火曜日。降り続いていた雨がやっと上がった。
 朝にはまだ空を覆っていた分厚い雲が、徐々に東へ東へと流れて、昼休みには少しばかり晴れ間が見えはじめていた。
 放課後に話そう、と、花井がテキストメッセージで伝えてきたのは、その時間帯だった。
 俺も花井もいつものようにそれぞれ別の友人と学食で昼食を摂っていて、席も近くはなかったから顔を合わせることはなかったし、きっと念を押しておきたかったんだろう。
 もしかしたら、また逃げるんじゃないかと思われていたのかもしれない。もうそんなつもりはなかったけど。
 そして放課後を迎えたいま、窓から差し込んだ光が、教室を照らしている。

 花井の席のひとつ前のやつが帰るのを待って、俺は自分の席からそっちに移動した。
 少しずつ、教室から人が減っていく。きっと、もうそろそろ二人きりになる。
 椅子の向きを百八十度ぐるりと変えて、机を挟んで花井と向かい合った。

 三日ぶり。少し、緊張する。

「話そうっつーから、とりあえず来たけど。なんか買ってくる?」

 俺の問いかけに、花井は軽く微笑みながら首を振った。

「今日はいい。必要ないから」

 必要ないっていう、その言葉が胸の奥でやけに響いた。
 あの日、こいつが「もう終わりにしよっか」と言ったのも、まだ耳に残っている。
 そっか……そう言ってたもんな。
 もうああいうことはしないから、いらないってことだよな……。
 花井には気付かれないようにそっと、俺はため息をついた。
 それから、気を取り直して、また口を開く。

「こないだ、悪かった。急に帰ったりして」
「……いーよ」

 花井はわずかに頷き、優しい表情で言葉を続けた。

「そうさせたのは結局おれなんだって、分かってるから」

 花井の表情からは、ほんとに何も責めてないんだってことが分かる。告げられた言葉の意味のほうは、いまひとつ、よく分からなかったけど。

「話さなきゃいけないことは、いっぱいあるけど……まず何から話そうかな」

 いつの間にか教室にはもう、他に誰もいない。閉じられた静寂の中、さっきから俺たちの声だけが静かに響いている。
 花井は一瞬だけ目を伏せ、少し考える素振りを見せてから再び俺を見た。

「おれちゃんと真面目に話すのあんまり慣れてないからさ、うまく伝えられるか分かんないし、もしかしたら怒らせたりするかもしんないけど。もしおれの言葉に途中で気を悪くしたとしても、でも今日は思ってることみんな渋沢に話すから、我慢して最後まで聞いてほしいんだ」

 その言葉には、かすかに不安が含まれているようだった。
 それでも、花井は俺を真剣に見つめている。俺も、その視線に応えるように小さく頷いた。

「わかった」

 花井の瞳が、ほっとしたように僅かに和らいだ。

「……そんで渋沢も、できれば正直な言葉をおれに聞かせてほしい」

 続けて告げられた言葉に、喉がつまるような感覚を覚える。
 覚悟を決めて、また頷く。
 花井は少し言葉を探すようなそぶりを見せて、それからためらいがちに口を開いた。

「渋沢こないださ……すきって言ってくれたじゃん」

 正直に言え、つって……そんでいきなり核心突いてくんのかよ、と。
 予想はしていたものの、少したじろいだ。
 でも、腹の底に力入れて、踏みとどまる。
 顔見てちゃんと話したいって、花井がメッセージを送ってきたから。
 それに応えようとして、だから俺は今ここにいるんだ。

