天体観測後は全員疲れてしまい、結局ゲームをすることなく俺たちは眠ってしまった。終わった時間が遅かったこともあるが、六堂が静かになったこともあり、さっさと寝ようということになったのだ。
 たぶん、そうなった原因は伊吹さんと坂木との一件を見たからだろう。俺も告白の行方がどうなったのか気になりはしたものの、自分自身のこともあり、聞けずじまいだ。

「……紘。起きろ」
「うん……。もうちょっと……」
「ひーろ」
「ん……まだ……」

 身体を揺すられて、んん、と眉間に皺を寄せる。
 昨日は遅くまで眠れなかった。というのも、俺と三島くんの布団が真横にピッタリとくっつけられていたからだ。
 バーベキューを終えて部屋に戻って来たとき、布団が敷かれているなーとは思っていたけれど、そのときはあまり気にしていなった。でも、気持ちを自覚してからだとそうもいかない。
 三島くんは何も気にせず隣に寝転ぶから、俺は叫びそうになった。人ひとり分のスペースがあるとはいえ、横を向いたらすぐ傍に三島くんがいる。
 寝相には自信がないし、知らず知らずのうちに三島くんのところへ行ってしまったら……と気が気でなかった。
 そんなわけで眠れぬ夜を過ごしたはずだったが、気付いたら寝落ちてしまったらしい。俺は、もうちょっと寝かせて……と布団に潜り込んだ。

「朝飯、いらねぇの?」
「いる……」
「だったら起きろ」
「でも……」

 むにゃむにゃと言い訳を並べて、肩を揺らす腕を布団の中に引き込む。
 うわっ、と短い悲鳴が聞こえたのと同時に目を開けたら、至近距離に三島くんの顔があった。

「わーーーっ!!」
「うるせぇ! お前が引き込んだんだろ」
「ご、ごめんなさい……」

 掴んでいた手を離す。
 朝から刺激が強すぎた。また布団の中に逃げ込みたい気分である。

「六堂たちは先に朝飯行ったぞ」
「そうなんだ……。待たせてごめんね」
「別に待ってねぇ」
「でも、起こしてくれたし……。ありがとう」

 布団から出て、急いで顔を洗い、身支度を整える。寝癖がついていたが、直す時間はなさそうだ。ふわっとあくびをしながら、朝食会場へ向かう。

「紘、寝癖やべーぞ」
「へ?」
「ほら、ここ」
「……やっ、」

 三島くんの手が伸びて、俺の髪を撫でつける。だが、咄嗟にその手を振り払ってしまった。驚いたのか、三島くんが大きく目を見開く。

「ごめん。ちょっとびっくりして……」
「あぁ……」
「ほら、行こう。六堂たちが手、振ってる」

 朝食会場はバイキングスタイルだった。六堂たちと合流し、寝坊助だと揶揄われながら席に座る。
 六堂と坂木が向かい合って座っていたため、俺は六堂の隣に座った。

「ヒロ、目の下にクマできてる」
「昨日、あんま眠れなくて……」
「なに? 三島の隣で緊張した?」
「ち、違うよ! 寝付けなかっただけ」
「どーだか」

 早速、ニヤニヤと笑いながら弄ってくる六堂に詰め寄る。幸いにして三島くんは席にはつかず、トレーを持ってバイキングの方に向かっていた。

「俺も、ご飯とってくる」
「いてらー」

 俺もトレーを持ち、皿におかずやパンを乗せていく。ちらりと見た三島くんのトレーはご飯中心に組み立てられていた。朝はご飯派らしい。というより、パンだとお腹が持たない的なことを言っていたから、純粋に腹持ちのいいご飯を選んでいるのかもしれない。
 俺は一通り食べたいものをトレーに乗せると、六堂たちのいる席に戻った。

「なーんか、あっという間だよな。合宿」
「一泊二日しかないし、やることと言えば天体観測だし、そんなものじゃない?」
「それな」
「三島も悠人もドライすぎる! もっと名残惜しさを出せよ!」

 昨日の静かさは何処へやら、六堂が朝からギャーギャーと騒ぐ。もしかしたら、彼の中で何か決着がついたのかもしれない。それは、俺には分からないことだけれど。
 でも、六堂の言うことも坂木の言うことも本当なのだとしたら、この二人はお互いに重たい感情を抱えている。いつかそれを明かすことができれば、上手く行くのではないかと思った。

「チェックアウトが十時までで、九時半にはエントラスへ……ってメッセージがきてたから、みんな遅れんなよ」
「マジ? もうあと一時間もねーけど」
「篤は朝から食い意地張りすぎ」
「だって! まだまだ食べたりない!」

