「おはようございます。全員、揃ってるかね?」

 土曜日の昼、俺たち天文部員は約束の場所である駅前に集合していた。
 天気は快晴だ。この天気は今日から明日の夜にかけて持つそうで、既に初夏を引き連れてきたような太陽がジリジリと肌を焼く。半袖で来て正解だったな、と腕を擦っていると、坂木が横から何かを差し出してきた。

「日焼け止め。いる?」
「いいの?」
「みんな使うかなと思って、多めに持ってきた」

 さすが、坂木だ。彼はかなり面倒見がよく、六堂のストッパー役として機能している節がある。その面倒見の良さは六堂のみならず、みんなのお母さんみたいだ。昨日もわざわざ集合場所や時間をメッセージアプリでリマインドしてくれた。
 そして案の定というべきか、六堂が時間を勘違いしていた! と騒ぎ出す始末で、なんと此処まで来るのにわざわざ坂木が六堂のことを迎えに行ったそうだ。スタートからこれでは先が思いやられそうだが、坂木としては日常茶飯事らしい。特に嫌な顔をするでも、疲れた顔をするでもなかった。

「さて、今日から一泊二日の天体観測合宿だ。今日から彼女たちも入るからよろしくな」
伊吹咲乃(いぶきさくの)、一年です。写真部との兼部で時々しかこれませんがよろしくお願いいたします」
「同じく、一年の深瀬葵(ふかせあおい)です。私は英会話部との兼部です。よろしくお願いいたします」

 新たに入った女子の新入部員が挨拶する。二人共、見たことがない顔だった。伊吹さんはロングヘアで身長が高い。一方の深瀬さんはショートヘアで快闊な喋りなこともあり、明るそうな性格だ。
 まぁ、女子二人が入ってきたところで、俺とは接点がないだろうし、喋ることもないだろうけれど。

「俺は林です。部長やってます」
「私は佐藤です」

 現メンバーも簡単に挨拶を済ませ、乗る予定だった電車に乗る。行き先は少し離れた行楽地だ。小高い山になっており、牧場などもある自然豊かな場所で、俺も昔は近くの宿に泊まったことがある。
 昔から合宿に行く際は同じ宿を利用しているとのことで、先輩たちはかつて行ったことがあると言っていた。

「つか、なんでボックス席なんだよ」

 三島くんがげっそりした顔で言う。
 社内は号車によってボックス席だったり、よくある縦に長い席だったりする。何故か六堂に引っ張られ、俺たちは男四人でボックス席に座る羽目になった。荷物は棚の上に置いてあるとはいえ、男四人も向かい合って座るとかなり狭い。おまけに乗り換えはなく、このまま目的地まで行かねばならない。三島くんは六堂の五月蝿さを今から想像したのか、苦い顔をしていた。

「だってー。電車と言えば、みんなでおやつ食べならがらお喋りだろ」
「小学生かよ。つかここ、新幹線じゃないんだぞ」

 ほぼ俺達しか乗っていないとはいえ、一応在来線だ。お菓子を開けるのは少々憚られる。

「篤、おやつは宿に着いてから」
「……はーい」
「坂木はコイツの親かよ……」
「悠人は昔からしっかりしてるからな」
「いや、ツッコむところそこじゃねぇ……」

 三島くんがため息をつく。これから約一時間ほどこの状態だと思うと可笑しかった。三島くんの我慢が持つか見ものだ。

「てか、お前なら真っ先に女子のとこ行くと思ってた。同じクラスなんだろ?」
「そんな人を軽い奴みたいに言うなよ。まぁ、同じクラスだし、仲はいいんだけどさー……」

 六堂が含みを持たせた形で言葉を切る。何か特別な理由があるのかと思いきや、急に体をくねくねとさせた。

「改まって女子と話すのって恥ずかしいじゃん!?」
「は?」
「それに、たぶんあの子たちの目当ては別だと思うし……」

 六堂が悩ましげなため息をつく。騒いだり焦ったり冷静になったりと忙しい。見ている分には面白いが、純粋に疲れないのかと気になった。

「ま、俺等は俺等で楽しもうぜ!」
「勝手に俺たちを巻き込むな」
「ンだよ。ヒロは俺と一緒に楽しんでくれるよな?」
「もちろん」
「紘、こんな奴、相手にすんな」
「うぅ、悠人〜! 三島が俺のこと虐める……」
「よしよし篤。仕方ないからひとりで楽しみな」
「え!? お前は俺と一緒に居てくれねぇの!?」

