「あー、クソッ。アイツうぜぇ……」
三島くんは大股で歩きながら、途中で見つけた小石を蹴った。さっきから三島くんの機嫌は急降下に急降下を重ねて、地面スレスレのところを低空飛行している。
三島くんと一緒にい過ぎたせいで、今ではさほど怖いとも思わないけれど、通り過ぎる人たちは自然と俺たちのことを避けて通った。
「彼、凄かったよね……」
「マジ、距離感ってやつがねェ……」
六堂は俺や三島くんとは違い、ガンガン内側に入ってくるタイプだ。既に出来上がった輪の中にも躊躇わず入っていきそうだし、人の心の中にもズカズカと入っていきそうな感じである。おまけに物怖じしないし、素直。面食らってしまう瞬間もあるけれど、嫌味な感じがなく、ストレートだから嫌いになれないところがある。
一方の坂木はその六堂の手綱を握り、ヒートアップするタイミングでリードを力いっぱい引けるタイプの男だった。本当の意味での猛獣使いは彼なのでは、と感心してしまうほどである。
「マジでよっちゃんの幼馴染とは思えねぇ」
「その、よっちゃん、って人が三島くんの友だち……なんだよね?」
「あぁ。北高に行っちまった。他にも仲いいヤツいたけど、全員北高だ」
「そっか……」
それは寂しいだろうな、と俺は勝手に三島くんの気持ちを想像する。
自分も孝晃と離れて寂しいと思っているし、他の友人とも学校が変わってしまったことは寂しいと思っている。
でも、はぐれものの二人だったからこそ、こうして引き合えたのもまた事実だ。ひとりでよかった、とは口が裂けても言えないが、俺にとって三島くんと友だちになれたことは嬉しいことだった。
「なぁ、鷲宮」
「なに?」
「その、さっき言ってた単発バイトだけど……やる?」
「え、いいの?」
「まぁ、お前が嫌じゃなければ……だけど」
「やりたい! 出来れば合宿、行きたいし」
「そっか」
三島くんの表情が和らぐ。もしかしたらバイトを誘うのに気を遣わせてしまったかもしれない。
「バイトってどんなの?」
「車屋と併設してるカフェのバイト。先輩が車屋やっててさ。整備の待ち時間に利用してもらうためのカフェがあるらしいんだけど、人手が足りないって言ってて。たまにバイトの欠勤が重なるとキツイって言ってたから、時々なら入れさせてもらえるかも」
「カフェか……。なんか自分が働いてるとこ、想像つかないかも……」
「お前なら似合いそうだけど」
「俺が……? 無理じゃない? 笑顔引き攣りそう……」
ムニムニと自分の頬を揉む。
三島くんは似合うと言ってくれたが、人見知りな俺にとって、接客バイトはハードルが高すぎる。それでも背に腹は代えられなかった。
三島くんによると時給は千円だと言う。五時間ぐらいのバイトを二日も入れば、すぐに一万円に手が届く。俺にとって、魅力的な話でしかなかった。
「とりあえず、先輩には話つけておくわ」
「うん。ありがとう。で、あの二人はどうするの……?」
「一応、話はしておくけど……そもそもアイツ等、土日は部活とか言ってなかったか?」
「確かに……」
六堂は軽音楽部が、坂木は水泳部の活動があると言っていた。どちらも土日に活動する分、平日が空くからという理由で天文部に入ったような……。
「ちゃんと二人にも聞かないとね」
「めんどくせぇ……」
去り際、六堂から半ば強引に連絡先を交換させられ、メッセージアプリでグループチャットまで組まれた。そこにはもちろん三島くんもいる。
俺としてはずっと交換できていなかった三島くんの連絡先も流れでゲットできてよかったのだが――いつ言い出そうか機会を伺うばかりで一向に聞けていなかった――三島くんはおまけでついてきた二人にうんざりしているらしい。なお、天文部のグループチャットはまた別で用意されていた。
「連絡したら喜んでくれるかもよ」
「……喜ばれるのも癪に障る」
「まぁまぁ、そう言わず」
早速、携帯を見ると既に通知が入っていた。よろしく、というスタンプが何個も送られている。
「俺、これから、こいつと付き合っていかなくちゃなんねーの……?」
「俺は楽しそうでいいなぁ、と思うけどね」
若干、距離は近いけれど。
俺のことはあっちゃん、って呼んでね! 俺もタカちゃん、ヒロって呼ぶ! と息巻いていたが、三島くんが割と強めに六堂を小突いたことで事なきを得た。あと、坂木が六堂を宥めたことも大きい。
最終的に、俺等から二人のことを呼ぶときは苗字かつ呼び捨てで呼び合うことで決着がついた。
「お前はああいうタイプが好きなわけ?」
「いや、ただまぁ、元気があっていいよね。さすがに、ヒロって呼ぶって言われたときはびっくりしたけど……」
