」

そこで一色さんが遠慮がちに言葉を切った。

「鈴原さん、見た目も雰囲気も……夏音ちゃんに似てるよな」

「……!」

やっぱり、そう思ってるのは俺だけじゃないのか。

夏音の存在を知っている一色さんもそう思っているってことは、気のせいじゃなくて本当に似ているっていうことなんだろう。

「だからっていうわけじゃないけど、俺は由弦には鈴原さんが合うと思うな」

「え?」

「もう8年経つんだし、そろそろ由弦も幸せになってもいいんじゃないか?」

「………」

一色さんの言葉に、俺は何も返さず無言で窓の外の景色に視線を向けた。

夏音を忘れて、他の誰かと一緒になることが幸せだとは思えないから。

8年経っても何年経っても、俺は夏音のことが好きだ。

その気持ちはこれからも変わることはないと思っていた。

この時は、まだ。