 突如、梯子を外された六堂がメソメソと泣き真似をする。坂木は面倒見がいい一方で、少々ドライなところもあるようだ。
 なんだかんだ、四人で話しているうちに景色が変わっていく。街から自然豊かな田園へ。そして、山肌が迫ってきた。

「そろそろ降りるから準備してー」

 副部長に言われ、みんな座席を立ち、荷物を棚から降ろす。
 電車から降りると、さすが小高い山にある行楽地というだけあって、空気がひんやりとしていた。半袖でいても寒くはないものの、夜は長袖が必要だろうなと思う。 
 俺たちは、駅から十分ほど離れた宿を目指した。

「てか、お前等の鞄、同じじゃね?」
「本当だ。たまたま?」
「いや、一昨日、夜鷹くんと買ってきたんだ。二人ともちょうどいい鞄がなくて……」

 目敏くお揃いであることに気付かれ、購入したときは感じなかった恥ずかしさに頬が熱くなる。だが、特にイジられることもなく、仲良しだね、と坂木に言われた。

「さて、ここが今日からお世話になる宿だ。部屋を纏めて取れなかった関係上、女子は三人で一部屋。男子は一年で一部屋。私と林くんで一部屋だ」

 一年で四人部屋だと聞いた三島くんがまた暗い顔をする。さすがに一人一部屋は無理だと思っていたが、四人纏められるとは思っていなかったのだろう。六堂は楽しくなりそうだと言っていたが、三島くんは逆に疲れ切った表情をしていた。

「夕方五時までは自由時間。夜は天気もいいし、外でバーベキュー予定だ。この宿泊場の横にバーベキュー場があるから、五時になったらバーベキュー場に集合。夕食の後は各々入浴を済ませてもらって、また九時半にはエントランスに集合してくれ。みんなで集まって、少し先にある展望台へ行く」
「展望台があるんですか?」
「あぁ、ある。俺たちも一年のときはそこで星を見たんだ」
「すっごく綺麗だよ」

 先輩たちは過去の歓迎会兼合宿で行ったことがあるのか、そのときのことを思い出し、話をしてくれる。
 くれぐれも時間には遅れないようにと言われた後、解散となった。
 部屋はみんなバラバラなのか同じ階にはなく、それぞれ割り当てられた鍵の番号がかなり飛び飛びになっていた。宿はそこまで階層が高くないものの、横に長い作りになっている。お互いの部屋を行き来する理由はないものの、何かあったときは少々不便だ。

「ここ、上に大浴場があるらしいぜ! みんなで行こう! っていうか、荷物置いたら即行こう」

 六堂が受け取った鍵をくるくる回しながら上機嫌で先頭を歩いていく。
 見た目の通り廊下が長く、ちゃんと部屋の位置を覚えていないと迷子になりそうだ。行楽地にある宿泊施設なだけあり、歴史を感じる外観ではあるものの中はリノベーションされて綺麗になっている。ハイシーズンになると家族連れが多くなるのか、部屋数はたっぷりあった。

「俺はパス」
「俺もパスかな……」
「風呂入ってもバーベキューしたらまた匂いがつくからパス」
「悠人まで!?」

 二回入ればいいじゃん、と六堂がゴネる。そんな六堂をあやしながら、俺たちは今日から一泊する部屋に辿り着いた。

「開けるよ。せーの!」

 六堂が鍵を開け、部屋の扉を開く。部屋もリノベーションされているのか、古臭さは感じなかった。手前が和室で、奥が洋風な作りになっている。和室の方にテレビやテーブルなどがあった。洋室にはベッドが二つ。ここにいるのは四人だから、ベッドで眠れるのは二人だけだ。