「あれって本気……?」

 花井の言葉に、呼吸を整える。視線は外さずに。

「これ言ったら、おまえのこと困らせるのかもしれないけど。でも、おまえが正直に言えって言うなら……」

 そこで一度言葉を切って、それから覚悟を決めた。

「本気。俺おまえのこと好き」

 俺のその言葉に、花井は微笑んで、少し照れくさそうに視線を伏せた。
 顔は笑ってたけど、でもなんとなく一瞬、こいつ泣くんじゃねえかな、って思った。
 ほんとなんとなくだったし、結局のところ花井は泣きはしなかった。
 ただ、その代わりに消え入りそうなほどごく小さな声で、ほんとおれだめだな……と呟くのが聞こえた。たぶん、それは俺に聞かせるつもりの言葉じゃ、なかったんだろうけど。
 それから、花井は改めて口を開いた。今度はちゃんと、俺に向けて。

「バカだなぁ……なんでおれなんかすきになっちゃったの」

 その声には、ため息のような息遣いが混じっていた。
 俺は言い返すこともできず、ただじっと花井を見つめていた。
 わずかな沈黙ののちに、花井はまたぽつりと話し始めた。

「だっておれ、たまたま話してみたら、面白そうかもって思えたから……それでちょっかいかけて、からかって、反応みてただけだよ。なんかちょっと楽しいかなって、ほんとそれだけ。最低かもだけど」

 花井の言葉に、俺は苦笑した。

 ……ま、分かってたよ。
 分かってたことだけど。
 でも、こうやって改めてはっきり言葉にして告げられると、いくら理解してたことでも、案外こたえるな。

「知ってる。おまえは気まぐれに俺で遊んでただけだもんな」

 少し刺々のある口調だと自分でも感じたけど、花井は素直に頷いた。

「……うん」

 その表情は、何かを諦めて受容したかのような、どこか陰のあるものだった。
 花井は、一瞬目を閉じ、深い息をついてから話を続けた。

「渋沢が前に言ってたことは、正しいと思う。いくら付き合ってる相手がいないとか言ったところで、そもそもおれは冗談であーゆーことができる、不誠実なやつだったわけで」

 花井の言葉にはあきらかに、花井自身への非難が込められていた。
 俺が口にした言葉が思いのほかこいつの心に刺さっていたことを、今ごろ知って、少し戸惑う。

「だから渋沢のこと好きだって気づいたとき、同時に、おれの言葉はきっと渋沢には響かないって思った」

 妙に切なげな声が紡ぐ言葉を、こっちもつられてちょっと切なくなりながら聞いて――
 そして、はたと、気づく。

 ――いや、こいつ今、なんて言った?

 脳内でもう一回、今の言葉をリピート再生しようと思ったけど、花井はもう続く次の言葉のために口を開きかけていて、それは叶わなかった。

「最初の一歩を間違ったし、どんどん歯止めも効かなくなってエスカレートして……どうせもう、おれがなに言ったって、それは渋沢にとって冗談の延長線上にしか、収まりどころがないんだろうなって」

 自嘲するように、花井は苦笑いを浮かべた。
 聞いてて、胸が痛くなる。
 こいつがあんな行動の裏で、こんな気持ちでいたなんて、思いもしなかった。
 何やってんだか……ほんとバカだなこいつは。

「……まあそれ言い訳にして、全部冗談にして逃げてたっていうのもあるけど」

 花井が俺を見つめてくる。
 その目には、もう逃げたくないという決意が垣間見えて、俺はその強い視線に思わず見入ってしまった。

「どーしてもさ……怖いじゃん。気持ち伝えるのって」

 その言葉は、どうしても断ち切れない弱さと同時に、この瞬間にかける覚悟をも表していた。

「けど渋沢はやっぱかっこいーわ。おれはどんだけ覚悟決めたつもりでいても、やっぱ弱くてずるいから……結局さっきも自分の気持ち伝えるより前に、おまえに言わせようとしたりしてさ。なのに、ちゃんと言葉にしてくれた」