 六堂が口いっぱいにパンを詰め込み、牛乳で流し込む。
 俺も三島くんも黙々と食べ続け、先に部屋へ戻った坂木を追いかける形で朝食会場を後にした。

 そうして部屋に戻ると案の定というべきか、急いで支度をしたため布団の周りは大惨事で、急いで寝間着やタオルなどを鞄に詰め込む。その際、大量に買い込んだお菓子やジュースはすべて三島くんと分けて鞄にしまった。そのせいか、鞄が来たときよりもずっしりと重い。

「忘れ物ねーか?」
「大丈夫」

 最後にみんなで忘れ物がないかを確認して部屋を出る。
 エントラスに向かうと、既に俺たち以外の部員と日野先生が揃っていた。鍵はまとめて返すとのことで、部長が手続きをしてくれる。

「みんな、初めての天体観測は楽しかったかな?」
「楽しかったっス!」
「また、予定が合えば行きたいです」
「そうか。だとすると、夏休みかな? 夏はもう少し長く泊まることも可能だ。だが、その前に期末テストがあるから頑張るように」
「うわあああ忘れてた!」

 六堂が頭を抱える。青い顔で、坂木に泣きついていた。

「俺も頑張らないとだ……」
「また勉強会、しよーぜ」
「なになに? 二人でそんなことしてんの?」
「こーら、お前はすぐ突っかからない」

 坂木に首根っこを掴まれた六堂がブーブー文句を言っている。
 相変わらず、五月蝿い六堂を中心にやいのやいの言いながら、俺たちは最初に来た道を戻った。駅に着いたときに出た改札を再び通り、反対側のホームに停まっている電車に乗り込む。
 本当にあっという間だった。楽しかったし、また行きたい気持ち半分、自分の気持ちに向き合う旅にもなったため疲れた気持ち半分。
 俺は無意識のうちにため息をついていた。

「紘、寝るか?」
「うん。ちょっと寝ようかな……」

 行きと同じようにボックス席に座り、身体を落ち着かせる。俺は揺れる電車の心地よさに身を任せ、目を閉じることにした。だが――

「肩貸す」

 三島くんから、ナチュラルに頭を引き寄せられてびっくりする。俺は眠気どころではなく、彼から身体を引いた。

「紘?」
「ごめん。急だったからびっくりして……。その、俺は大丈夫だよ。長い時間、肩を借りるのは悪いし……」
「んな遠慮すんな」
「本当に大丈夫だから」

 迫ってくる三島くんの身体を押し返すように、両手でバリアを作る。それを見ていた六堂がケラケラと笑った。

「三島、しつこいと嫌われるぜ?」
「しつこいつもりはねぇ」
「ヒロ、嫌がってんじゃん」
「嫌がってはないよ……!」

 六堂と三島くんが小競り合いを始める。こうなると収拾がつかなくて、終始最寄り駅に着くまで四人で喋っていた。





 ◇◇◇

「あーっ! やっと着いたー!」
「お前、帰るときは名残惜しいとか行ってたくせに」

 六堂の矛盾した言葉に、すかさず坂木がツッコむ。
 帰りは行きよりも早く着くように感じるらしいが、それでも電車の中で座りっぱなしでいるというのは身体に堪える。六堂の相反する気持ちも分からなくはなかった。

「さて、みんなお疲れ様。今日はここで解散だ。帰るまでが合宿、ということでくれぐれもハメを外しすぎないように。気を付けて帰って欲しい。では、解散!」

 日野先生の挨拶を合図に部員たちが散っていく。一年の女子部員たちはこのまま昼を食べてから帰るそうだ。相談するときの声がちらりと耳に入ってきた。

「俺等はどうする?」
「俺はどうせ家に誰も居ないから、帰りがてら飯食って帰る」
「んじゃ、俺も一緒に行く!」
「紘は?」
「俺は遠慮しとこうかな」

 せっかくならみんなでお昼寝ご飯を食べてから帰りたいところだが、かなり疲れているのも確かである。それに、気持ちが疲れていた。ちょっと三島くんと距離を取りたい。気持ちを落ち着かせる時間が欲しい。
 そう思って断ったのだが、あろうことか三島くんは「紘が帰るなら一緒に帰る」と言い出した。

「あ、あの、夜鷹くん。今日はひとりで帰るよ」
「は? なんで?」
「えーっと、あの……その…………あっ! 親にちょっとお遣い、頼まれてて……」
「お遣い? だったら付き合う」
「いや、さすがに悪いから! 俺ひとりで行くよ!」

 有無を言わさぬよう、じゃ! と手を降って走り出す。
 感じが悪いのは百も承知。だけど、俺もなりふり構っていられなかった。

「あーあ、振られてやんの」
「うっせぇ、消えろ」
「ひっでぇな。お前、本当ヒロのことばっかだよな。それって高校で初めてできた友だちだから?」
「……そんな薄っぺらい理由じゃねぇ」

 駅前の交差点を渡りきり、三人の様子が気になって、ちらりと彼等の方を振り返る。六堂が三島くんの肩に手を置き、なにかを話しているようだったが、俺のところまでは聞こえなかった。