「わわっ」

先輩の指が、俺の髪の間を通っていく。

あっちこっちの髪を引っ張られ、前髪までいじられて思わず瞼を閉じる。

「……終わりですか?」

手が離れていったのを感じ、目を開ける。

すると、そこにはすごく微妙な顔の相良先輩がいた。不思議なものを見るような顔をしている。

「お前、イケてるぞ」
「は?」
「髪型でだいぶ印象変わるな。ほら」

スマホをミラーモードにして俺に向ける相良先輩。

画面の中にいるのはたしかに俺で、だけど、俺も見たことのない俺だった。

相良先輩の愉快な仲間たちの中にいてもおかしくないような、今どき男子になっている。

「これでもう少しだけ眉毛整えて、肌が綺麗になったら、だいぶイケてるんじゃね?」

相良先輩は楽しそうに話す。いつの間にか笑顔になっている。

「そうですか?」

全開になった額がスースーしてこそばゆいけど、相良先輩が笑顔になってくれるなら、それでいい。絶対君主の着せ替え人形も悪くない。

しかし相良先輩は急にハッとした表情になり、咳ばらいをした。

「まあでも、俺がいないとお前は完成しないんだからな。ひとりでムリするんじゃないぞ」
「それはもちろん」

ネットにいくらでも美容情報は転がっているだろうけど、どれを選んだらいいか俺にはわからない。

相良先輩から授かった心得は心得であって、自分一人で実践したら事故りそうな気がするし。そもそも先輩と会うとき以外にオシャレする理由がない。

「うん。洗顔だけは普段からしとけ」
「はい」

急に神妙な表情になった相良先輩に、こちらの胸もざわつく。

なにか、気に障るようなことを言っただろうか。

さっきまで笑っていたのに、どうして今は伏目がちになってしまったんだろう。

あっ、もしかして、俺が相良先輩よりイケメンになるのはムカつく……とか?

バカだなあ。そんなこと、あるわけないのに。

この世界で一番綺麗なのは、あなたです。

口に出すとまた殴られそうなのでやめた。

彼はおしぼりで、ワックスがついた手をごしごしと拭いていた。