世界各地で出現したダンジョンには、探索者委員会により難易度が指定される。
 それは各国の連携によって基準は統一されており、ランクによって入場が可能である。

 A級:上級~中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
 B級:中層程度で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが可能。
 C級:下層~中層戦える能力を持ち、アイテムを収集することが可能。
 E級:下層で戦える能力を持っている。
 F級:初心者、護衛が必要なレベルの探索者で、個人での入場は認められていない。

 そして更に上が、S級だ。
 彼らは上級で戦える能力を持ち、価値のあるアイテムを収集することが出来るだけではなく、単独でダンジョンを制覇することができる。

 そしてS級とA級には、決して超えられない壁が存在する。

 これは ”世界共通認識” である。

 そしてそのS級探索者、雨流《うりゅう》・セナ・メルレットが目の前に立っていた。
 俺に敵意を向けて。

「――だったら……力づくで奪い取るんだから」

 思わず後ずさりしそうなるほど、彼女の身体から、湯気のように魔力が溢れていた。
 おもちの強さに慣れた俺でも考えられないほどの力が伝わってくる。

 だが――逃げるわけにはいかない。

「田所!」
「ぷいにゅー!」

 俺の言葉に呼応して、田所は炎の剣に変身した。メラメラと燃え上がり、その熱波が雨流の肌に突き刺さったのだろう。
 不敵な笑みを浮かべる。

 こいつ、戦いが好きなタイプか!

「ファイアスライムまで懐いてるなんて……ズルいズルいズルいズルい」

 あ、田所が羨ましいんだ。やっぱりそこはブレないのね。
 というか――。

「……お前、ファイアスライムを知ってるのか?」
「私だってテイムしたいのに……仲良くできるはずなのに」
「いや人の話聞けよ……」

 ファイアスライムのことはネットでも情報はない。それを知っているということは、やはりS級なのだろう。
 だが、人形を買ってほしいと駄々をこねる子供のようだ。ある意味言葉が通じなくて性質が悪い。

 おもちは上空で様子を伺っているが、俺の指示で動いてくれるだろう。
 極力その場にいてほしいが、力を借りることになるかもしれない。

「阿鳥、油断しないで」
「ああ、てか、あいつの魔法はなんだ? 気づいたら天地が待っ逆さだったぞ」
「それが……わからないのよ。千の魔法を扱うとも聞いたことがあるわ」
 
 千の魔法? 一体どんなスキルだよ。

「まあつまり、何もわかんねえけど強いってことか」
「そういうことね」

 そして気づいたら、周りに人だかりが出来ている。
 だだっ広い公園だが、俺たちを取り囲むように様子を伺っていた。

「あれ、セナちゃんじゃない?」
「ほんとだ、お人形さんみたいでかわいいー」
「おい、上空にいる鳥、燃えてないか!?」

 どうやら雨流は有名人らしい。まあ、俺が知ってるぐらいだからそうか。
 おもちのことも騒がれつつある。逃げ出したいが、後ろから攻撃されるかもしれない。

「おもち、こっちおいで!」

 そのとき何を思ったのか、雨流は天に手を翳した。いや、おもちに向かって手の平を向けたのだ。

 次の瞬間、おもちは自由が利かなくなったのか引っ張られていく。
 な、なにをしてるんだ!?

「キュ、キュウ!?」
「ほら、おいでおいで。お家に帰ろう?」

 炎のブレスを吐くには周りに人が多すぎる。おもちもそれをわかっているのか、手を出そうとはしない。
 ……仕方ない。雨流の能力はわからないが、戦うしかない。
 小さな少女といえどもS級探索者だ、俺が全力を出しても死ぬわけがないだろう。

