本屋をひととおり巡ったあと、伊野に誘われ、かき氷専門店に寄る。店は十席ほどしかない小ぢんまりとしたプレハブ小屋だ。それでも外装もポップで可愛らしく、店内も清潔で明るくて、飾ってあるウミガメの本や絵ハガキなど、小物ひとつひとつに店主のこだわりを感じる店だ。
 なにより店に流れているBGMのセンスがいい。海崎の好きな曲ばかりだ。
「ここのかき氷デカいから、ふたりで一個でいい? シェアOKの店なんだ」
「え?」
 カウンターで注文する前に伊野に言われてハッとする。
 他の客が食べているかき氷の大きさを見ると、たしかにひとりでひとつ食べるには、かなりボリュームがある。値段だって安くない。でも伊野とひとつのかき氷をシェアして食べるということは、当然のように間接キスになるわけで……いや男同士気にすることじゃないのかもしれない、でも、でもそんなことを、さも当たり前のように言われても……。
「……海崎?」
「えっ? あ! うん、いいよっ」
 勢いで頷いてしまったが、実はめちゃくちゃ落ち着かない。でもそんなことを気にするほうが意識しているみたいで恥ずかしいから、海崎はなんでもないことのように装う。
「何味がいい? 俺、全部いけるから海崎の好きなのにしろよ」
 伊野にカウンターのメニューを見せられる。イチゴにマンゴー、メロンにフルーツミックス、抹茶小豆などなど全部で八種類もあって、どれもおいしそうだ。
「伊野のおすすめは?」
 海崎は好き嫌いは特にないから、伊野の好きなものを選びたい。なんとか伊野の好みを聞き出したくて探りを入れる。
「言わない」
 伊野は意見はしないと言わんばかりに口を固く結ぶ。
 海崎の作戦が伊野にバレている。伊野はどうやっても海崎に選ばせるつもりのようだ。
 でも海崎は伊野の仕草を見逃さなかった。伊野の視線は、海崎にメニューを選ばせていたときからイチゴかき氷にいきがちだったし、おすすめを聞いたとき、無意識なのだろうが伊野の手が一瞬そちらの方向へ動いた。それに以前、学校で伊野が女子と話をしていたときもイチゴかき氷の話をしていた。多分これだ。
「やっぱりイチゴかな。これがいい」
「いいね。そうしよう。すみません、イチゴかき氷ひとつ。スプーン二個で」
 伊野が注文すると、茶髪の若い女性店員が「はーい」と愛想よく答える。
 千円のかき氷を割り勘で支払いして、席で待っていると程なくしてふたりの目の前に大きなイチゴのかき氷が置かれた。
「うわぁ」
 左右にスプーンが添えてあり、透明なガラスの器からこぼれ落ちそうなくらいのかき氷だ。果実感のあるイチゴソースがたっぷりとかけられている上に、生イチゴと緑の葉っぱ形のチョコレートもトッピングされていて見映えもすごくいい。
 でも伊野の顔が隠れるくらい、めちゃくちゃ大きいから、ふたりでシェアして食べるくらいで丁度いい量だと思う。
「はい。海崎」
 写真を撮ったあと、伊野がかき氷のてっぺんにあったイチゴをスプーンで掬って海崎に向けてきた。
「俺が食べていいのっ?」
「もちろん。ほら、口開けろ」
 伊野がぐいぐいイチゴを海崎の口元に押しつけようとする。
 これはもしかして、伊野にこのまま食べさせられるシチュエーションなのだろうか。
「遠慮すんなって。はい。あーんして」
 こんな距離感で人と接したことなんてない。
 どうしよう。また心臓がうるさくなる。
 伊野の友達への距離感はレベルが高すぎる。
 伊野の感覚では、友達とこのくらい仲良くするのは当たり前のことなのだろう。でも人慣れしていない海崎はどうしても緊張してしまう。
「海崎、コアラとカンガルーがいる、南半球にある国は?」
