()()(さわ)(あん)はこのお屋敷の主の姉、美弥子(みやこ)に連れられ、長廊下を歩いていた。帝都の外れにあるこのお屋敷には、帝国軍下の軍人様が住んでいるらしい。

彼は軍人といえど、所属しているのは特別(あやかし)対策室。人に化けて暮らす妖の(たぐい)の生活を保護したり、理性を失い暴徒化した妖――人々はこれを化け物と呼ぶ――に〝適切〟な対処をしたりする部署だ。

彼はその部署の中でも対妖応戦隊という実戦部隊にいる。化け物の抹消を仕事とする部隊だ。この仕事ができるのは、人間の中でも選ばれし能力を持つ者だけ。その為、対妖応戦隊は別名、異能隊とも呼ばれている。

つまり、彼は異能者ということだ。それも、小隊の長を勤めているいう。

こじんまりとしたお屋敷だが、杏には広く感じた。それまで暮らしていた家はもっと小さく、そこに妹弟たちと四人で暮らしていたのだ。それでも杏にとっては、父や母、兄とも過ごした大切な場所だった。杏は先日の火事を思い出し、苦しくなってきゅっと拳を握った。

療養中の母の為に、杏はなにがなんでも火災で失くしたあの家を再建させたい。だから、主がどんな人でも、杏はここでの仕事を勤め上げたい。

(けい)、新しい女中さんよ」

美弥子はそう言うと、目の前の引き戸を思い切り引いた。杏は慌てて部屋前の廊下に着物の裾を揃えて膝をつき、手も揃えて丁寧に頭を下げた。

「はじめまして。本日よりこちらの女中を勤めさせていただきます、都木沢杏と申します」
「ああ」

頭上から降ってきたのは、冷たい声だった。杏の体が、ぴくりと震える。

「もう、杏ちゃんが恐縮してるじゃない!」

美弥子は強い口調でそう言うと、次の瞬間に声色を和らげた。

「ごめんなさいね、無愛想な弟で。杏ちゃん、頭を上げて」
「失礼いたします」

頭を上げた杏は、思わず目を瞬かせた。そこにいると思っていた屈強な男はおらず、代わりに線の細く美しい男性が、文机の前に座っていた。

皺の伸びた濃紫色の軍服を着る彼は、背後の窓から入る柔らかい風にさらさらと短い黒髪をたなびかせ、こちらを見ている。整った顔だが、切れ長の目尻が少し怖い。だけど、その薄紫色の瞳も美しい。

そして、その彼の両肩には、それぞれ三歳くらいの男の子がちょこんと乗っていた。右肩にいるのは金色の髪がふわふわとした男の子。左肩には、青銀色のおかっぱ頭の、さらさら髪の男の子がいる。二人とも、まん丸の目を杏に向けていた。

それだけなら、そこまで驚かなかっただろう。杏が目を瞬かせたのは、男の子たちの頭とお尻に、見慣れないものがついていたからだ。

金色の髪の子には、もふもふとした狐のような耳と尻尾が。青銀色の髪の子には、青白色の角と水色の鱗のついた尻尾が、それぞれ生えていたのだ。

――まさか、妖がいるなんて。

杏は再び頭を深く下げた。ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。このお屋敷に、彼らとともに住まわなければならないのだ。

全て自分が悪い。だから、仕方ない。杏はここに来るまでの紆余曲折を、思い返した――。