自分のことを今でもヒロと呼ぶ人間なんて、それこそ幼馴染の孝晃ぐらいだ。あとは高校が離れた友人たち。と言っても、その友人たちも孝晃を通して仲良くなっただけに過ぎず、高校に入ってからは連絡が途絶えている。朝、孝晃と登校するときに彼等の話題が出てくるから、孝晃とは連絡を取っているのだろう。
所詮、友情関係なんて、そんなものだろうなぁ、と諦めている。
「お前は許していいわけ?」
「何が?」
「だから、その、呼び方……」
三島くんがゴニョゴニョと言いづらそうに口をまごつかせる。
たまに三島くんにはこういうときがある。いつもハキハキと物を話すから、躊躇うような素振りを見せられると、俺としてもどうしたらいいか分からなくなる。
「あぁ、ヒロ、ってやつ? まぁ、ちょっと不思議な感じがするけど、俺は嫌じゃないよ」
「……じゃあ、俺も、」
そのあとに続く言葉がかき消える。すぐ真横をクラクションを鳴らしながら車が通り過ぎたからだ。思いの外、道幅を占領しながら歩きすぎてしまったらしい。
二人共、大きなクラクションの音にびっくりして、暫く顔を見合わせてしまった。
「……端っこ、歩かないとだね」
「おう」
白線の内側に収まるよう、さっきよりも気持ち距離を近づけて歩いていく。ふと上を見上げると、三島くんと目が合った。
「さっきのことだけど」
「さっき?」
「名前! アイツにヒロって呼ばせるか、ってやつ!」
「あぁ、うん」
「アイツがいいなら、俺にも紘って呼ばせろ」
三島くんが、ふん、と鼻を鳴らす。
もはや、お伺いではなく命令だ。そういう不遜なところも含めて、三島くんは面白い。
「いいよ。っていうか、もう今、何回かヒロって言ったじゃない」
クスクスと笑えば、三島くんから笑うなと脳天に緩めのチョップを食らわされた。
「揚げ足とんな」
「ごめんて」
「あ、あと俺のことも名前で呼べ」
「そこも強制なんだ……」
でもなんて呼べばいいのだろう。よっちゃんだと、三島くんの友人と呼び方が被ってしまう。だから仲間内からはタカちゃんと呼ばれていたんだろうけど、タカちゃんだと今度は孝晃と被ってしまう。
「じゃあ、夜鷹くんでいい? よっちゃんだと三島くんの友人と被るだろうし、タカちゃんだと俺の幼馴染と被っちゃうから」
「……好きにしろ」
三島くんがふいっと目を逸らす。そのときボソッと、呼び捨てでもいーのに、と言った気がしたが、さすがにそれはハードルが高すぎて頷けなかった。
三島くんは大股で歩きながら、途中で見つけた小石を蹴った。さっきから三島くんの機嫌は急降下に急降下を重ねて、地面スレスレのところを低空飛行している。
三島くんと一緒にい過ぎたせいで、今ではさほど怖いとも思わないけれど、通り過ぎる人たちは自然と俺たちのことを避けて通った。
「彼、凄かったよね……」
「マジ、距離感ってやつがねェ……」
六堂は俺や三島くんとは違い、ガンガン内側に入ってくるタイプだ。既に出来上がった輪の中にも躊躇わず入っていきそうだし、人の心の中にもズカズカと入っていきそうな感じである。おまけに物怖じしないし、素直。面食らってしまう瞬間もあるけれど、嫌味な感じがなく、ストレートだから嫌いになれないところがある。
一方の坂木はその六堂の手綱を握り、ヒートアップするタイミングでリードを力いっぱい引けるタイプの男だった。本当の意味での猛獣使いは彼なのでは、と感心してしまうほどである。
「マジでよっちゃんの幼馴染とは思えねぇ」
「その、よっちゃん、って人が三島くんの友だち……なんだよね?」
「あぁ。北高に行っちまった。他にも仲いいヤツいたけど、全員北高だ」
「そっか……」
それは寂しいだろうな、と俺は勝手に三島くんの気持ちを想像する。
自分も孝晃と離れて寂しいと思っているし、他の友人とも学校が変わってしまったことは寂しいと思っている。
でも、はぐれものの二人だったからこそ、こうして引き合えたのもまた事実だ。ひとりでよかった、とは口が裂けても言えないが、俺にとって三島くんと友だちになれたことは嬉しいことだった。
「なぁ、鷲宮」
「なに?」
「その、さっき言ってた単発バイトだけど……やる?」
「え、いいの?」
「まぁ、お前が嫌じゃなければ……だけど」
「やりたい! 出来れば合宿、行きたいし」
「そっか」
三島くんの表情が和らぐ。もしかしたらバイトを誘うのに気を遣わせてしまったかもしれない。
「バイトってどんなの?」
「車屋と併設してるカフェのバイト。先輩が車屋やっててさ。整備の待ち時間に利用してもらうためのカフェがあるらしいんだけど、人手が足りないって言ってて。たまにバイトの欠勤が重なるとキツイって言ってたから、時々なら入れさせてもらえるかも」
「カフェか……。なんか自分が働いてるとこ、想像つかないかも……」
