朝、光香が大学へ行くと、研究室の前にゼミ生たちが固まっていた。光香を出待ちする光香ファンクラブのメンバーである。
光香は彼女たちに気が付くと、笑顔を向けた。
「おはようございます、みなさん。今日もお早いですね」
「はいっ! 朝早く、少しでもテストの勉強をしたくて!」
「さすがです。でも、あまり無理はしないようにしてくださいね?」
「はっ、はいぃ〜……」
光香は麗しい笑みで女学生たちを悩殺すると、颯爽と研究室へと入っていく。
「はぁぁ……光先生、朝から美しいが過ぎる……」
「分かる……あたし、もう昇天しそう」
「光先生って、家ではどんなかんじなんだろうね?」
「きっと、優雅にクラシック聴きながらティータイムをしてらっしゃるのよ」
「似合う〜っ!」
――昼休み。
学生食堂で弁当を食べながら、光香は深いため息をついていた。
「れーい先生っ」
声をかけられて光香が顔を上げると、同僚の安西ミコトがB定食のトレイを持って立っていた。
「安西先生」
「えへへっ、となりいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「ため息なんて珍しいですね。どうかしたんですか?」
「あー。実はちょっと寝不足で」
「へー飲みにでも行ってたんですか?」
「いえ。実は、モモと遊び過ぎてしまって」
昨晩、モモに誘われてゲームをしたのだが、モモにボロ負けしたのが悔しくて、勝つまで何度も挑戦を繰り返してしまったのである。
「あぁ、なるほど(モモってたしか、れい先生が溺愛してるペットの名前よね?)」
※光香のペット溺愛誤報は、大学教職員の間にも浸透している。
「はぁ……(眠い)」
光香はため息をつきながら、憂いげに目を伏せた。光香の周囲をとり囲んでいた女学生たちがざわめき出す。
「やだ、なんて色気なの……」
「ペットと遊んで寝不足の光先生、尊いっ!」
女学生たちの囁きに、安西も心のなかで大きく頷く。
「……なるほどなるほど。たまには寝不足というのもいいですね(アンニュイれい先生も萌えだわ)」
※安西ミコトは良き同僚の面を被っているが、光香狂い。ちなみに光香ファンクラブ会長を務める。
「えっ、ぜんぜんよくありませんよ……!?」
「あっ、いや、そうですよね! 寝不足は身体にも悪いですしね! (やだ、私ったら)」
「はい……モモは昼間、いつまでも寝ていられるからいいけど」
「そうですね(やだ……れい先生ったら、拗ねた顔して。もうモモちゃんが恋しいのかしら? 可愛い)」
「それに、学生に示しがつかない生活はするべきじゃないですよね」
「そうですね」
「よし。しばらくモモと遊ぶのは控えます」
「えっ!?」
その瞬間、周囲にいた光香ファンクラブ会員全員が思った。
《それだと、今後アンニュイれい先生が見れなくなってしまう!!》
ファンクラブ会員たちが待ったをかけようとしたとき、
「待ってください、れい先生!」
「は、ハイ?」
だれより早く、ミコトが立ち上がった。光香は驚きつつ、ミコトを見上げる。
「そんなことしたら、モモちゃんが拗ねちゃいますよ!?」
「え」
「れい先生、昼間ずーっと仕事でお家空けてること分かってますか? モモちゃんは毎日、ひとりで寂しくお留守番してるんですよ。それなのに夜帰っても遊んであげないなんて、あんまりじゃないですか!」
「た、たしかにそれはそうですけど……でもモモは(あれでも一応社会人だし)」
「モモちゃんは寂しいって言えないだけなんです! 本当は寂しいって思ってるんです!」
「えっ、いやぁ……(モモは思ったことはぜんぶ口に出るタイプだし)」
「れい先生、それでも飼い主ですか!?」
「……?? (飼い主?)」
「もっとモモちゃんのこと、大事にしてあげてくださいよッ!」
「安西先生……!」
それは、かなり光香の胸に刺さった。
(たしかに、近頃はモモをないがしろにしているところがあったかもしれない。あの子もあの子なりに頑張ってるのに……)
なんて素晴らしいことを言ってくれたのだろう、と、ファンクラブ会員一同、心のなかでミコトに合掌。
「そうですよね、安西先生。モモのこと、もっとちゃんと真剣に考えます」
「いえ、私としたことが恥ずかしい。あ、でも、モモちゃんとはこれからも遊んであげてくださいね?」
「はい。(……それにしても、安西先生ってたまに謎のスイッチが入るような)」
「あっ、れい先生のお弁当もしかして手作りですか? 美味しそうですね!」
「ありがとうございます。(……しゃーない。帰りにじゃがりこ買っていってあげるか)」
※一方その頃、モモは。
「…………」
ピコピコピコピコ……。
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ。
「…………チッ。うるさいな」
ツー、ツー、ツー。
※担当編集からの連絡を無視して、無心でゲーム中だったとさ。