 俺は少し笑いながら首を振った。
 いや、どう考えたって、そんなかっこいいもんじゃねえだろ。

「俺、おまえの顔見られなくて、逃げてたんだけど?」

 それでも花井は、変わらずに俺を見ていて、微笑んだ。

「でも戻ってきてくれたろ」

 そしてふと言葉を切り、軽く頭を下げて机の中を覗き込む。
 取り出されたのは、小さな黄色い箱。

「おれも、ちゃんと向き合いたいと思って……だから今日はおれ、これ持ってきた」

 少し照れくさそうに微笑みながら、花井はそれを掲げてみせた。
 最初に俺が花井の口に放り込んでやったのと、同じキャラメルだった。

 なんだ……必要ないって言ったのは、これを持ってたからか。
 ちょっと、ほっとした。

「渋沢。手、かして」
「……手? どっちの」
「んー……じゃあ両方」

 促されるままに机の上に出した俺の両手の手のひらの上に、花井はそっとキャラメルの箱を載せた。
 そしてそれをさらに外側から包み込むように、俺の手に自分の両手を添える。
 その手は、微かに震えていた。

「最初に戻ってやり直すことはできないけどさ。それでも、ここからまた仕切り直し、させてほしいんだ」

 花井の言葉が、静かな教室の中に響く。いつもの軽口とは違って、真剣な声音が胸に深く届く。
 俺は、花井の覚悟を感じながら、ただ黙って聞いていた。

「ちょっとだけ、まだなんも始まってないときの気持ちに戻って、冗談だとは思わずに、俺の言葉を聞いてよ」

 花井の目がわずかに揺れるのが見えた。その視線は、どこか切なげで、それでも決意に満ちているように感じた。
 ぎゅ……と、俺の手を包む花井の両手に、力が込められる。

「おれは渋沢のことがすきだよ」

 花井の声は静かなのに力強く、そしてまっすぐだった。

「……うん」

 そう言ってから、これじゃこないだの花井と同じだ、と気づく。
 なんだよ、どういう意味だよ、って思ってたけど。
 ごめん花井、今なら気持ち分かるわ。
 なんかもうそれしか言葉、出てこねえ。





 しばらくは余韻を味わうようにそのままでいて、そして何となく沈黙に居心地の悪さを覚えはじめた頃、花井はちょっと名残惜しそうに、手を離した。
 俺の手の中には、キャラメルの箱が残された。

「……なあ、そんでこれ、どうすんの。いま食う? あとでまた休憩時間とんの?」
「渋沢にあげる。それ別に、ここで食べるために買ったわけじゃないから」

 俺が尋ねると花井は少し笑って、そして急に、椅子の背もたれに体重を預けるようにして、天井を仰いだ。

「やっぱさ……すきだって言えばなんでも許されるってわけじゃ、ないもんなー」

 唐突にそんなことを言いながら、荒い手つきで頭を掻いて。
 うーん……と唸ってから、花井は上体を戻し、今度は机に肘をついて身を乗り出し、俺の顔を覗き込んだ。

「渋沢、おれに嘘ついて隠してること、あるよな」
「……は?」
「正直な言葉を聞かせてほしいって、おれさっき言ったはずだけど」
「いや……なんの話……」
「目逸らさないで、ちゃんとこっち見て」

 思わず視線を外した瞬間、即座に叱られる。
 なんだ急に。さっきまでのあのなんとも言えないいい空気、どこいった?
 ついでにさっきの、キャラメル俺にくれるって、なに。なんでそうなる。

