「なぁ、紘、飯……」
「ごめん、今日はちょっとタカちゃんと約束してて……」

「紘、今日は一緒に……」
「今日はまだ課題が終わってなくて……」

 ここ最近、のらりくらりと三島くんからの誘いを交わしている。すべての誘いを断っているわけではないが、それでも二人きりになりそうなお誘いは避けていた。
 なるべく昼も教室で。あとは時々、孝晃との約束を入れてみたり、クラスに突撃してきた六堂たちと一緒に昼をとったり。
 帰宅時もなんだかんだと予定をつけて、ひとりで帰るようになった。朝ですら、三島くんと二人きりで過ごす時間がむず痒くて、わざと図書室などで時間を潰しているくらいだ。
 そんな俺の態度を三島くんがスルーしてくれるわけでもなく、ついには「俺、お前になんかした?」と彼からメッセージが送られてきた。それには明るいキャラクターのスタンプをたくさん送り、何もされてないよ、と返したけれど、躱し続けるのも時間の問題である。



「紘、今日こそは俺と昼行くぞ」
「えっ……あ……」
「昨日、約束しただろ」
「うん」

 三島くんに引っ張られ、いつもの屋上を目指す。
 階段を上がっていく後ろ姿をぼんやりと眺めながら、あぁ、やっぱり好きだな、と思った。
 広い背中も、周りに対して愛想がないところも、でも本当は優しくて面倒見のいいところも、ピアスがぶら下がりすぎてちょっぴり伸びた耳たぶも、綺麗に色素が抜けた金髪も。声も、視線も、俺に触れてくる手もぜんぶ好きで、気持ちを抑えられそうにない。その証拠に、俺は三島くんに近付かれるたび、頬が熱くなった。

「今日は久々の晴れだな」

 三島くんが屋上へと続く扉を開く。今日は久しぶりの晴れだ。梅雨時期が近付いていることもあり、ここのところ雨続きだったのだ。逆に俺は助けられたが、三島くんとしては屋上で昼を食べたかったらしい。
 俺たちはいつもの場所に陣取ると、二人で弁当場を広げた。

「やっぱ、外で食うのが上手く感じる」
「そうだね」
「なぁ、紘。もうすぐ期末テストあっから、また一緒に勉強しようぜ」

 三島くんからのお誘いに、俺はドキリとする。いずれ、誘われるだろうなとは思っていた。七月に入ったらすぐに期末テストがある。この前と同じようにテスト勉強をする流れになると思っていたが、こうも早く誘われるとは。
 俺は、どう返すべきか悩み、結局断りきれずに頷いた。

「うん。今回もよろしくね」
「よろしくってほど、俺はなんもしてねぇけどな」
「そんなことないよ。俺、夜鷹くんにはいっぱい助けられたし」
「お前の飲み込みが早いだけだって」

 三島くんがくしゃりと顔を崩して笑う。最近は、こういう笑顔を見ることが多くなった。三島くんの笑顔が大好きだから、見るたびに好きの気持ちが増す。

「あっ……紘、ここ、ついてる」
「えっ……」

 三島くんの手が伸びる。ふにっと、口の端に触れられて、思わずその手を叩いてしまった。

「あっ……」

 パシッと音がして、三島くんの動きも止まる。
 まただ。また、やってしまった。別に三島くんを避けたいわけじゃないのに。
 彼の表情がどんどん暗くなる。鋭い視線と、凍てつくような重たい空気。先ほどの表情とは打って変わって、三島くんの眉間に皺が寄った。

「……あのさ、何度も聞いてるけど、俺、お前になんかした? 明らかに俺のこと、避けてるよな?」

 三島くんからの確信を突く質問に、俺はハッと息を呑む。すぐに避けてるつもりはないと伝えるも、三島くんは薄っすらと冷たい笑みを浮かべた。

「ハッ、んだよそれ。俺のことは避けるくせに、幼馴染とは飯行ったり、六堂たちとは普通に過ごしたりすんだな」
「それは、みんな友だち、だから……」
「俺もお前のダチじゃねぇのかよ?」
「そう、だけど、そうでは……なくて……」
「あ゛? そうではないってなに?」
「ご、ごめん……」
「別に謝ってほしいわけじゃねぇ」
「……っ」
「……あーそう。俺は友だちじゃなかったってか」
「ち、ちがっ!」
「もういい。気分悪いわ」

 三島くんはチッと舌打ちをすると、乱暴に弁当箱を片付け、俺を置いてベンチを立ってしまう。待って、と掴もうとした腕を避けられた。

「じゃあな、鷲宮」
「……っ!」

 感情の籠もっていない目で一瞥されたのち、三島くんが去っていく。
 早く、追いかけなくちゃ、と思うのに、身体が動かなかった。ベンチに縫い留められたように身体が動かなければ、喉もカラカラでうまく声が出ない。今すぐにでも彼の名前を呼んで、追いかけたいのに。

「よだか、くんっ……」

 まるで俺の存在を彼の中からシャットアウトするかのように鷲宮と呼ばれた。これでは話し掛けられる前に逆戻りだ。こんなつもりではなかったのに。

「最悪だ、俺」

 三島くんにあんな顔をさせてしまった。酷いことを言わせてしまった。
 ぎゅうっと噛み締めた下唇が痛い。でもきっと、三島くんはもっと痛い思いをしている。

 それからの俺は、ただ呆然と予鈴が鳴るまで屋上のベンチに座っていた。