俺は信じられないものを見ている。

 弱小と呼ばれているスライムが、オークやロプスちゃんをバタバタとなぎ倒しているのだ。
 それもどう見ても弱そうな体当たりで。

「ガアアアアアアッ!」
「えいッ」

 獰猛な魔物たちは、次の瞬間、炎で燃え盛りながら悲鳴をあげて倒れ込む。
 生息していたのが地下四十五階というのは、おそらくガチだろう。
 あまりにも強い、強すぎる。

『このスライム只者じゃねえw』『声のトーンと威力が一致してないんだが』『体当たりでS級までいけそう』

「どう、ボク、どう!?」

 褒めてと言わんばかりに、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
 配信も大盛り上がりだ。

 その後ろから、別のロプスちゃんが現れた。

 もはや驚きはなく、相手が可哀想だと思いはじめていたが。

「キュキュ!」

 その時、おもちが負けじと飛行し、炎のブレスでロプスちゃんのお腹にどでかい穴をあけた。
 そして死体に向かって、御崎が嬉しそうに近寄り、スキルで死体を浮かせたあげく、器用に魔石を取り出す。

「大量♪ 大量♪」

 恍惚な表情を浮かべる御崎、飛行しながらロプスを倒すおもち、体当たりしながら敵をなぎ倒すスライム。

 あれ、俺……いらなくね!?

 いや、この人たちの適応能力高すぎッ!?
 まずい、このままでは俺の存在意義が……あと、配信での立場が……。

「君たち、集合!」

『このパーティ、最強にて』『明日にはトレンド入りしてそうだな』『このままボスまで突っ走れ』『アトリ、必要ない……?』
「キュウ?」

 最強トリオを呼びつけ、事前に受けていた注意事項を思い出させるように伝える。。
 初ダンジョンの入場は、制限時間が設定されているのだ。
 俺が帰りたいわけではない。これは本当に。

「悪いがそろそろ時間だ。魔物を倒し過ぎるのも、生態系が崩れて危険だと聞いたこともある」
「そうね。鞄に魔石も入りきらないし、今日は帰りましょうか。それにしても阿鳥、あなた役立た――」
「さあ! 帰るぞ! 魔石は俺が持つ!」

 御崎が言っては言けないことを言いそうだったので、言葉を遮る。
 おもちとスライムに威厳を保つためにも、できるだけ頑張らないと。

『必死感伝わる』『みなでいうな……』『負けたことがあるのが財産になるやつ』

 全てが終わり、俺たちは最後の挨拶をして配信を止めた。コメントは今までで一番多かったので、間違いなく大成功だ。
 ただ、バッテリーが無くなりそうだったので、今度はモバイルチャージャーでも持ってこようと学んだ。

 出口へ戻る前に、スライムに視線を向ける。

「本当にいいんだな? 次にいつここへ戻って来るかわからないし、テイムされている以上、一緒に暮らすことになる」
「了解でありますッ!」
「キュウッ!」

 すでにおもちとファイアスライムはニコイチみたいになっている。とはいえ、擬態は予想以上に凄まじいかもしれない。
 さながら俺は芸能マネージャー気分。
 売れっ子を抱えれば、将来も安泰!? 

 いずれは阿鳥ーズみたいな会社でも作るか! スローライフするにも、基盤が必要だしな。
 がははは!

「ふ、御崎、お前を副社長にしてやってもいいぞ」
「よくわからない妄想をぶつけないで。あと、ニタニタ笑ってて気持ち悪い。わかってる? あなたが一番弱いし、役立たずなのよ」
「ひえ……」

 三十五倍ぐらいの反撃を返されてしまい、瞳から涙が零れそうになる。
 何でそこまで言うの!? 

「ご主人様は弱いんですか?」

「やっぱりここに置いて帰ろうかな」

「ええ、そ、そんなーッ!」

「嘘だよ。じゃあ、みんなで帰ろうか。初ダンジョンは大成功ってことで、ありがとな」

 ◇

「阿鳥、お酒まーだー?」
「冷蔵庫にあるから自分で取ってくれよ……」
「魔石を眺めてるので忙しいの~」
「それ何もしてないって言ってるのと同じだぞ」

 自宅に戻って打ち上げをすることにした。
 御崎は魔石をずっと眺めている。確かに綺麗だ。てか、女性っぽいところもあるんだな。

「うふふ、いくらで売れるかな? おもっちゃん、スラちゃん!」
「キュウ?」
「ぷいぷいっ♪」

 あ、そっちね……。そして驚いたことに、ファイアスライムは言葉をしゃべらなくなった。
 いや、喋れなくなったというのが正しいのだろう。
 ダンジョンの外は魔力が少ないらしく、それで喋れなくなるかもと最後に教えてくれた。
 声帯模写はそれだけ消費するのだろう。

 とはいえ、何の問題もない。むしろ、静かでありがたいと思ってしまった俺はひどいかもしれない。

「ほら、うどんだぞー。今日は豪華にきしめんだ!」
「キュウー!?」
「ぷいっぷいっ♪」

 がっつくおもちとファイアスライム。姿かたちは違うが、兄弟みたいだ。
 もしくは姉妹か。

「ほら、御崎」
「えへへ、ありがとー! おつまみは?」
「うどんだ」
「またあ!? 少しはお金使おうよー」
「支援してもらえるとはいえまだ俺たちは無職なんだぞ。節約は基本だろ」
「けちー、けちー」

 まったく、駄々をこねるところは子供っぽい。けれども、彼女のおかげで俺は仕事を辞める決意もできたし、こうやってダンジョンもクリア出来た。誰よりも感謝している。

「おもっちゃーん、スラちゃーん♪ かんぱーい♪」
「なあ御崎」
「んっ? んっ……どうしたの」

 お酒をぐびぐびと飲む御崎。改まってお礼を言おうと思ったが、なんだか恥ずかしくなる。

「いやその……ありがとな。ダンジョンにも着いてきてくれて」
「ふふ、てか顔赤すぎ。阿鳥ちゃんは恥ずかしがり屋だねえ」
「うるせー」
「――私のほうこそありがと。毎日ストレス抱えるより、こうやって笑い合える方が性に合ってるわ」
「確かにな。――そういえば御崎、スライムに名前を付けてあげてくれよ。スラちゃんってのも、なんだかな」
 
 んーっ、じゃあねえとスライムを見つめる御崎。
 おもちと関連性のある名前がいいな。そういえば彼女のセンスを俺は知らない――。

「田所さんにしよう。ね、たどちゃーんっ!」
「たど……ころさん?」
「うふふ、いいでしょー?」

 絶望的だ。ありえない。おもちと田所は流石に……。

「却下だ」
「え、なんでえ!?」
「わけがわからなすぎるだろ。なんだ田所さんって……」
「近所にいたおじいちゃんなんだけど、スラちゃんに似てるんだよね。温和な感じが」
「おじいちゃんには悪いが、流石にそれは――」
「ぷいっぷい~♪♪♪」

 しかしスライムは、いや田所はご機嫌で、御崎に頬ずりをしはじめた。
 え、いいの? その名前でいいの? おもちと田所だよ?

「ほら! たどちゃんも嬉しいって!」
「いいの? 本当にいいの? 取り返しがつかないぞ?」
「ぷいぷいっ/////」

 嬉しくてたまらないらしい。
 まあでも、本人が喜んでいるならいいのか。

「なら田所、これからよろしくな」
「ぷいっ!」
「たどちゃーんっ♪ おもちゃーん♪」

 こうしてファイアスライムこと田所が、俺と御崎とおもちの間にやって来たのだった。