「それじゃあセナちゃん行こっか?」
「はい!」

 ようやく落ち着いた雨流は、御崎とおててを繋いで風呂へ。
 グミと田所も一緒だ。

 ただ人数の限界があったので、おもちと俺はお留守番。
 寂しそうに羽根を揺らしているので声をかける。

「おもち、後で一緒に入ろうな」
「キュウキュウ!」

 ちなみにおもちは背中の部分を撫でると喜ぶ。
 そこが気持ちいいみたいで、おしりをフリフリするのだ。
 
 今度、ショート動画ってのも撮影しようと思っている。

「しかし雨流の姉か……」

 雨流が風呂から上がったら、姉のことを聞いてみることにしよう。
 今までプライベートだからと遠慮していたが、こうなるとそうもいかないだろう。

 でも……殺すなんて……流石に姉妹でありえないよ……な。

「あ、佐藤さんに連絡しておかないと」

 スマホを取り出して電話を掛けようと思ったが、手が止まる。
 佐藤さんが姉に伝えたら、すぐこの家まで来るんじゃないのか?

 雨流家の執事なのでどっちかに肩入れするとは考えにくいが、立場的には姉のほうが上だろう。

 やっぱりやめておくか? でも……。

 未成年を匿うことは法律上誘拐になってしまう
 佐藤さんとは顔見知りなのでそこまでのことはされないと思うが、実の姉が気付いた場合……どうなるのかはわからない。

 そのとき――入口からもの凄い魔力を感じた。

「キュウ!」

 そしておもちが俺よりも早く反応し、開けてあった窓から外に飛び出す。
 おそらく御崎や雨流も気づいただろう。
 大声で家から出るなよと叫んで、おもちの後を追った。

 外に出ると、そこには何度か見たことのあるリムジンが停車していた。

 雨流家の――車だ。

 おもちは一歩引いて警戒していた。
 羽根を広げ、威嚇しているようだ。
 長い付き合いの俺でも、こんなおもちの姿を見るのは初めてだ。

「ピイイイイイイ」
「落ち着け、おもち大丈夫だ」

 そう、ただ魔力が溢れているだけなのだ。
 ただ間違いないないのは、あの中に雨流に匹敵するほどの魔力を持つ誰かがいるということ。

 ……まあでも、心当たりは一つしかないが。

 そして運転席から出てきたのは、佐藤さんだった。
 もしやと思ったが、どうやら魔力は助手席から溢れ出ている。

 思わず声を掛けようと思ったが、佐藤さんは助手席側に移動して扉を開く。

 次の瞬間、ドアの隙間から足が見えたかと思えば、綺麗な女性が現れた。

「ありがとう、佐藤」
「いえ、どういたしまして」

 恭しいその態度から、佐藤さんはこっちの味方ではないように思えた。

 チャイナドレスのような黒服、両足の側面はスリット。
 髪色は雨流とおなじ金色で、目鼻立ちがキリっと、顔は雨流が成長した感じだ。――間違いない姉だろう。

 ただ、こんな時にいうもんじゃないがとてもやらしい。――いや、セクシーだ。

 
「……あなたが、山城阿鳥?」
 
 鋭い目をしている。
 身にまとう魔力は雨流と同じか――それ以上。

「ああそうだ。お前は雨流の姉、ミリアか?」
「あら、知ってるの?」
「キュウ!」

 おもちの声を聞いた途端、雨流姉は目を見開いて驚いた様子を見せた。

「驚いた……本当にもっちゃんにそっくりなのね」

 もっちゃんとは、雨流が前に飼っていたというペット魔物だ。
 本人も言っていたが、姉も驚くということは、やはりそんなに似ているのだろうか。

「あら、ごめんなさい。そんなことを言いに来たんじゃないのよ」
「どうしてここに来た? 何が目的だ?」

 ここに雨流がいることはまだ知らないはずだ。
 もしかしたら佐藤さんに聞いて、ここにいるかもと思っているのかもしれない。

