「なぁんかさぁ、恋人とか、旦那とかって、結局気を使うっていうか、ねぇ……」

 私の言いたいことを汲み取ったのか、ミキはため息ごとココアを飲み込む。
 そして、にぃっと笑って両手を叩いた。

「あ、読まれたと思った?」
「なーにーもう、酔っ払いみたいだよ?」
「だってこんな、恥ずかしいの酒でも入れないと言えないでしょっ!」

 目がうるうるしてる気がするのも、顔が赤い気がするのもそのせいか。
 ミキのマグカップを奪い取って、香れば、アルコールの匂いがした。
 香りだけで、私は酔ってしまいそうな。

「だからね、サトには感謝してんの。私は、こう口下手なくせに、なんでも言葉にするでしょ。嫌われまくってんの、いろんな人に」
「ミキは、言葉のチョイスが毎回悪いものね」
「自覚はあるのー!」

 あったのかと驚いた顔をしてみせれば、ミキはぷくっと頬を膨らませる。
 そして、私のマグカップを奪い取ってごくごくとまだあたたかいココアを飲み干した。

「サトは、私と過ごすのしんどい? だるい?」
「そんなことないけど」
「ほんとー?」

 まぁ、時々出てくる大量の料理に、辟易することはあるけど。それでも、ミキのごはんはおいしいし、キッシュは可愛い。

 ミキと話すのも嫌いじゃない。
 自分の思ってること、考えてることが、モヤモヤと霧の中にある時だって、ミキの言葉で輪郭を帯びるから。

「ミキと過ごしてると、飽きないんだよねぇ」
「飽きないってなに」
「自分のことも、深く知れるというか、ミキって脳の回転早いと思うよ」
「なんだそれ、まぁ、サトが嫌じゃないならいいの」
「なに、不安になってたわけ?」

 こくんっと頷いて、マグカップをぎゅっと握りしめた。
 こんなにしおらしいミキを見たことなくて、つい笑ってしまう。

「笑うなぁ!」
「だって、珍しいこともあるんだなぁと思って」
「サトも、一緒に住むようになっておしゃべりになったよね」

 それは、間違いない。誰かと話すことが心をこんなに軽くすることだなんて私は今まで知らなかったし、ミキと話すのが楽しいのも。
 大学時代の私は、誰とでもおしゃべりできるミキが羨ましくて、嫌いだったよ。
 でも、それは、私が本当はそうなりたいと思ってたからだって、今ならわかる。

「おばあちゃんになるまで、一緒に暮らそうね」
「なに言ってんの。おばあちゃんになっても、でしょ」
「さすがに介護はしたくないから無理」
「それはちょっと、ひどくない?」
「サトは介護してくれんの?」

 ミキの問いかけに、想像ができなくて、首を横に振った。
 ミキが年老いてよぼよぼになるところは、頭に思い浮かばない。
 不安ばかりを抱えていた時は、遠い未来の悪い予想なんて簡単だったのに。

「想像できないわぁ」
「あっというまだぞ」
「怖いこと言うのやめてよ」
「せめて、二人で抗おうね、まずは筋トレから」
「へ?」

 ミキは立ち上がったかと思えば、私の手をぐいっと引っ張って立たせる。
 そのまま手を繋いで、スクワットを始めた。

「もうちょっとやるタイミングあるでしょ!」
「思い立ったが吉日!」

 ミキらしいなぁと、くすくす笑いながら、二人でバランスを崩しながらもスクワットを繰り返す。
 額から流れ落ちる汗に、爽やかさを感じながら……

 <了>