「お前なら似合いそうだけど」
「俺が……? 無理じゃない? 笑顔引き攣りそう……」
ムニムニと自分の頬を揉む。
三島くんは似合うと言ってくれたが、人見知りな俺にとって、接客バイトはハードルが高すぎる。それでも背に腹は代えられなかった。
三島くんによると時給は千円だと言う。五時間ぐらいのバイトを二日も入れば、すぐに一万円に手が届く。俺にとって、魅力的な話でしかなかった。
「とりあえず、先輩には話つけておくわ」
「うん。ありがとう。で、あの二人はどうするの……?」
「一応、話はしておくけど……そもそもアイツ等、土日は部活とか言ってなかったか?」
「確かに……」
六堂は軽音楽部が、坂木は水泳部の活動があると言っていた。どちらも土日に活動する分、平日が空くからという理由で天文部に入ったような……。
「ちゃんと二人にも聞かないとね」
「めんどくせぇ……」
去り際、六堂から半ば強引に連絡先を交換させられ、メッセージアプリでグループチャットまで組まれた。そこにはもちろん三島くんもいる。
俺としてはずっと交換できていなかった三島くんの連絡先も流れでゲットできてよかったのだが――いつ言い出そうか機会を伺うばかりで一向に聞けていなかった――三島くんはおまけでついてきた二人にうんざりしているらしい。なお、天文部のグループチャットはまた別で用意されていた。
「連絡したら喜んでくれるかもよ」
「……喜ばれるのも癪に障る」
「まぁまぁ、そう言わず」
早速、携帯を見ると既に通知が入っていた。よろしく、というスタンプが何個も送られている。
「俺、これから、こいつと付き合っていかなくちゃなんねーの……?」
「俺は楽しそうでいいなぁ、と思うけどね」
若干、距離は近いけれど。
俺のことはあっちゃん、って呼んでね! 俺もタカちゃん、ヒロって呼ぶ! と息巻いていたが、三島くんが割と強めに六堂を小突いたことで事なきを得た。あと、坂木が六堂を宥めたことも大きい。
最終的に、俺等から二人のことを呼ぶときは苗字かつ呼び捨てで呼び合うことで決着がついた。
「お前はああいうタイプが好きなわけ?」
「いや、ただまぁ、元気があっていいよね。さすがに、ヒロって呼ぶって言われたときはびっくりしたけど……」
自分のことを今でもヒロと呼ぶ人間なんて、それこそ幼馴染の孝晃ぐらいだ。あとは高校が離れた友人たち。と言っても、その友人たちも孝晃を通して仲良くなっただけに過ぎず、高校に入ってからは連絡が途絶えている。朝、孝晃と登校するときに彼等の話題が出てくるから、孝晃とは連絡を取っているのだろう。
所詮、友情関係なんて、そんなものだろうなぁ、と諦めている。
「お前は許していいわけ?」
「何が?」
「だから、その、呼び方……」
三島くんがゴニョゴニョと言いづらそうに口をまごつかせる。
たまに三島くんにはこういうときがある。いつもハキハキと物を話すから、躊躇うような素振りを見せられると、俺としてもどうしたらいいか分からなくなる。
「あぁ、ヒロ、ってやつ? まぁ、ちょっと不思議な感じがするけど、俺は嫌じゃないよ」
「……じゃあ、俺も、」
そのあとに続く言葉がかき消える。すぐ真横をクラクションを鳴らしながら車が通り過ぎたからだ。思いの外、道幅を占領しながら歩きすぎてしまったらしい。
二人共、大きなクラクションの音にびっくりして、暫く顔を見合わせてしまった。
「……端っこ、歩かないとだね」
「おう」
白線の内側に収まるよう、さっきよりも気持ち距離を近づけて歩いていく。ふと上を見上げると、三島くんと目が合った。
「さっきのことだけど」
「さっき?」
「名前! アイツにヒロって呼ばせるか、ってやつ!」
「あぁ、うん」
「アイツがいいなら、俺にも紘って呼ばせろ」
三島くんが、ふん、と鼻を鳴らす。
もはや、お伺いではなく命令だ。そういう不遜なところも含めて、三島くんは面白い。
「いいよ。っていうか、もう今、何回かヒロって言ったじゃない」
クスクスと笑えば、三島くんから笑うなと脳天に緩めのチョップを食らわされた。
「揚げ足とんな」
「ごめんて」
「あ、あと俺のことも名前で呼べ」
「そこも強制なんだ……」
でもなんて呼べばいいのだろう。よっちゃんだと、三島くんの友人と呼び方が被ってしまう。だから仲間内からはタカちゃんと呼ばれていたんだろうけど、タカちゃんだと今度は孝晃と被ってしまう。
「じゃあ、夜鷹くんでいい? よっちゃんだと三島くんの友人と被るだろうし、タカちゃんだと俺の幼馴染と被っちゃうから」
「……好きにしろ」
三島くんがふいっと目を逸らす。そのときボソッと、呼び捨てでもいーのに、と言った気がしたが、さすがにそれはハードルが高すぎて頷けなかった。