「たかがB級を倒しただけで喜んでんじゃねえだろうな」

 さっきまで奴の右腕は確かに燃えていたが、今は何もない。
 もしかすると俺の見間違いだったのかも……。

「田所、全力で行くぞ」
「ぷいにゅ!」
 
 正直、俺は焦っていた。なぜならA級のことをまったく知らないのだ。
 さっきの攻撃はおそらく魔法だろうが、呪いみたいなのを使うやつもいるらしい。
 これから一瞬も目が離せない。

 右頬から、汗が垂れ流れた。

「退かぬというなら見せてやろうか、俺様、京極米良乃助《きょうごくめらのすけ》魔法を!!!」

 喉をゴクリを鳴らし、田所ソードを構えた。
 一体どんなスキルだ。相性が良ければいいが――。

「どうだ、俺のこの炎魔法(強)が見えるか、凄まじい炎の揺らめきが!」
「……え?」

 するとそいつは、いや米良乃助はもの凄い魔力を纏った炎の玉を右手に出現させた。
 それでそいつを俺にぶっ放すらしい。

 確かにもの凄い炎だ。いやマジで、相当凄い炎っぽい。

「それが……お前の魔法? それ以外にはないのか?」
「はっはっはっ! 強がるのもいい加減にしろ。この炎の玉でお前は跡形もなく消え去るだろう。さっきお前に投げた炎の十倍の威力はあるぞ!」

 ……ありがてええええええええええええええええええええ!

 こんなラッキーある? そういえば、今朝の星座一位だった。
 ラッキーカラーもレッドだった。

 俺は構えを解いて、無防備に身体を晒した。

「ええと……はい、どうぞ」
「はっはっ――は? 何がどうぞだ? 貴様、舐めてるのか?」
「だから、どうぞお願いします」
「貴様、死ぬぞ? いいか、跡形もなく消えてしまうんだぞ。意味わかってるのか?」
「わかってるよ、早くしてくれよ」
「ぐぬぬぬ! 死んじゃうんだぞ!? いいのか! なあ!? 恐怖で頭がおかしくなってるのか? そうだろう!?」

 米良乃助は戸惑っているみたいだ。流石に殺すのは怖いのかな? ちょっとイイヤツそうだが、悪人には違いない。
 ただ、他にも窃盗団はいるはずだ。ゆっくりしてる時間はない。
 何もしてこないので、鼻をほじって煽ってやることにした。

「お前が降参するなら私も許してやらんでも――」
「ほら、早くしろって。その小さい炎をぶつけてくれよ」

 米良乃助は頭をピキピキさせている。あと一押しか。

「ほら、弱虫毛虫、”炎の虫”」
「この野郎あああああああああああああ! 後悔しやがれえええええええええええええええ!」

 ついにブチ切れた米良乃助のマッスル右腕から放たれる炎の玉、その威力は凄まじい――が、おもちの炎のブレスの十分の一にも満たない。
 そして俺の体にぶつかった瞬間、完全に吸収した。

『炎の玉を少しばかり充填しました』

 なんだ、この程度か。
 だったら先に攻撃を仕掛けたほうが良かったな。

「アナウンスは正直だな。てめえの炎は雑魚だってよ」
「……え? どういうことですか? なんで無傷なの?」

 米良乃助が目をぱちぱちさせる。そうだよね、びっくりだよね。
 多分、君って強いもんね。体格も凄いし、毎日ジムとか通ってササミとか食べてそうだもん。
 でも――。

「相性が悪かったな」
「相性……もしかして炎に強い?」
「そうだね、炎にめちゃくちゃ強いよ」

 口をパクパクさせる米良乃助。
 ごめんね、でも運も実力の内だから!

「……糞がクソがくそが! こんなことがあああああああ! 完全体になりさえすればああああああ!」

 どこぞのセ〇みたいな発言をしながら、米良乃助が地団駄を踏む。
 ちなみに俺は完全体待たないからね。

「うわあああああああ」
「逃げろおおおおおおお」

 その時、後方から悲鳴が聞こえた。
 御崎の心配をして振り返ると――黒ずくめの連中が大勢逃げてきた。

「お頭ああああああ、炎の鳥とスーツの女がああああああ」
「ひゃああああああ、あいつらは死神だあああああああああ」

 背中が燃えていたり、空中を飛んだりしている。

「キュウキュウ!」
「逃がさないわよ」

 現れたのは、おもちと御崎だ。
 うーむ、容赦ない。まだ俺に気絶させられた連中のほうが良かっただろう。

「なんでお前たちみたいな強い奴らがこんな田舎に……」
「家族サービスさ。ってことで、俺に対して殺人未遂も確定したし、現行犯逮捕させてもらうぜ」

 御崎が動画も撮影しているみたいなので、言い逃れはできないだろう。
 しかし諦めると思っていたはずの米良乃助が、更に喚き散らかしはじめた。

「くそおおおおおおおお、俺を虚仮《こけ》にしよって! だったらこのあたり一帯を焼け野原にしてやるわ!」
「なんだと?」

 まさかだった。油断していた。
 身体中に炎を纏ったかと思えば、両手の平に玉を出して浮かんだ。いや、炎の爆発を利用して天高く飛んだのだ。

「お前らが燃え盛っている間に、逃げだしてくれる――和アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 もの凄い炎だ。全身の魔力を両腕に集約したらしい。俺を狙うのではなく、地面を狙うつもりだ。
 ここは草原、山火事は避けられない。
 くそ――油断した。