 ここまで来たら嘘をついててでも雨流を守りたい。
 おもちも警戒している、何かあったら俺が前に出なくては。

「セナを連れ戻しにきたのよ、ここにいるのわかっているわ」

 返ってきた答えは最悪だった。
 どうしてかはわからないが、漲る魔力が冗談ではないことを主張している。
 連れ戻しになんて言葉を使ってるが……実際はどうだろうな。

 下手に嘘をつくより、虚実を混ぜてみるか。

「確かにいたがもう帰ったぜ」
「バカにしないでちょうだい、私は姉よ? セナの魔力ぐらい感じ取れるわ」

 ……ダメか。

 ここまで来るぐらいだ。やはり確信があったのだろう。
 油断はせず、静かに身体に魔力を漲らせる。

 しかし驚いたことに次に口を開いたのは、佐藤さんだった。

「山城様、どうかお願いします。争ってほしくないのです」
「佐藤さん……見損なったぞ。あんたは雨流の味方だ思っていたがな」
「すみません。これは仕方のないことなのです」

 とはいえ、雨流家に仕える執事なら当然か。
 そうなるとやかなり分が悪い。
 佐藤さんはS級探索者だ。雨流姉がどの程度なのかはわからないが、魔力は申し分ない。

 ――覚悟を決めるか。

「おもち、先に仕掛けるぞ」
「キュウ!」

 二人で戦闘態勢を取ったのだが――。

「お姉ちゃん、どうしてここが……」

 そのとき、風呂上りの雨流(妹)が現れた。
 驚いた表情だ。御崎が後ろから追いかけてきて守ろうと前に出る。
 おそらく制止を振り切ってきたのだろう。

「帰るわよ、セナ」
「嫌……」
「人様に迷惑かけたらいけないっていってるでしょ」
「かけてないもん!」
「……何度も言わせないで」
「かけてないったらかけてないもん!」

 やはり関係性は最悪らしい。佐藤さんも頭を抱えている。
 理由はわからないが、よっぽどのことがあったのだろう。

 血縁関係であれば、相続問題なんてその代表だ。
 
 庭にダンジョンが出来て権利のことで家族が揉めた、なんて話もある。

 泥臭い話は苦手だが、何としても雨流は守ってあげたい。

「かけてないっていってるでしょ! お姉ちゃんのバーカ!」
「なんですって!? バカっていうほうがバカよ!」

 ……ん? なんか、様子がおかしいな。いや、気のせいか。
 二人は姉妹だ。それで砕けた口調になっているだけだ。

 きっとそうだ。

 いや、そうであってほしい

「だってお姉ちゃんが悪いんだもん! 私が楽しみにして(・・・・・・・・・・)たプリン食べたんだか(・・・・・・・・)ら!(・・)

あなたが名前書いてな(・・・・・・・・・・)いからでしょ!(・・・・・・・) 前から何度も言ってるのに!」

 ……はい? プリン?

「だってマジックがなかったんだもん!」
「あなただってこの前私の苺を食べた――」

 マジック……。イチゴ……。

 それからも二人は同じような言い合いをはじめた。
 佐藤さんに顔を向けると、やれやれという表情を浮かべている。
 
 次第に姉妹の言い合いはヒートアップ。

 だが俺たちは比例してテンションダウン。

「ねえ阿鳥、家の中に戻らない?」
「そうだな御崎、おもち、戻ろっか。風呂入ろうぜ」
「キュウキュウ」
「すみません、私も中で待たせてもらうことはできますか? こうなると長いんですよね」
「ああ、佐藤さんどうぞ。良かったら温かいお茶でも出そうか」
「ありがたく頂戴します」

 そういえば佐藤さん、二人は犬猿の仲って言ったとき、複雑な顔してたもんな。
 執事の立場なら何とも言えないし、そりゃこうなるよな……。

「それを言うならお姉ちゃんだって私のアニメ消したじゃん!」
「な……あんただって私の一番楽しみにしてたドラマを!」