「幸せが逃げるわよ」
「ミキのこの作りすぎ癖を見たらため息もつきたくなるでしょ」
「おいしい思い、できてるくせに」
ふんっとミキから目を逸らして、とろとろのチーズがかかったグラタンを口に運ぶ。
おいしい思いは確かにしてる。
家賃だって、ミキの親の持ち家なので本当にお気持ち程度だし。
三毛猫のキッシュはかわいい。
猫にまで食べ物の名前をつけてることに、最初は笑ったけど。
ミルキーなホワイトソースが口の中に、炎を灯す。
あまりの熱さに、はふはふと口を動かした。
ミキは、テーブルに肘をついて、私の表情を確かめる。
つい、ゆるんだ頬と満足そうな顔をしてから、麦茶をコップに注いでくれた。
「食べさせがいがあるなって、大学時代から狙ってたのよね」
「狙ってたって言い方やめてよ」
「事実だからしょうがないでしょ」
私は、大学時代は、大嫌いでしょうがなかったよ。
まぁ面と向かって言うことでもないから、口にはしないけど。
それくらいの分別は付いてるから。
***
あまりの苛立ちについ退職願を、上司に突きつけてしまった。
あれだけ期待をして、休みなく仕事を振ってきていた上司は、まるで当たり前のことのように受け取る。
そして、私を引き留めることもしてくれなかった。
仕事だけが全てじゃない。
わかってるのに、退職願を取り返すことも、新しい正社員の職を見つけることもできず、今日を迎えた。
失業手当の支給までの繋ぎとして、飲食店でバイトを始めたけど、やっぱり体力仕事は慣れていないとぐったりしてしまう。
あれほど好きだった食べることを我慢して、ひもじい思いの日々を過ごしてる。
家賃を少しでも抑えようと不動産屋に来てはみたが、やはり同じような価格帯ばかりで変わりそうにはない。
「あれ、知ってる顔」
横からの声に、ハッとすれば、見覚えのある顔。
忘れもしない、憎き大学時代の同級生だった。
ミキは、小柄で可愛くて、自己肯定感がカンストしてるような人間。
そして、性格はクソ悪い。
私に向かって「嫌われてるんだから、もう少し行動を考えたら?」と言い放ったこと、今も忘れてない。
まぁ……
本当は……
ミキが正しいことも。
私のどんくさい行動に、苛立ってる人たちがいたのも事実なことも、今ならわかる。
それでも、そんな言い方しなくて良いじゃんとも思う。
「聞いてる?」
私の前でひらひらと手を振って、じいっと見上げる。
可愛らしい上目遣いに、無意識にちっと舌打ちしそうになった。
正社員という安定を失い、ひもじい思いをしてる私と対照的に、ツヤツヤと健康そうな肌も、綺麗に彩られたネイルも、目に入るだけで、苛立つ。
「家探してんの? って」
「そうだけど」
「私とシェアハウスしない? 猫付き、夜ご飯付き」
スッと差し出されたスマホには、可愛い三毛猫。
差し出したまま、ミキは画面を横にスワイプして、おいしそうな料理の数々を見せつける。
ぐうっとお腹が鳴って、あまりの空腹感に倒れてしまいそうになった。
「お試しで今日食べに来ない? すぐ作るから!」
キラキラとした目で告げるから、つい、口から思ってたことが漏れ出ていく。
「私のこと嫌いだったんじゃないの」
「へ? 私は嫌いじゃなかったよ」
あの時の言葉は、ミキが苛立って放った言葉だと私は受け取っていた。
だから、極力顔を合わせないようにしていたし、ミキが居るグループから離れるように違うグループに逃げ込んだ。
私にはそれが合っていて、楽しい大学生活を送れたから、そこは感謝してる。
けど、私のことが嫌いじゃなかった、とは。
あれは、本当に私を思っての助言だった、ということだろうか。
それにしては、分かりにくい人だと思う。
一人でぐるぐるしていたのに気づいたのか、右手をぐっと握られて引っ張られる。
「ぐるぐる考える癖があるのはわかるけどさ、話しかけてるんだから答えなよ」
「あぁ、うん、ごめんごめん」
「お腹空いてるなら食べてってよ。今日は、からあげの予定だから」