「……もう何度か同じ質問をしてるけど。いつもの集中、できなくなってるんじゃないか、って話」

 切り出された話題は、まあでも、予想通りだったけど。

「あー……それな……」
「あー、じゃなくてさ。たまにはこういうこともあるとか……あれ、嘘だろ」
「まあ……それは、そう」

 しかたなく答えると、花井は机の上で両手を組んで、その上に額を載せて、顔を伏せてしまった。

「……ごめんな」

 呟いたあとで、花井は静かに、だけどとても深く、ため息をついた。

「おれのせいで、ほんとにごめん。おれ、渋沢のことは本気で好きだけど……そんな目にあわせてまで、おまえとどうこうなろうとは思ってないから」

 顔を上げた花井が、少し寂しそうに笑った。

「だからそのキャラメルは渋沢にあげる。もう食わせてとか言わない」

 さっきと同じことを、もう一度言われた。 

 え、なんだ、じゃあこれ、別れの記念品、みたいなもん……?
 あ、別れもなにも、そもそも付き合ってねーか。
 いやいや。
 そうじゃなくてさ……。

「やっぱおまえ、肝心なとこでズレてる……」

 言いながら、思わず笑ってしまった。
 その俺の反応を、花井は困惑した顔で見てる。

 いや……ごめん。
 おまえが真剣に話してるってことは分かってるよ。
 でも、さっきから花井は自分を責めてばっかりだ。バカだな、そんなふうに思う必要なんてねえのに。
 呆れる気持ちと愛おしさとが混ざり合って、笑いになってこみ上げてくる。

「なあ。嘘はつかずに、正直に言ってほしいんだよな?」

 ふ、と息を整える。

「おまえのしたことが原因じゃねえから」

 花井の表情が、かえって少し固くなった。

 あ、これ信じてねえわ。
 まだ俺が気をつかって嘘ついてるとでも、思ってんだろーな。
 おまえ案外めんどくせえ思考の持ち主だな……そんなとこもじわじわ来るけど。

「つーか、おまえが思ってるよーな原因だったら、もっと早くにそうなってなきゃおかしいだろ。おまえがどんだけ俺にアレコレ妙なことやらかしてきたか、忘れたとは言わねーよな?」

 俺が肩をすくめて、意地悪く言ってやったら、花井の表情はやっと少しだけ緩んだ。

「それは……そうかも……」

 花井の呟きに、俺もちょっとほっとした。

「でもまあ俺も……おまえがそう思ってんだろーなって分かってたのに、違うって今まで言ってやらなくて、ごめん。ほんとの理由、言いにくくてさ」

 今さらだけど言葉にするのは、やっぱり照れくさい。
 でも、これはきちんと伝えておくべきことだなって、なぜか今は、自然に思えた。

「俺、おまえのことが好きだって気づいたら、こんなことになっちまったんだわ」

 自分でも意外なぐらい、すっと言葉が出てきた。
 花井の目が見開かれる。

「集中できねえとか、俺にとってはほとんど経験のねえことだし、まあショックではあるよ。そんで、おまえもそれを、ものすごく重く受け止めてくれてたりするんだろうけど」

 話しながら、心が少しずつ落ち着いてくる。
 なんだか不思議な感覚だった。
 言葉に変えることで、自分の気持ちがどんどん整理されていく。
 不安が消えていく。
 そして、ふと、一つの答えに行き当たった。

 ――ああ、これってもしかして、そこまで気にするようなことじゃなかったのかも。

 不安や焦りのかわりに、胸の中で温かいものが広がっていくのを感じる。

「でもさ……考えてみたら、たぶんこれって全然、普通のことだな。好きな相手のこと考えすぎて何も手につかないとか」

 顔が自然と笑顔になった。
 なんかもう、ただただ花井に笑いかけてやりたくて。

「普通のことだよ、花井。このことでおまえが気に病む必要なんて、なんもない」

 花井は俺から視線を逸らして、すんと小さく鼻をすすった。
 泣きそうな顔してる。愛おしくて胸が締め付けられた。
 口もと歪めて、目もとが赤くても、花井はやっぱり花井だった。
 どんだけ情けない顔してたって、どこまでも絵になってしまう。
 だけど、こういう表情は、他の誰にも見せたくねーな。
 俺だけが知ってりゃいいや。独り占めしたい。

