テスト期間はあっという間だった。
 図書室や放課後の教室、互いの家。場所を変え、三島くんと励まし合いながら勉強して臨んだテストはかなり手応えがあった。特に苦手な数学に関しては、今回かなりいい点が取れそうだ。

「やーっと終わったー!!」

 昼休み。三島くんと共に屋上で弁当を広げる。相変わらず、屋上にはほとんど人がいなかった。それでも、ポツポツと人が戻って来るようになっただけマシである。
 以前は三島くんが占領していたが、俺と二人で来るようになってから案外怖くないのかも……と判断した先輩たちが戻って来るようになったのだ。
 俺としてもその方がいい。二人だけでこの広い屋上を占領するのは後ろめたさがある。

「テスト終わりに食べるからか、いつもよりパンが美味しく感じる」
「それな」

 今日は二人共パンだ。テストの日でも購買だけは開いていたのだ。というのも三年生の場合、生物や化学、物理、地理、倫理……と受ける教科が増えていく。そのため一年生は午前で終わりだが、三年生は午後もテストがあった。
 俺たちはこのまま帰ってもよかったが、せっかくならとパンを買って、昼を食べてから帰ることにした。

「来週は合宿もあるし、楽しみだね」

 テストが終わった週の土日は、天文部で新入生歓迎会を兼ねた合宿をやることになっている。
 今回は全員参加になるらしく、なんと入部するか迷っていた女子二人も参加するそうだ。随分、賑やかな合宿になりそうだと今からワクワクしている。

「アイツ等も来るんだろ? 今から不安しかねーわ」

 三島くんが言うアイツ等とは六堂と坂木のことだろう。あれからテスト勉強などもあり、部室に顔を出せていなかったが、二人も元気にやっているらしい。そのことはメッセージアプリでのやり取りで知っていた。

「六堂のやつ、もう少し大人しくなんねぇのか」
「いつもスタンプいっぱい送ってくるよね……」

 どうも構ってほしがりなところがあるのか、常にメッセージのやり取りが続いている。少し前までは合宿費のことやテストの話題で持ちきりだった。

「でも、賑やかなのはいいことだし」
「そうかぁ? うざくてたまんねぇわ」
「夜鷹くんはちゃんと返す方だもんね……」

 俺と三島くんのやり取りはさっぱりしている。必要なこと以外は連絡を取っていないけれど、お互い適当に流すということもしなかった。負担にならない程度の連絡ペースは煩わしくはないものの、少々物足りなさも感じる。暇なときにふらっと連絡を取るのには、まだハードルが高かった。

「てか俺、旅行用鞄がねぇんだよな……」

 ふと思い出したかのように三島くんが言う。そう言われてみると俺もちょうどいいサイズのものがない。
 キャリーケースでは大きすぎるし、手持ちのボストンバッグも小さめだ。星の観察には何かと入り用のものが多いらしい。天体望遠鏡や天体写真を撮るためのカメラなど、基本的なものは部室にあるが、そのほか個別で用意したい人は持ってくるように言われている。また、五月末とはいえ夜は冷える可能性があり、防寒用のジャケットやブランケットなど、人によっては用意するように言われていた。

「今日、このあと買いに行く? 俺もいろいろ用意したいし……」

 直前で慌てるのは避けたい。もう明後日の午後には出発だ。明日の放課後か、当日の午前中に用意できなくもないが、それだとギリギリになってしまう。あり物で済ませるのも手だが、どうせならこの機会に買い足したかった。

「行くか。どうせこのあと暇だし」
「うん!」

 そうと決まれば急いでパンを食べ、バタバタと帰り支度をして学校を出る。
 三島くんと放課後に遊びに行くのは何気に初めてだ。怖い先輩たちに呼び出されてファミレスに行ったり、テスト勉強と称して互いの家に行ったりしたことはあるものの、今日みたいにただ買い物をするという名目で放課後を過ごすのは初めてである。
 これが所謂、友だちと放課後に制服のまま遊びに行くってやつでは……? と心が躍った。中学のときは行動範囲が狭かったが、高校生であれば、少々の遠出も大目に見てくれる。
 俺たちは駅へ向かうと、貸し切りに近い状態でホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。

「電車に乗るの久しぶりだ……」
「分かるわ。俺もあんま乗んねーし」
「電車通学とか憧れるなぁ」
「そうか? 面倒じゃね?」
「でもさ、友だちと電車に乗って登校するのもよくない?」

 三島くんと二人、毎朝同じ電車に乗って通学するのも悪くない気がする。生憎と高校は同じ市内だし、二人とも徒歩で通える距離に家がある。だから、電車通学は夢のまた夢だけれど、こうして電車に揺られ、気持ち長く一緒の時間を過ごすのも悪くないなと思った。
 そんな妄想をしながら彼の隣で肩が触れるか触れないかの距離で電車に揺られていると、段々と頭がふわふわしてくる。ついぞ頭がかくんと落ちかけて、ハッとして隣を見た。

「ごめん、寝かけた……」
「いいぜ。寝とけよ。まだかなりかかるし」

 三島くんに頭を引き寄せられる。あっ、と思っているうちに、三島くんの肩に頭を預ける形になっていた。

「こっちに凭れとけ。首、痛くなんだろ」
「いいの……? でも重くない?」
「そこまでヤワじゃねーわ。いいから素直に俺の肩、借りてろ」

 まったく重さを感じないわけではないだろうに、それでも自信たっぷりに言い返されてしまうと、俺としても引くに引けない。ここは素直に、三島くんの肩を借りることにした。

「……ふふ」
「なに笑ってんだよ……」
「だって……夜鷹くんにここまでしてもらえるなんて、思ってなくて…………」
「ンだそれ」
「夜鷹くん……最初は見た目がちょっと……こわかったし……友だちになれるかな、って不安……だったんだ……」

 窓の向こうの景色がゆっくりと流れる。
 心地よいリズムで揺れる電車と、触れ合ってるところから伝わってくる温かさに、段々と瞼が重たくなってきた。またしても頭がふわふわして、呂律すらも上手く回らない。

「おれ、夜鷹くんと仲良くなれてよかったなぁ……」
「…………」
「友だちになれて、ほんとに……よかった……のに……」

 さいきん、君のそばにいると、ふしぎなきもちになるときがある……。

「……それって、どんな?」

 どんな……?
 どんなふうなんだろう。どきどきしたり、あせったり、よく分からない。

「それ、俺も、って言ったら、お前どうすんの……?」

 どうする……? 
 たしかに、どうするんだろう、おれ。

 あぁ、ダメだ。意識が飛びそうだ。頭の中で考えていることなのか、それとも喋っている言葉なのか、自分でもよく分からない。
 寝やすい位置に頭を動かして、三島くんの肩に頬を寄せる。気付いたら、そのまま目的地まで眠っていた。