緑桜高校から十分ほど歩くと、生徒たちもよく利用しているファミレスがある。そのファミレスの一卓に俺と三島くん、そして先輩たち三人が前に座っていた。
 傍から見たら俺は、彼等四人にカツアゲされている最中か、恫喝されている最中の可哀想な高校生である。同じ制服を着た見知らぬ生徒たちが様子を伺うように、チラチラとこちらを見ていた。

「さぁ! 飲め! 食え! 俺たちの奢りだ!」
「はぁ……」
「鷲宮くんも好きなの頼んでね〜」

 目の前にはド派手な髪色をした先輩たちが三人。
 普通なら萎縮しそうなところ、三島くんは「じゃ、遠慮なく」とフライドポテトや唐揚げ、ピザなど、好き放題に頼んでいた。

「ちょっとタカ。そんな頼んだらお袋さんの飯、食えなくなんだろ!?」
「いーんだよ。今日も両親遅くなるし」
「相変わらず、忙しーんだ?」

 どうやら、彼等は三島くんの家について詳しいらしい。三島くんのお姉さんについてどうこう言っていたから、もしかしたら家族ぐるみでのお付き合いがあるのかもしれない。

「鷲宮くんはどれにするの〜?」
「お、俺はドリンクバーで……」
「そんなぁ、遠慮しなくていいのに〜」

 俺の目の前に座っているヤンキーは、のんびりとした話し方の男だった。だけど、ここにいる誰よりも耳にピアスが開いている。耳どころか、口元にもピアスが開いていた。
 緩くパーマのかかった銀髪と可愛らしい顔立ち、大きめの白パーカーから覗く小柄な手は子犬っぽさがあるのに、耳と口元が全然可愛くない。棘のついたピアスは触れたら指に刺さりそうだ。
 そして、真ん中にはバイクに乗っていたヤンキーが座っている。一番、口調が荒々しく、格好も全身黒で怖かった。革ジャンの後ろには夜露死苦と書かれていてもおかしくないほど見た目も言動もヤンキーで、髪が短く刈り上げられている。おまけに剃り込みまで入っていてやっぱり怖かった。
 最後、俺から見て一番遠くに座っているヤンキーの髪はピンクだ。しかもピンクのロング。モデルのような綺麗な顔立ちをしているが、耳や口元にピアスがない代わりに、舌先が裂けている。俗に言うスプリットタンというやつで、口を開くたびに裂けた舌が見えて背中がゾワゾワした。
 そんな中、俺の横にはお馴染みの三島くんがいる。
 もはや猛獣の檻に放り込まれたような気分だ。平々凡々でごめんなさいと謝りたい気分である。

「お、俺、飲み物取ってきますね……」
「あっ、俺も行く」
「タカちゃん、俺コーラ」
「コーヒー」
「メロンソーダ」
「ダァァァ! もう! 自分で行け!」
「おいおい、兄貴分に口答えすんなや」
「俺は姉貴と関係ないんスよ」
「似たようなもんだろ」
「違う!」

 三島くんはブツブツと文句を言いながらもドリンクバーへ向かうと、カップを四つ分用意した。

「俺も手伝うよ」
「サンキュー。じゃあ、俺のやつ持っていってくんね? カフェオレの冷たいの」
「うん」

 グラスを用意し、代わる代わる飲み物をグラスに注いでいく。
 三島くんは淡々とドリンクバーを注ぎながら、ポツリと言葉を零した。

「なんか、悪かったな」
「へ?」
「お前もあんな奴等と絡みたくなかっただろ」
「そんなこと……。まぁ、ちょっと怖いけど」
「それな」

 三島くんが俺に歯を見せて笑う。
 あまり三島くんの笑うところは見れないから貴重だ。無意識なのか、三島くんはいつも怖い顔をしているからだ。もっと笑えば、みんなも怖がらないだろうし、顔も整っている方だから人も寄ってくるだろうに……とちょっと勿体なく思う。

「あの人たち、姉貴とタメの友だちなんだよ」
「お姉さんの……」
「姉貴、この春から東京の大学行っちまってさ。で、姉貴の友だちっつーか舎弟たちがこうして俺のところに来たってわけ」
「舎弟……たち……?」
「そ。姉貴、総長だったんだよ」
「ええええええ!!」

 今日一の声が出た。大声を上げた俺に、三島くんがビクッと肩を跳ね上げて驚く。急にどうした? とこちらを見る三島くんに、俺は興奮気味に捲し立てた。

「じゃあ、三島くんが総長なんじゃないかって噂は……」
「あー……噂? そんなんあんの? だとしたら、姉貴のことだな」
「お姉さんの……」
「そ。そのおかげで、ああいう友人ばっか集まっちまってさ」