 その場の空気を少し軽いものに変えたくて、ちょっと息を吐いてから、俺は言葉を続けた。

「ま、そーゆーわけで、このことに関しては、おまえが俺と距離取ろうとしたって、効果は期待できねえと思う。言ってる意味、わかるよな?」

 花井の眼差しが、揺らいでる。無理に俺から離れていこうとしなくていいんだ、って……それは伝わってると思うけど、ほんとにいいのかって、まだためらってるんだろう。
 だから、また口を開く。いいんだよ、大丈夫だから、って伝えたくて。
 それに、今なら思っていることが全部言える気がする。

「とにかく、まあ……俺の問題に関しては、様子見るしかないんじゃねえかな。だんだん慣れて戻るのかもしれないし……もしかしたらまた一気に変わるかもしんねえじゃん、昨日までとは違うんだし」

 ふとそこで言葉を区切り、花井を見つめる。

「……だって俺もう、おまえが俺のこと好きなの知ってる」

 その瞬間、花井は相変わらず泣きそうな顔で、やっと笑った。

「もうさぁ……渋沢、どんだけおれに惚れ直させたら気が済むの……」

 笑い声が震えてる。

「へばんなよ。俺まだおまえに言いたいことある。この際だから全部聞いとけ」

 そう言うと、花井が少し大げさに胸のあたりを押さえながら、ため息まじりに答える。

「まじか……おれの心臓もつかなあ……」

 それを笑いながら、俺は話を続けた。

「……あのな。最初の一歩を間違ったとか、今更言うな。そもそもそうじゃなきゃ、こういう結果にはなってねえんだから」

 俺たちがここまで来たのは、まさにその花井の言う「間違い」があったからだって、俺は知ってる。
 だから花井だって、それも必要なことだったと思えばいい。そうだろ?

「俺だっておまえに振り回されながらも、なんだかんだいって楽しんでたとこ、正直あるし。そういうのまでひっくるめてぜんぶ否定しようとしたり、すんなよ」

 この瞬間も、これまで言葉にできなかった気持ちが自然と形になっていく。
 今ならどこまでも素直になれそーだな……。
 そう思って、ふと自分の手のひらを見る。

「きもちよかったりもしたしなー……」

 俺の呟きに、花井が驚いたように見つめてきた。その視線を受けて、俺も思わず見返す。
 目が合って、湧き上がってくる苦笑を堪えて――そんで結局、ふたりして笑った。

「そんなの渋沢が望むなら、この先いくらでもしてあげるけど?」
「んー……。なんでこんなことされるんだろって思いながらだと、きついけど。ちゃんと好きだって言われながらなら、ありかもなー」

 ようやくいつもの調子に戻った花井の言葉には、キャラメルの外装フィルムの開け口を爪の先で引っ掻きながら、冗談めかした口調で応じる。
 箱を開けて、キャラメルを一粒取り出した。

「食うよな、これ」

 包み紙を剥いだら、花井が素直に口を開けた。
 口に放り込んでやった後の指先には、微かな舌先の感触が伝わった。
 花井はキャラメルを味わいながら、目を閉じてとろけるような表情を浮かべている。
 くっそ、またうっかり見惚れそーになってるし。
 ほんとおまえ、その顔面力なんなの。好きすぎるんだけど……!

「やけにうまそーに食うじゃん……」

 なんとなく悔しくなってそう声をかけたら、目を開けて、ふっと柔らかく笑った。
 あーちくしょう、やっぱこの笑顔もイイよな……。

「花井、俺にも」

 俺の言葉に、花井が微笑んだまま、ふわりとした声を返す。

「仰せのとおりに」

 ちょっと芝居がかったセリフに続いて、花井が手に取ったキャラメルが、丁寧に包み紙を剥がされ、俺の口もとへと運ばれてくる。
 薄く口を開いた。キャラメルが通り抜けるかどうか、ぎりぎりの開き具合を、わざと狙った。
 花井はそれを笑いながら指先で唇に触れ、その隙間からキャラメルを滑り込ませて。
 そして、少し声を低めて囁く。

「……だいすきだよ渋沢」

 その甘い声と、甘いキャラメルの味とが重なって、胸の奥にじんわりと広がっていった。