「こりゃあ、じゃんけん勝負しかねぇな!」
「俺はどこでもいい」
「俺はちょっと布団で寝てみたいかも……」

 家ではいつもベッドで寝ている。記憶にある限り布団で寝る機会がなかったから、体験してみたい気持ちもある。

「じゃあ、鷲宮と俺で布団に寝るか」
「却下」
「なんで!? 話がまとまりそうだったのに」
「お前の隣で寝るのは五月蝿そうだから」
「ひどくね!? まぁ、個人的には悠人が隣の方が安心はするけど」

 話が振り出しに戻った。結局、三島くんもこだわりはないとのことで、俺たちが布団を敷いて眠ることになった。

「俺、暇だし風呂行ってくるわ。悠人も行こーよ」
「……分かった」

 六堂の駄々に折れたのは坂木だった。時間まで一時間以上あるため、風呂へ行っても十分、バーベキューの時間までには戻ってくれるだろう。
 残された俺たちは特にすることがなく、外を少し散策することにした。

「此処、ちょっと肌寒いね」
「アレ、買っといて正解だったな」

 アレとはこの前、三島くんと共に買ったウィンドブレーカーだ。今は半袖でも大丈夫だが、夜は厳しいだろう。買い足しておいて正解だった。

「見て! 此処から散歩コースだって。しかも牧場まで繋がってる」
「そっちまで行ったら戻れなくなんぞ」
「それもそうか……」

 少し残念だ。牧場までは歩いていけるが、ここから二十分ぐらいはかかると書かれている。往復した上でバーベキュー場まで行くとなると時間がギリギリになりそうだ。バーベキュー場は宿泊施設の横にあるが、建物が横に長い分、距離がある。また、牧場がある方向とは逆にあった。

「仕方ない。お土産でも見よっか?」
「おう」

 せっかく外に出てきたが、渋々中へ引き返すことにして、館内にあるお土産屋さんを物色する。御当地のお菓子や食べ物などが並んでいるが、同じ地元なのでイマイチ食指が動かなかった。
 ご当地土産よりもいつも食べる菓子類などの方が惹かれてしまう。

「みんなお菓子食べるかな?」
「やめとけ。アイツに全部食われるぞ」
「でもさ、天体観測し終わったあと、お腹空きそうじゃない?」

 天体観測が終わったあともすぐには寝ないだろう。どうせ馬鹿騒ぎするはずだ。六堂ならトランプあたりは持って来ているかもしれない。そのとき、ジュースや菓子類があったほうがより楽しめそうだ。

「俺、少しだけ買っていこうかな」

 小さなカゴを持ち、菓子や大きなペットボトル飲料を中に入れる。すると、突然腕が軽くなった。

「貸せ。俺も少し買う」

 少しと言いつつ、三島くんがどんどんカゴに菓子を入れていく。気付いたらそれなりに買い込んでいて、たまたま土産を見に来ていた日野先生に夕飯もあるからほどほどにと釘を刺された。

「たくさん買ったね」
「どうせ四人もいたら全部食うだろ」

 一度部屋に戻り、購入したものを置いて、また館内の外に出る。まだ日は落ちきっていないものの、だいぶ空はオレンジ色に染まっていた。

「さて、集まったかな?」
「六堂と坂木がまだです」

 そう言えば部屋に戻ったとき、まだ二人が戻ってきたような形跡がなかった。もしかして、まだ風呂に入っているのでは……と心配していると、遠くの方から六堂の声がした。

「すみませ〜ん! 遅くなりました!」
「すみません」

 二人が息を切らしてやってくる。ホカホカと温かそうな雰囲気を漂わせていた。髪もドライヤーをかけたばかりなのか、ふわふわしている。

「風呂場がちょっと混んでて」
「遅刻すんな、バカ」
「だってぇ……」
「大丈夫。ほぼぴったりだから」
「よし! これからバーベキューを始めるぞ!」

 部長の一声で、バーベキューが始まる。
 既に必要な機材は揃っており、食べ物もバーベキュー用にカットされたものが用意されていた。あとは火を起こして焼くだけだ。
 男性陣で火を起こし、パタパタとうちわで炭を扇ぐ。ある程度、炭が燃えてからバーベキュー台に網を置いた。