 って、そんなこと言ってらんねーな。

「御崎、援護は任せたぜッ!」

 思い切り地を蹴って距離を詰め、雨流に田所ソードを振りかぶる。
 しかし雨流は、空いているもう片方の手の平を俺に向けた。

「な!? が、があああああっっっっ!? く――」

 次の瞬間、俺は地面に思い切り叩きつけられる。背中にもの凄い衝撃、いや誰がが乗っているような感覚に陥った。

「なんだなんだ!? すげえ、大変なことになってるぜ!」
「何が起きてるんだ!?」

 周囲が更に騒ぎ立てている。

 もしかして御崎のスキルとおなじ……か? かろうじで動く頭部で上を見上げると、おもちがゆっくりと雨流に引っ張られている。

 そして、俺が雨流の攻撃でやられてしまったと思ったのか、おもちが今までに聞いたことがないような怒りからくる金切声をあげた。
 その瞬間、御崎が「動かしてあげる」のスキルを発動、俺の身体を強制的に起こしてくれた。

「キュウウ、ピイイイイイイイイイイイ!」

 おもちは思い切り魔力を貯めている。間違いない、炎のブレスを雨流に放つつもりだ。だが、周囲には一般人が多い。

「おもち、まずいぞ! ここでは! 俺は大丈夫――」
「ピイイイイイイイイイイ!!!!」

 次の瞬間、嘴からありえない威力の炎のブレスが雨流目がけて発射された。

 正直、目を疑った。

 昼間にも関わらず光が溢れ、太陽光が付きつけられてるかのように熱波が空気を温め、一瞬で真夏のようになる。
 同時に、ブレスが空気を切り裂いて乾いた音を響かせた。

 慌てて雨流に顔を向けると、茫然と目を見開いている。
 S級といえども、あれほどの威力に驚いたのだろう。

 間違いない、彼女は死ぬ。

「御崎っ! 俺を雨流のところまで吹き飛ばせ!」
「え!? 何をするつもり!?」
「はやく!!!」

 突如、背中から圧力がかかって、思い切りぶっ飛ぶ。
 そのまま通り過ぎそうだったが、田所ソードを地面に突きさし、雨流の前に立った。

「おい、下がってろ!」

 雨流を突き飛ばし、炎の耐性(極)を極限まで向上、両手を広げた。

「ピイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

 そして俺は炎のブレスを――身体で受け止めた。
 倒れ込んでしまうと、まき散らされた炎が周囲に飛び散ってしまう。

「す……げえ威力だな……く――っっ」

 それをわかっていたので、なんとか踏み留まろうと必死に食らいついた。
 奇跡的に受け止めることはできたが、足に炎が伝達するかのように焼けてしまい、地面から焦げ臭い匂いが漂う。

 直後、脳内にアナウンスが流れる。

『炎をフル”充填”しました』

 今それはどうでもいい……が……。

 地面に膝をつくと、おもちが着地。俺の体に寄り添って傷を舐めてくる。

「キュウキュウ……」
「はっ、大丈夫だよ。ありがとな」
「ぷいいいいいいいいいいいいい」

 田所も急いで俺の体にくっつくと、すりすりしてくれていた。御崎も駆け寄り、心配そうに声をあげた。
 その隣では、俺に吹き飛ばされて尻餅をついた雨流がいる。

 御崎は鋭い目つきで顔を向けると、恫喝する。

「あんたのせいで死ぬところだったじゃないの! おもちおもちって! S級のくせに駄々こねて!」

 まるでお母さん。いやでも、そんな怒ったら矛先がまた俺たちに――。

「うぐ……うっ……うう……うぁぁああああああ、ごめんなさい、ごめんさい。だって、もっちゃんに似てたんだもんんんああああああああ。がわいぐでがわいぐで、それに田所にも会いだくでええええええええ」

 突然泣きじゃくって叫び出す。嘘泣きかと思ったら、ガチ泣きしている。
 まじでなんなんだ……? もっちゃんって誰だ?
 
 その時、ハッと思い出す。
 スパチャの名前――『USM』。

 U・雨流
 S・セナ
 M・メルエット……? まじか?

 しかし炎のブレスの破壊力が段々と効いてきたのか、意識が薄れていく。

「く……」
「阿鳥、大丈夫!?」

 ……って、誰だあの人……?

「セナ様っ! やりすぎです!」

 最後に見えたのは、どこぞの執事みたいな髭を蓄えた渋いおじさんが駆け寄って来る姿だった。