 そう語る三島くんの口ぶりは迷惑そうではあるものの、優しい顔をしている。なんだかんだ可愛がられて育ってきたのだろう。こうして突然やってきたことに憤ってはいたものの、嬉しそうであった。

「そっか。じゃあ、三島くんの大切な人たちなんだ」
「まーな……。うるせぇけど」

 二人でグラスやカップを持ち、テーブルに戻る。
 さっき大声上げてなかった? と早速突っ込まれて、俺はなんでもないんです……と濁した。

「いやーでも安心したわ。タカちゃんに友だちできて」
「北高に行った奴等も心配してたよー。タカちゃんだけ緑桜行ったから」
「俺等からしたらタカちゃんは真面目で優秀だもんね〜」
「鷲宮もタカちゃんのことよろしくな」

 先輩たちがニコッと笑う。やっぱり見た目は怖いけど悪い人たちではないらしい。

「でもさ、タカちゃん見た目は怖いじゃん? 鷲宮くん、よく仲良くなろ〜って思ったね」
「えっと、三島くんとは隣の席で……」
「そうなんだ〜。あっ、もしかしてタカちゃんが猛プッシュした感じ?」
「は!? ちげーし!!」
「じゃあ、鷲宮くんが?」
「その……三島くんが教科書忘れたのがきっかけで……」
「ほら〜〜! やっぱりタカちゃんからじゃん。勇気だしたねぇ」
「昔は人見知りすごかったのにな」
「姐さんや俺等の後ろ、ついて回ってたのにねー」
「うるせぇ! 俺の話はやめろ!」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
「減るんだよ! 何かが確実に!」
「もう、タカちゃんのケチ〜」
「顔真っ赤だよ」
「うるっせぇ!!」

 ダンッ! と三島くんが強くテーブルを拳で叩く。その衝撃で、近くにあったグラスが何個か倒れた。

「あっ!」
「うお、」

 運悪く、ジュースやコーヒー、サービスで用意された水が俺と三島くんの方に溢れてしまう。特に被害を受けたのは俺だった。

「わりィ!」
「あーあ、タカちゃんやっちゃったー」
「タカ! 何してんだオメェ」

 三島くんがおしぼりを持って、ワイシャツやスラックスにかかったジュースやコーヒーを拭おうとする。だけど、シミが広がるばかりだった。

「タカちゃん、ファミレスでは暴れちゃダメって言われたでしょー」
「それじゃあ、鷲宮くんに嫌われちゃうよ〜」
「あー、もう!! 分かってるっての! 行くぞ、鷲宮」
「え?」
「俺等、もう帰る。ごちそーさんっした」
「ご、ごちそうさまでした……!」

 三島くんに手を引かれる形でファミレスを出る。
 三島くんは少し歩くと、こちらをくるりと振り返った。

「マジで悪かった」
「ううん。大丈夫。スラックスの予備あるし、クリーニングすれば大丈夫だよ。ワイシャツも新品がいっぱいあるし」
「けど……」
「だから、気にしないで?」

 三島くんを元気づけようと、努めて明るく笑う。本当に大丈夫だと念を押せば、三島くんも納得してくれた。

「……分かった」
「うん。じゃあ、帰ろっか」

 さっきの嵐のような騒がしさは何処へやら。静かな時間が流れる。ぽつぽつと会話を零しながら、穏やかな気持ちで歩いていたのも束の間、雨粒が鼻先を叩いた。

「雨……?」
「みたいだな。今日、晴れるって言ってたのに」

 二人で空を見上げる。
 ここから俺の家まではだいぶ距離がある。本降りになる前に間に合うだろうか……と思っているうちに雨脚が強くなっていった。三島くんと共にスクールバッグを傘がわりにして走る。

「鷲宮! 俺んちすぐそこだから寄ってけ!!」
「でも……」
「両親もいねぇし。服の詫びもしたいから」

 三島くんの申し出に躊躇っていると、遠くの空が光った。すぐにゴロゴロと空が唸る。

「雷も鳴ってるし、危ねぇから!」
「じゃあ、お邪魔します!!」

 雷雨に負けないよう、大きな声で三島くんの背中に向かって叫ぶ。
 さすがに雷雨の中、家まで走っていくのは俺としても避けたい。俺は三島くんの好意に甘えることにして、彼の家にお邪魔することにした。