「あれは親父が勝手に」
「ウソです!」
俺は立ち上がると同時にペットボトルを掲げて振り下ろす。
相良先輩はそれを片手で持ったペットボトルで難なく防いだ。
「この、サイコパスが!」
彼は俺のペットボトルを弾いて距離を取ると、右足で踏み込む。
見えない速度で俺の手首を打ち、ペットボトルが地面に転がった。
「いった。ひどい、痛い。折れた。慰謝料として入部してください」
「そっちが先に仕掛けたんだろ、アホが。そんなんで折れるか」
ポケットからハンカチを出し、俺の頬をつたった涙を拭く先輩。
その優しさに、余計に涙が出た。
「だって、こんなに強いのに」
「泣くなって。せっかくイケメンにしてやったのに台無しじゃないか。ほら、帰るぞ」
俺は目を見開く。
なんと、俺より小さい相良先輩が両手を回し、俺の背を撫でている。
まるで抱きしめるみたいに。
打たれた腕が痛い。それ以上に、胸が痛い。
どうしてこんなに綺麗で優しくて強い人から、一番大事なものを奪ったんだ。
神様がそうしたと言うのなら、木刀で容赦なくボコボコにしてやりたい。
クソだ。神様なんてクソだ。運命もなにもかもクソだ。
どうしてだよ。どうして。
「お願いです……俺を助けると思って……試合だけでも……団体戦だけでも……」
鼻をすすりながら訴える俺の耳元で、相良先輩がクソデカため息をつく。
「……一回出たら、もう俺につきまとわないか」
「え」
「捨て大将くらいならやってやるよ。だからそう泣くな」
捨て大将とは、その名の通り、負けることを前提とした大将のこと。
前半に有力者を固め、早く勝ちを決めたい場合に使われる戦法である。
なんでもいい。先輩がもう一度、剣道をしてくれるのなら。
「わかりました」
顔を上げると、相良先輩はそっと手を離した。
そして美しい顔で不敵に微笑む。
「俺を入れるからには優勝しろよ?」
夕焼けに照らされた金髪がきらめく。
凶暴なまでの美しさに胸を射抜かれた俺は、ただ一度こくりと頷いた。
俺はやっぱり、このひとが好きだ。