「凄い、凄い、凄い、凄いいいいいいい!」
「セナちゃん、落ち着いてね。あんまり走り回ったらダメよ」
「はい!」

 雲一つない晴天、とある田舎まで電車でやって来た俺たちは、ミニモンスター放牧場と書かれた看板の横を通っていく。
 雨流が目を輝かせながらソワソワしているが、御崎が手を繋いで落ち着かせる。

 ……たまの休みに遠出する親子かて!

「キュウキュウ」
「ん? ああ、わかった。でもあんまり遠くへ行くなよ」
「ぷいーーっ!」

 久しぶりの外ということもあって、おもちが田所を乗せて空高く舞い上がった。
 ゆっくり羽根を伸ばしてもらおう。
 
 さて、今日はやることがいっぱいある。

 ツナギを着て作業をしている人たちが大勢いた。
 話はしていると佐藤さんが言っていたが、本当に大丈夫だろうか。

 というのも、ここは一般人向けの施設ではないからだ。
 入口の宿舎へ向かうと、俺に気づいた若い男性が小走りで駆け寄って来る。

「山城さんですか?」

 温和な風貌で帽子を被っている。首にはタオルを巻いていて、手にはバケツだ。

「はい、佐藤さんの紹介で来たんですが、宜しくお願いします」
「よろしくお願いします! 僕の名前は剛士《たけし》です。あの人たちは……お連れ様ですか?」

 少し離れた場所で、雨流と御崎が柵越しに魔物を見つめている。

「そうです、予定になかったと思うんですが、大丈夫でしょうか?」
「いえいえ、構いませんよ。いいですね、家族って見ているだけで幸せになります!」
「あ、いや……家族じゃないんです」

 咄嗟に返答してしまったが、余計にややこしくなったのかもしれない。
 御崎は雨流の手を繋いで、「ほら、あれだよ」と魔物に指を差している。どうみても親子、どうみてもママ。

「あ、そうなんですね……今は色々ありますもんね。僕の親も離婚したんですが、たまに皆で集まったりしてるんですよ。離れても家族は家族ですよね!」

 間違いなく誤解している。離婚してたまに娘に会わせてもらってるパパみたいになってる?
 てか、この人早とちりレベル高くない?

「いや、血の繋がりもないので、家族でもないですよ」
「あ、そうなんですか……でも、僕も連れ子なんですよ。血の繋がりなんて、関係ないですよね!」

 俺の言い方がまずかったかもしれない。しかしエンドレスで話が続きそうなので、諦めて本題に入る。
 今日ここへ来たのは、ミニグルメダンジョンで飼う家畜魔物を譲ってもらいにきたのだ。
 精霊のドラちゃんも平和な魔物が大好きらしく、できるだけ小さな魔物、それも家畜系を探しにきた。

「さっそくですが、ミニモンスターを見させてもらえませんかか? 初心者なので、まだ何もわからないんですが」
「……家族に必要なのは絆……だよな……僕が間を取り持って……彼らを本当に家族にしてやるんだ……」
「剛士さん、あの、聞いてますか?」
「……剛士、お前ならやれるはずだ……。――え? あ、はい! すいません! もちろんですよ! ではご案内しますので、こちらへ!」

 なんだか面倒なことになっているな。まあでも、気にしないでおこう。
 雨流と御崎は、施設の人に魔物の触れ合いをさせてもらっているらしく、俺だけ説明を受けることになった。

 奥へ進むと、テレビで見たことがある牛舎があった。といっても、明らかに小さい。
 ここはダンジョンの崩壊で逃げ出した弱い魔物や、突然変異で小さくなった魔物を保護して育てているとのことだった。
 もちろん慈善事業ではなく、実際の放牧業と同じことをしている。

「これはミニウシと呼ばれる魔物です。元々は放牧ダンジョンに生息していたんですが、ダンジョンコアが経年劣化により崩壊、ペット探索者ハンターが保護し、僕たちが買い取りました」

 大きさは、豚か犬くらいか。見た目は完全に牛で、模様も綺麗だ。「モオー」ではなく、「モ?」と鳴くのが少し気になる。
 何で疑問形?

「続いてこちら、コニワトリです。濃厚な卵を産むので、非常に人気がありますね。一つでご飯三杯はいけます」
「三杯……凄まじいですね」
 
 思わず胃袋が刺激される。それから「コヒツジ」も紹介してもらった。肉が柔らかくて、繁殖も早いらしい。毛皮も高級品とのことだが、解体とかになってくると流石に俺には出来ないが、温厚でダンジョンの有害な魔力を食べてくれるらしい。

 さらに奥に進むと……大きな放牧場が広がっていた。草原が、大きな柵で囲まれている。
 馬に紛れて……岩っぽいのが?

「もしかしてあれってゴーレムですか?」
「ミニゴーレムです。温和で優しい生き物ですよ、知能も高いので僕たちの言葉もわかってもらえます。魔物って怖い印象がありますけど、そうじゃないのもたくさんいるんですよね」

 剛士さんは、優しい目をしながら笑う。そのとき、わかった。
 ああ、この人、本当に魔物が好きなんだな、と。

「僕もわかります。おもちと出会う前、怖い感情はあったんですが、今は愛おしくてたまらないです」
「あああ! そうだ! おもちさん! 後でその……近くで見させてもらえませんか!? それに田所さんも! 実は僕ファンで!」

 剛士さんが、突然テンションが上がってスマホを見せてくる。そこには俺の動画が映っていた。
 でも、履歴には切り抜きの『ドライアド沈めてみた』の炎上が。これは事前に消しといて!?

「ありがとうございます。見てくれていたんですね」
「はい! もう最高ですよね。何度もリピってます。いずれ僕も配信しようかなあと思ってまして」
「はは、いいじゃないですか。放牧場、僕の動画で紹介しますよ」
「本当ですか!? 嬉しいなあ! あ、でも……今はちょっと動画は危険かもしれないか……」

 突然、遠くを見ながら悲し気な目をした。理由を訊ねて見たが、何でもないです、すみませんと返されてしまう。

「では譲渡手続きがあるので、続きは事務所でいいですか?」
「はい、わかりました」

 あの意味深な表情と危険という言葉、一体なんだったんだろうか。