腕を引かれるまま着いていけば、赤い屋根の一軒家の前で立ち止まった。
こんなおもちゃ、あったなと思う。私は、欲しくて親にねだったけど「大して遊びもしないんだから」と買ってもらえなかった。
昔の傷ばかり、思い返して、抉って、痛む。
私の悪い癖だと思う。
「ほら、揚げるから早く入ってよ」
「あぁ、うんうん、ごめん」
「さっきからそれしか言ってない。昔から変わらんね」
「変わったよ、さすがに」
仕事になれば、人前でぐるぐるとすることはしないし、取り繕うことも覚えた。
さすがに七年近く社会人をやっていれば、社会の常識というものを少しくらいは身につけている。
「まぁ、どっちでもいいけど。好き嫌いある? あ、猫大丈夫?」
濃い木目調の扉を、ミキが開けば「にゃあ」という鳴き声が聞こえる。
大丈夫どころではない。
大好きだ。
構いすぎて、逃げられる程度には。
「大好き」
「じゃあ作ってる間、キッシュと遊んでてよ」
「キッシュ?」
「うちの猫」
キッシュは、料理名ではないか。
ましてや、ココアとか、クッキーとか甘いものはわかるけど、キッシュと名付ける人が居るんだろうか。
まぁ、目の前にいるんだけど。
一歩足を踏み入れれば、広々とした玄関には柵が取り付けられている。
柵の向こう側ではキッシュが、お行儀よく足を揃えて座って「にゃあ」と小さく鳴いていた。
三毛猫の柄は確かにキッシュに見えなくもない。
茶色の部分はよく焼けたところで、グレーのところはほうれん草とかそういう感じ。
柵を越えてからしゃがみこんで、手を差し出せば、ふんふんっと匂いを嗅がれる。
どうやら許されたらしい。
ちょんっと毛に触れれば、ゴロゴロと喉が鳴る。
わしゃわしゃと撫で回したい気持ちを押さえて、ちょっとずつ良さそうなところを探りながら撫でた。
満足したのか、すくっと立ち上がって私を案内するように歩き始める。
もっと仲良くなったら吸わせてくれたりするだろうか。
さすがに求めすぎか。
キッシュについて行けば、パチパチと揚げ物を揚げてる音がするダイニングに辿り着く。
白いダイニングテーブルに、白いイス。
おしゃれなラグマットも引かれていて、整理整頓されているなと思う。
ミキらしくないと思うのは、私があまり知らなかったからだろうか。
パチパチという音が控えめになったころ、お盆に山盛りの唐揚げと、ご飯を載せてミキが現れた。
「はい、どうぞ」
どんっと目の前に置かれた料理に戸惑う。
ごはんと唐揚げしかない。
頂く側で色々言うのは、失礼だとは思うけど、ミキらしくない。
そう思うことが失礼なのは重々承知の上で、ぽかんっと固まってしまった。
「揚げたてなんだから、早く食べてよ。あ、タルタルもあるし、第二弾は油淋鶏にもできるよ」
「まだあるの!」
「食べれるだけ食べて。処理に困るから」
目の前の唐揚げのお皿だけでも、軽く三人前くらいはありそうだ。
とりあえず両手を合わせて、「いただきます」をする。
左手には白米。
右手に持った箸で、唐揚げを一口。
ジュワリと中から脂が溢れ出して、しっかりとつけられた醤油の味が広がった。
おいしい。
こんなにおいしいごはん、久しぶりに食べたかもしれない。
泣き出したくなりながら、唐揚げを頬張る。
脂を中和させるように時々白米を食べつつ。
あっという間に目の前の唐揚げの山は姿を消して、ミキは私の前で嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。
「どう? 悪くないでしょ! 家賃は三万! そこから時々こうやってご飯代の食費にする、どう?」
喉から手が出るほどの好条件。
時々ご飯も出てくる。
毎日出てくるとは、最初から思ってもいない。
ミキが苦手なことを除けば、最高だった。
キッシュが足元で「なーん」と鳴いたかと思えば、ぴょんっと私の膝に飛び乗る。
ふわふわと美しい毛並みを撫でていれば、勝手に首が縦に頷いていた。
「やった! 嬉しい! あ、希望は月に一回までね。好きなの作ってあげるよ」
「わかった」
「いつ引っ越す? うちは、いつでも大丈夫」
部屋を見もしないうちに、頷いてしまった。
そう気づいた時には、あっという間に話がまとまってしまう。
家賃も安いし、まぁなるようになる。
そう思えるようになったから、きっとミキに再会するのも良いタイミングだったんだろう。