「杏! 慶様!」

玄関を入ると、狐鈴が長廊下を走ってこちらに飛びかかってきた。杏は思わず目を瞑ったが、慶がすかさず狐鈴を片手で抱き止めた。

「心配したんだからな!」
「悪かった。だが、二人のお手柄だ。大流も、どうもありがとう」

慶は狐鈴を抱えたまま、廊下の奥に目を向ける。居間の入口に、大流が腕を組んで立っていた。

「どういうこと、ですか?」

杏は慶を見上げた。

「今朝、杏から妙な気を感じた。だから、狐鈴と大流に伝えておいたんだ。杏が一人で外出するときは、俺に知らせてほしい、と。二人はすぐに俺に教えてくれた。お陰で俺は、杏の元に駆けつけることができたんだ。お守りに、杏の位置を知らせる術もかけておいた」
「そう、だったんですね……」

杏はそっと、お守りを忍ばせている胸元を押さえた。今朝、慶がお守りの術を強固にしてくれたことを思い出しながら。

「俺の術、ちゃんと慶様に届いたんだな!」
「違う、俺の術だ」

狐鈴と大流がそう言って、急にいがみ合いを始める。狐鈴はひょいと慶の腕から飛び降りて、大流に向かって火を吹こうとした。

「二人とも、ちゃんと届いた。立派に術が使えるようになって、偉いな」

慶がそう言うと、二人はいがみ合いをやめ、すぐに慶の方を向いて目を輝かせる。玄関先までやって来た狐鈴と大流の頭を、慶は順番に優しく撫でた。

杏はその光景を、微笑ましく見ていた。けれどもすぐに繋がれたままの手の温もりに恥ずかしくなって、それを外そうとした。
すると慶は、杏の手を握る力をぎゅっと強める。それから慶は、子どもたちに向けたのと同じ笑みを、杏にも向けた。

「今はまだ、離さないでいてくれるか?」
「……はい」

紡いだ声はとても小さい。顔も全身も熱いけれど、杏は慶を見つめて笑みを返した。

「なんだ、大流の言う通りだったな」

不意に狐鈴が言った。

大流が腕を組んだまま、にやりと笑う。杏はそんな二人に、口を開いた。

「何が、ですか?」
「杏の想い人は、慶様だって」
「な……っ!」

狐鈴の無邪気な一言に、杏は真っ赤になる。けれど、慶は握った手を離してはくれなかった。

「慶様も鈍いですよ。こんなに近くにいて、想い合っているのに離れようだなんて」
「ああ、本当だな」

慶は大流の声にそう答えると、杏の方を振り向く。

「杏、俺はお前の両親のことを、必ず明らかにする。俺と共にいるには乗り越えなければならぬことがたくさんあると思うが――これからも、俺のそばにいてくれるか?」

慶の優しい笑みが、無性に杏の胸をかき乱す。同時に満たされ、なにかがぐっと込み上げてくる。

「はい!」

杏ははっきりとそう告げた。彼との幸せな未来を、胸に浮かべながら。

【終】