シトラスの香りに包まれながら、ミコトは光香と出会ったときのことを思い出していた。
『安西先生。もしかして、なにかありましたか?』
『えっ?』
それは、ミコトが以前香水を変えたときのことだ。当時ただの同僚でしかなかった光香が、ミコトに突然そう問うたのだ。
『なんで……』
『だって、女が香水を変えるのは、なにかあったときだから』
驚くミコトに、光香は柔らかく微笑んだ。
『……実は、恋人と別れるか悩んでて』
『…………』
『彼、私に隠れて女の子と浮気してたんです。もうしないからって言われたんですけど……』
『…………』
『……すみません、いきなりこんな話。迷惑ですよね……(ぜったい変に思われた……)』
『……あの、安西先生。私、今からとても無責任なことを言います』
『! (ドキリ)』
『私は安西先生に、その恋人とは別れてほしいと思います』
『えっ……どうしてですか?』
『私も昔、似たような失恋をしたことがあるから』
『れい先生が!? (マジで!? 相手何者やねん!!)』
『そのとき、あるひとに言われたんです。じぶんを大切にしてくれないひとを大切にする意味があるのかって。そのひと曰く、人生ってすごく短いんだそうです。短い人生のなかで、私はじぶんを大切にしてくれない人間を大切にする時間なんてないって、言っていました。私そのとき、たしかにそのとおりだなって思って。それで気付きました。じぶんを大切にしてくれないひとといっしょにいたって、ぜったい幸せにはなれないんだって』
『…………(い、イケメン……!)』
『だからね? 私は安西先生のことが大切だから、安西先生を心から大切にしてくれるひとと幸せになってほしいんです』
『……れい先生……(一生着いていきますっ……!)』
※ミコトが新しい扉を開いた瞬間であった。