「え? オーストラリア……ぅぐっ!」
 反射的に答えた直後、伊野が海崎の口にスプーンを突っ込んできた。
 やられた。これは伊野の作戦だ。単純なクイズに答えさせて、口を開けさせようとする、ずるい戦法だ。
「うまい?」
 伊野はスプーンを引いたあと、満足そうな笑顔で海崎を眺めている。
 もぐもぐすると、冷たくて甘酸っぱいイチゴが口の中に広がる。喉も渇いていたし、イチゴのジューシー感と冷たいかき氷がさっぱりして、とてもおいしい。
「うん、すごくうまい……」
 これは伊野からもらった特別なひと口だ。孤独な部屋でひとりで食べるイチゴとは違う、格別の味がした。
「よかった。じゃ、俺もいただきます!」
 伊野はさっき海崎に食べさせたスプーンで、何も気にする様子もなくかき氷を食べ始めた。
「やっぱかき氷はイチゴだな。海崎いいの選んだよ」
 伊野は満足そうにパクパク食べている。イチゴ味は伊野の好みみたいだ。夢中になって食べる姿を見て、可愛らしいなと思った。
 伊野のことが羨ましい。嫌なものは嫌と言い、好きなものを隠すこともない。こんなに自分の気持ちを表に出して生きられたらいいなと思う。
 海崎はいつも考えすぎてしまう。どうすればいいのかわからず、結果的に無反応になってしまい、大人しい奴、何考えてるのかわからない奴だと言われてしまう。
「くっ……! アハハッ!」
 伊野が海崎を見て、堪えきれない様子で笑い出した。何がおかしいのか、海崎にはまったくわからない。
「どうしたの……?」
「海崎お前、またぼんやりしてる」
 目に涙が浮かぶくらい笑っている伊野は、目尻を手で拭いながら微笑みかけてきた。
 しまった、と思う。せっかくふたりで遊んでいるのに、相手がぼーっとしていて無反応だったら一緒にいてつまらないだろう。でも海崎には場の盛り上げ方がわからない。こんなときに気の利いた会話なんて何も浮かばない。
「何? 俺がガツガツ食ってるから気楽そうでいいなって思った?」
「え!」
 海崎は慌てて首を横に振る。伊野のことを羨ましいと思っていただけで、決してそれは気楽そうだとか伊野を下に見たんじゃない。
「海崎と一緒にいてわかった。よくぼんやりしてるなって思ってたけど、実はお前の頭の中は大変なことになってんだな」
 伊野に言われてハッとした。いつもは、何も言わない大人しい奴だと片付けられて、隅に追いやられるだけなのに、伊野は海崎の心の葛藤をわかってくれた。
「いつか俺に聞かせて。お前の心の中の気持ち」
 伊野は澄んだ瞳で海崎を見つめている。
 不思議だ。伊野から目が離せない。
 伊野の言葉が頭の中で何度も反芻する。
 この気持ちはなんだ。伊野は見惚れるくらいにかっこいい顔をしているから、そのせいだろうか。
「あーやばい! そっち溶けてる! ほら、海崎早く食え!」
 かき氷が崩れそうになって、伊野が慌ててスプーンで押さえた。
「早く! 俺が押さえてるうちに!」
「う、うんっ」
 海崎は崩れる寸前のかき氷を掬って口に運ぶ。急いで何口か食べると、やっとかき氷崩壊の危機から逃れることができた。
「ナイス海崎」
 伊野は親指を立てて海崎にサムズアップする。
 それからふたりで学校の話をしながら、かき氷を食べた。
「おいしい。本当においしいよ」
 氷も鼻にキーンとこないし、シロップも本物のイチゴの味がする。いわゆる高級かき氷は一度も食べたことがなかったから、新鮮な味だった。
「さすが伊野のおすすめだ。こんなおいしいの食べたことないよ」
 海崎の言葉に「大袈裟だな」と言って伊野は笑った。
 でも、伊野とつつき合って食べるかき氷は、お世辞じゃなく本当においしかった。