苦しい、苦しい、苦しい――。

 心のどこかに隙間があった。

 この面子なら何とかなるだろうと。

 だが、そんなことはなかった。

 薄れゆく意識の中で、俺は後悔していた――。

 ◇

 一時間前――。

「ピイイイイイイ!」

 おもちの炎のブレスが、スパイダービーツと呼ばれるどでかいクモを焼き払った。

『一撃粉砕!』『強すぎる』『蹂躙火山《じゅうりんかざん》』『最・強!』

 クモは一撃で絶命し、御崎は嬉しそうに魔石を取り出す。

「大量、大量、おもちゃん強いねえ」
「キュウキュウ」
「いや、強すぎだろ……」

 ここは既に十層、わかっていたことだが、ほとんどの魔物は相手にならない。
 おもちのブレスで一撃か、田所の体当たり、もしくは田所ソードで一撃粉砕だ。

「強いねー! 簡単だー!」
「まあ、簡単……だな」

 しかし心配は拭えなかった。
 苦労をしないということは、何かあった時にどうしても油断してしまうからだ。

 命は一つしかない。油断はできな――。

「ピイイイイイイイイ!」

 あ、また二体死んだ。

『進め進め―』『倒せ倒せー』『最下層までいっちまえー』

 うーん、やっぱり簡単か……?

 そして御崎は小さな鞄を持っている。
 ポイポイ魔石をいれていくが、これは大和会社から譲ってもらった”魔法袋《アイテムバック》”だ。

 とあるダンジョン産のもので、中に魔力が埋め込まれている。。
 通常の鞄よりも多く荷物が入るので、魔石や荷物を入れておけるのだ。

 といっても、最近の御崎は普段から愛用しているが。

「ねえアトリ、これって」

 魔石を拾っていた御崎が、目の前の何かに気づく。
 前にに目を向けると、螺旋階段があった。覗き込むと下へと続く道だ。
 底は暗くて見えない。

「これはやばそうだな……」

『暗すぎて怖いな』『物を落として確認は?』『確かにありあり』

 視聴者さんのアイディア通りに石を落としてみると、少ししてからコンっと音が聞こえた。
 どうやら思ったよりは浅いらしい。

「どうする?」
「魔石の集まりはどうだ?」
「数は多いけど、大きさはそれほどでもないかも。ドラちゃんが言っていた感じだと、少し大きいのがあれば……」
「そうだよな……」

 ここへ来たのはミニグルメダンジョンを安定させるためだ。
 ちなみにB級以上のダンジョン入場は政府が仕切っているので、入場にそれほど安くない金額もかかっている。

 相談した結果、もう少し進もうとなった。
 もちろん気を付けた上で。

「俺が先頭、おもちは上から様子を見ながら異変が起きたら教えてくれ。田所は御崎の頭の上で、何かあったら擬態で臨機応変に頼む。それで、御崎は最後だ」
「わかった。気を付けてね、阿鳥」
「ああ、楽しいダンジョン配信だからな。ピンチは誰も望んでないだろ」

 覚悟を決めて、階段をゆっくり下って行く。
 どこからか水の音が聞こえている。

 足音は響いているが、魔物が現れる様子はない。

『緊張感があるw』『こええええ』『これぞダンジョンって感じだな』

 視聴者のみんなも固唾を飲んでいるのか、コメントも普段より穏やかだ。

 そして中盤に差し掛かった時、今まで歩いてきたはずの上から何か音が聞こえた。
 ガコンガコンと、石がぶつかるような音だ。

「なんだ!?」

 急いで上を見上げると、階段だったはずの段差が、綺麗に平らになっていっていく。
 まるで滑り台のように滑らかに変化しているのだ。

「嘘でしょ……」
「おいっっっ! 走るぞ!」

 恐怖から声を漏らしながらも、思い切り叫んだ。

『やべえええ逃げてくれえええ』『罠だったんだ、はやく!』『怖い怖い怖い』

 同時に壁からおもちを狙っているかのような魔力の光が、壁から放たれている。
 何かしら飛んでいるものに狙っているのだろう。
 おもちはそのすべてを回避しているが、俺たちを見ている余裕がなく下降していく。

「クソ、これじゃ間に合わねえ――」
「きゃあああああああ」

 やがて階段が全て滑り台のようになると、俺と御崎は抗う事もできずに転がっていく――。

「田所、御崎を頼んだぞ!」
「わかったー!!!」
「ちょっと、アトリどうするのよ――」

 地面に槍でも刺さってたらアウトだが、少なくとも御崎は助かるだろう。
 とはいえ、そんなことはあってほしくないが――!?

「水!? いや、川だ!」

 次の瞬間、俺たちはドボンと水の中に入った。
 身体が沈んでいくと同時に、流れが凄くて顔を出すのでやっとだ。

 おもちはビームの光を避けるので精一杯だ。

「おもち、俺のことはいい! 御崎を見ててくれ!」
「キュウ……キュウウウウウウ!」

 溺れかけた状態で御崎に目をやると、田所が浮き輪に擬態していた。だが波が早くて流されてしまう。
 するとおもちが、俺の言う通りに御崎を田所ごと嘴で引っ張ろうとしている。

「頼んだぞ!!!」
「おもちゃん、アトリが!」

 やがて流れに抗うことできなくなり、身体が沈んでいく。

「く……」

 苦しい、苦しい、苦しい――。

 油断していたわけではないが、心のどこかに隙間があった。

 この面子なら何とかなるだろうと。

 薄れゆく意識の中で――。

 アナウンスが聞こえはじめた。

『耐性を確認、耐性を確認、条件が満たされました。新たなスキルを習得しますか?』

 なんだ……くそ……はいに決まってんだろうが!

『承認。水耐性(弱)を習得しました』
 
 くそ……なんだって? 

『承認。水耐性(中)を習得しました』

 何だ、身体が……。

『承認。水耐性(強)を習得しました』

 息が……、楽に……。

『承認。水耐性(極)を習得しました。続けてスキルを習得することが可能です』

 ああくそ、もうなんでもイエスだ!

『承認。水を”充水”することが可能になりました』

 次の瞬間、俺の体に新たな魔力が宿っていくのを感じた。
 赤いナニカと青いナニカが交わっていく。

 そして――。

「ゴホゴホっ……ふう、なんだ、なんで生きてたんだ……」

 長時間流され続けたあと、なんとか陸地に辿り着いた。
 地下の空洞のような場所だが、かなり広い。

 御崎の姿は当然ない。
 だがおもちと田所が居れば……流石に大丈夫だろう。いや、そうであってくれ……。

 少しだけ落ち着いたあと、頭に流れていたアナウンスを思い出す。

『水耐性(極)。水を”充水”』

 ……嘘だろ?
 俺のスキルは炎耐性(極)だ。ありとあらゆる炎を無効化、だがそれが進化した……?

「ははっ……まだまだわからねえことばっかりだな」

 思わず笑みを零した瞬間、ピチュンっと何かが飛んできた。
 それは魔力が込められた鋭いビームのようなもので、咄嗟に回避したが、地面が鋭くえぐれている。

「なっ――!?」

 ビームの方向、そこに目を向けると鱗が輝き、かぎづめが光る龍がそこにいた。
 背びれが動くと、まるで水が跳ねるように鱗から水が弾け飛ぶ。

 咄嗟に、神話のドラゴンを思い出した。
 いや――水の龍、水龍か!

「ガウウウウウ」
「クソ、水って相性最悪じゃねえか……」

 いや……ちょっと待てよ。

 俺さっき、水耐性(極)を習得したんじゃなかったっけか?