「田所! できるかぎり弾き返すぞ!」
「ぷいにゅ!」
 
 目を離さずに剣を構える。しかし――米良乃助は突然もの凄い勢いで地面に叩きつけられた。

「うおおおおおおおおっ――!? があぁああああっああっああっあぁつ」

 この光景……どこかで見たことがある。にしても、もの凄い勢いで叩きつけられた。大事なことなので二回言った。

「人の魔物を奪うなんて、最低!」

 現れたのは、雨流だった。

 ええと……まあいいけどね、うん。
 君は改心したもんね。何も言わないよ。

 けれども米良乃助は強かった。再び立ち上がって、またもや叫ぶ。

「なんのこれしきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

 しかしまるでゴムがついているかのように、再び持ち上げられ、地面に叩きつけられる。

「ちくしょおおおおおクソがああ」
「あああああああああああああああ」
「いやああああああああああああ」
「やめてもうううううううう」
「許してええええええええ」
「ごめんなさいいいいいいいい」
「もう殺してええええええええ」

 まるでおもちゃのように跳ねる米良乃助。
 防御力だけは高いみたいだ。ちょっと可哀そう。

「人の! 魔物を! 奪うのはダメ! でしょ!」

 うんまあ、雨流《きみ》が成長してるならパパは満足だよ。

 いい子になったね。

 ◇

 翌朝、米良乃助たちは探索者委員会に連れていかれた。
 ミニモンスターを捕まえようとした罪ではなく、不法侵入、器物破損、強盗、まあ色々だ。

 殺人未遂はまだ未確定ということだが、他にも重なって結構な罪になるらしい。
 まあ、当然だろう。

 ちなみにあのあと俺たちは、近くのコテージに泊まらせてもらって豪勢な夕食を頂いた。
 御崎は地酒で嬉しそうだったし、雨流はおもちと田所に挟まれて寝ていた。

 そして――。
 
「本当にいいんですか? こんなに沢山の魔物を譲ってもらって……」

 剛士さんから是非にと、多くの魔物を譲ってもらえた。

「このくらい当然ですよ。感謝が言葉で足りないくらいです。本当にありがとうございます」
「わかりました。大切に育てさせてもらいます!」
「はい、それにダンジョン内のほうが寿命も長生きするので、魔物にとっても居心地がいいはずです。山城さんが良ければ、たまに会いにいってもいいですか?」
「もちろんですよ。色々とお世話になりました」

 最後に剛士さんと握手をして、俺たちは牧場を去ることにした。
 今後も肥料のことや魔物について聞きたいこともあるので、何度か顔を合わせることにもなる。
 こうやって人付き合いが増えていくのはいいことだな。

 トラックまで借りれたので、後は家までレッツゴー、――だったが……。
 雨流がまだ悲し気な表情を浮かべていた。
 昨日の夜からだが、自分がおもちにやったことに対してどれだけダメだったのか更に理解したらしい。
 
 そして俺は頭を撫でる。

「お前はよくやったよ。雨流がいなかったら、もっと大変なことになってたはずだ」
「……ほんと?」
「ああ、それにあいつらは魔物を売り物としかみてなかった。お前とは全然違う。安心しろ」
「……ありがとう、あーくん」
「でも、そのあーくんは恥ずかしいからやめてくれ」
「あーくんは、あーくん!」

 雨流はようやく微笑む。その横で、御崎も微笑んでいた。

 そして俺は――気になっていた事を訊ねようとした。
 今ならいけるんじゃないか? いや、今しかない。

 いやもう我慢できない!

「じゃ、じゃあさ、雨流のスキルって、なんなんだ? おじさんに教えてくれない?」
「え? 私のスキルは引き寄せと――むぐっ!?」

 しかし、御崎が雨流の口を塞いだ。

「そんな簡単に言っちゃダメ。スキルは命と同じなんだからね。誰が聞いてるのかもわからないし、阿鳥もこんなところで聞くのはやめて」
「……はい」
「乙女に体重を聞くのと同じ。好きな人、信頼できる人にしか言えないものなの」
「はい……」

 帰り道、スキルって乙女の体重なんだあと考えながら空を眺めていた。

 その時、ハッと気づく。

 ……御崎って俺に何の抵抗もなく教えてくれたよな?