「よっしゃ! 焼くぞ!!」

 早速、六堂が肉とトングを持ち、網の上に肉を置いていく。てっきり食べる専門かと思いきや焼く側らしい。俺も焼くのを手伝おうとしたが、それよりも早く三島くんが動いた。慣れた手つきで、野菜やその他のものを開いたスペースに置いていく。

「手慣れてるね」
「うち、昔は家でバーベキューしてたからな」
「あー、お姉さんたちと?」
「そ。アイツ等と。めっちゃ肉、焼かされた」

 お姉さんの指示のもと、こき使われる三島くんが容易に想像できる。きっとその頃から面倒見の良さや要領の良さを身に着けたんだろうなぁ、と微笑ましい気持ちで見ていたら、先に焼いていた肉が食べ頃になっていた。

「みんな取ってて! 焦げる!!」
「バカ、一気に焼くからだろ!」

 取り切れなかった分を空いてる皿に三島くんが回収していく。こうしてると、三島くんと六堂は息がピッタリに見えた。

「息ピッタリ」

 そう思ったのは俺だけではないらしい。坂木も同じことを思ったのか、ボソッと呟いた。

「分かる。二人共、息ピッタリだよね」
「夫婦漫才できそうな勢い」
「夫婦って……」

 まぁ、分からなくもないけれど、三島くんは嫌がりそうだ。
 そんなことを思いながら肉を食べてると、深瀬さんが三島くんの方に、伊吹さんが六堂の方に近付いた。

「私たちが焼くの変わりましょうか?」
「あ? 別にいい」
「俺も大丈夫! 座って食べてていいからね」

 六堂はともかく、三島くんは相変わらずの素っ気なさだ。深瀬さんがシュンと肩を落としている。ここでデレデレされるのも釈然としないが、このままなのも見過ごせなかった。盛られた肉を食べきり、三島くんのところへ向かう。

「三島くん! 食べてないだろうから俺、変わるよ!」
「……篤、俺も変わる」

 俺も坂木も問題無用とばかりにトングを強引に奪う。坂木は伊吹さんと深瀬さんの方に向き直ると、柔らかく笑った。

「焼くのは俺たちでやるよ。服に煙の匂いがついちゃうし」
「それに、火傷とか危ないしね」

 三島くんと六堂に変わってフォローを入れる。すると、彼女たちも納得してくれたのか、ありがとうと言って戻ってくれた。

「……なるほど、そういう配慮がモテるわけだ」
「別にモテてないし、女子ウケ狙ったわけじゃないよ」

 六堂の茶々入れに坂木がばっさりと返す。それでも六堂は感心していた。

「いや、モテるでしょ。あの子ら、悠人目当てで入って来てるから」
「そうなの……?」
「この際だからバラしちゃうけど、坂木くん入る? って聞かれたし」
「え、すごい……!」

 恋愛漫画とかにありがちな展開だ。素直にすごいと褒めるも、坂木の顔は浮かばれない。

「そういうふりして篤に近付いてるんじゃないの?」
「いやいや、それはないだろー」
「ほら、早く肉食え」

 この話はしまいだとばかりに坂木が六堂の皿に肉を盛る。俺も焼けた肉や野菜を三島くんの皿に盛った。

「飲み物と箸はあっちにあるから」
「おう」

 二人が少し離れた椅子に腰掛ける。そこに、彼女たちも移動してくるのを横目で眺めた。

「……アイツ。鈍いんだよなぁ」

 坂木が淡々と肉を焼きながら言う。何が? と尋ねるほど俺も野暮じゃない。

「俺をダシに近付いてきたに決まってるのに」

 坂木の声には冷たさがある。女子に言い寄られている状況に対して嫉妬したり羨んだりしているというよりは、鈍すぎる六堂のことを責めているようだった。

「ま、鈍くて助かることもあるけど」

 坂木がほんの少し口角を上げる。俺は坂木が六堂に対して抱える気持ちの大きさを、垣間見た気がした。